リカルド ~ 舞踏会
*本日二話目です(#^^#)。読んで下さってありがとうございます!
*リカルド視点です。
舞踏会の会場は煌びやかだった。
今夜はリアム・ウィンザー公爵の正式なお披露目の舞踏会で、国内の貴族全員が招待されている。
遠隔地にあるため全員が出席できるわけではないが、多くの貴族が舞踏会に出席するためにわざわざ辺境の地まで足を運んだ。
リアムが国王にとって重要な家臣であることは間違いない。
舞踏会は社交の場であると同時に政略の場でもある。
多くの貴族たちが鵜の目鷹の目でウィンザー公爵のご機嫌を取ろうと探っているのは、警備をしている一騎士の俺にすら伝わってくる。
はぁ。
俺は溜息をついた。
最近、自分の感情がコントロールできなくて困惑している。
『俺はミラ様が好きだ』
そんな感情が溢れ出てしまう。
自分の想いが成就しないことは百も承知だ。
でも、初めて会ったときから惹かれていた。
天真爛漫な笑顔。懸命に走る横顔。人のために一生懸命に頑張るところ。
全てに魅了された。
しかし、彼女には夫がいる。自分の出番はないと最初から諦めていた。
問題は新領地に派遣された時、思いがけなく彼女との距離が近くなってしまったことだ。
馬車の事故に遭った時、動揺して泣きそうな顔の彼女を見たら我慢できなくなった。
思わず抱きしめた時に、意外に細くて華奢な体と堪らなくそそられる甘い香りに眩暈がした。
ワイナリーでアレクサンドラたちに傷つけられて泣いている顔を見たら、つい髪に口づけしてしまった。無意識だった。
新領地の領主館で彼女が階段から落ちた時は、心臓が止まるかと思った。
彼女を抱きとめた時に、大きな花束を抱えたような気持ちになった。
かぐわしい香り。華奢で柔らかい体。
彼女が欲しい……。
暴走しそうになる気持ちを抑えるのに必死だった。
セブンズの試合でも懸命に走る彼女の姿に心躍らせた。
……分かっている。俺がどれだけ彼女への想いを募らせても決して実らないことは。
特に城に戻ってきてからは、ほとんど接点がなくなった。
警備をしながら彼女の姿が少しでも垣間見れた日は嬉しくて、スキップしたくなるくらいだった。
そして、今日の舞踏会は幸運なことに会場警備に配置された。堂々と彼女の姿を目に焼きつけることができる。
下心だとは自覚しつつ、彼女の登場をいまかいまかと待ち構えていた。
招待客の貴族が会場に集まり、管弦楽団が美しい音楽を奏でる。
色とりどりのドレスが鮮やかに彩り、笑い声や話し声で賑わう会場にファンファーレが鳴り響いた。
そこで華やかな国王夫妻が現れた。
ケントは銀色に近いグレーを基調とした優美な礼服に身を包んでいる。キラキラした王子様スマイルは相変わらずだ。
ミシェルはパールピンクの華やかなドレスで、ドレープをたっぷりと取った裾を華麗に捌きながら登場した。
彼らの登場で会場が一段と盛り上がった後、一瞬の間があいて何かを待ち構えるかのようにシンと静まり返った。
「ウィンザー公爵閣下並びに令夫人!」
再びファンファーレが鳴り響いた。
今度はリアムとミラが堂々と登場した。二人の美しさに客がどよめく。
リアムは光沢がある黒の礼服だ。淡い薄紫のシャツに濃い藤色のクラバットを合わせて、ウィンザー公爵家の紋章の縫い取りがアクセントになっている。
逞しい体躯に男盛りの色香が溢れでている。他に類を見ないほどの男っぷりはさすがだ。
彼は新公爵としての抱負を語り、遠方の舞踏会まで足を運んでくれた御礼を招待客に伝えた。
巧みな弁舌と堂々とした態度に、全てにおいて男として敵わないと心中悲しくなった。
ミラは彼女の瞳の色に合わせた薄い藤色のマーメイドラインのドレスだ。ドレスの後ろ側が少し長めになっている。肩と胸が開いているので、彼女の透き通るような真っ白な肌が眩しい。髪を高く結い、普段はしない化粧をしているミラは女神のように神々しく見えた。
最初のダンスはリアムとミラが行う。
二人が大広間に中央に出ると、気合の入った管弦楽団から美しい曲が流れだした。
リアムのリードに合わせてミラがステップを踏む。その動きは小鹿のように軽やかで美しい。
そして、見つめ合う二人の表情に俺は辛い気持ちになった。
ミラの瞳にはリアムしか映っていない。彼女がこんな風に潤んだ瞳で欲する男はリアム一人だということが良く分かる。
羨ましい……という本音がつい顔を出す。
彼らに続いて国王夫妻もダンスを始め、他の貴族たちも続々と踊りだした。
まさに煌びやかで絢爛豪華な舞踏会だ。
その時、俺が警備していたところにミラたちが近づいてきた。つい目で彼女を追ってしまう。
俺の視線に気がついたのか、ミラがチラッとこちらを見た。
俺は必死な思いで彼女の視線に自分の視線を絡ませようとした。
大好きな彼女の笑顔が欲しかった。少しでも彼女の視界に入りたかった。
俺を見てくれ!
ほんの少しでいいんだ!
君の視界の片隅にでも入れてもらえれば、俺はそれで満足なんだ!
その時ミラと目が合い、彼女が俺に笑顔を見せた。
しかし
……それは俺が欲した笑顔ではなかった。
張りついたような、普通の貴族の令嬢が作るような表面的な笑顔を向けられて、俺は衝撃を受けた。
……明らかに距離を置かれた。
線を引かれたことが分かった。
彼女の視線に親しげな色はまったくと言っていいほどなかった。
膝が微かに震える。今は仕事中だという矜持がかろうじて自分を支えていた。
彼女はもう昔のような開けっぴろげな笑顔は見せてくれないのだろう、ということだけは理解した。
……彼女に俺の気持ちが気づかれてしまったのだろうか?
密かに彼女の姿を目で追い続ける日々だったが、その想いに気づかれるとは思ってもみなかった。
胸に大きな重しが乗っているようで、その後のことはほとんど覚えていない。
彼女のことは完全に諦めなきゃいけないということを思い知らされた夜だった。




