隣国の国王夫妻をおもてなししました
*本日二話目です!宜しくお願いします!
な、なにが起こったんだろう……?
部屋の中を覗き込むと、ケントとリアムが深刻な顔で話し合っている。
「……ど、どうしたの?」
二人は心配そうな私たちの顔を見て、苦笑いを浮かべた。
人払いをした後、私とミシェル、ベスはケントとリアムから話を聞いた。
「誤訳……?!」
驚いてつい声をあげてしまった。
「ああ、恐らく意図的なものだと思う。李国内にはうちと条約など結ぶべきでないという勢力がいるらしいからな。もちろん、偶発的なミスの可能性も捨てきれないが……」
リアムが眉間にしわを寄せながら言った。
「条約はこちらから提案したものを先方が翻訳して、双方の意見をすり合わせながら最終化したはずなんだ。だが、最終版の文言にある『李国はハノーヴァー王国の友好国として』という箇所が『李国はハノーヴァー王国の属国として』と訳されていたらしい。俺たちではチェックができなかった。草案にはそんな風に書かれてはいなかったはずだ」
ケントの言葉に私たちは驚いた。
「……つまり、本番の条約締結の場になっていきなり文言が変わっていたということ? 条約の最終版がすり替えられていたってことよね?」
ミシェルの言葉にケントは頷いた。
「そうだ。元々国王には、俺たちに対する不信感があった。長年戦ってきた国だから無理もないが……。どちらかというと一方的に攻められ続けた俺たちの方が、恨みが深い。それなのに李国にも利があるような条約を結ぶはずない、という風に考えているんだろう」
「だから、俺たちが本番の条約で李国に不利になる内容のものとすり替えたと疑ってしまったんだ。自国にそんな裏切り者がいるとは思いたくないんだろうが……」
リアムも溜息をついた。
「ど、どうするの? どうしよう……?」
ついオロオロと言葉に出てしまった。
「俺たちが用意した文案に属国にするようなことは一切書かれていない。誤訳だと何度も説明した。李国の事務官に確認して欲しいとも言ったんだが……。俺たちへの不信感が根本的な問題なんだよな。こんな状態だと不可侵条約を結んだところで、意味ないかもしれないな。結局裏切られるかもしれないと思ったら、軍備を減らせるはずがない」
ケントがガクリと肩を落とした。
「……えっと、じゃあ、今夜の歓迎会はどうしよう?」
それどころじゃないって分かっているけど、つい口をついてポロっと出てしまった。
実は李国のお客様を歓迎するということで、私たちは歓迎会に飲茶を用意したのだ。
自分の国の産物であるせいろを使った料理は喜んでもらえるかなと思ったんだけど……。
もし、キャンセルするなら今一生懸命働いてくれている厨房のスタッフに伝えないと申し訳ない。
「いや、歓迎会は予定通り開く。相手は欠席するかもしれないが、こちらの誠意を見せるためにも精一杯できることをしよう」
ケントの言葉に全員が頷いた。
*****
不機嫌そうな顔をしながらも国王は歓迎会に現れた。
隣にいるヨウランが気を遣って色々と話しかけているが、国王は憮然とした表情で無愛想な返事しかしない。
ヨウランは困ったように私たちに笑いかけた。
私たちも笑顔を返したがどうしていいか分からず、とりあえず用意された丸テーブルについた。
ちなみに同じテーブルには、ヨウラン、国王、通訳、ケント、リアム、私、ミシェル、ベスという順で座っている。
円卓なのでヨウランのもう片方の隣にはベスが座っている。彼女には通訳が必要ないし、昼間も楽しそうに話していたから和やかな雰囲気を期待しての配置だ。
全員が揃ったところでケントが再び歓迎の挨拶を述べ、それが通訳された。ただ、やはりどこか紙一枚隔てたような距離というか違和感があるのかもしれない。
言葉の壁ってあるのかな……。難しい。
その時ベスが李国語で何かを話し出した。国王は驚いたように目を見開いたが、ベスの言葉に耳を傾けている。
ヨウランも彼に何か話しかけていて、国王の表情が若干柔らかくなったような気がした。
「……なんて言ったの?」
「今夜のご馳走はとっても美味しいので楽しみにしていてくださいって言ったの」
我らが誇る厨房の戦士たちが全力で準備した料理だ。
どうか気に入ってくれますように……と心の中で手を合わせて祈った。
その時ドラマチックな音楽と共に、ワゴン部隊が会場になだれ込んできた。
今夜の歓迎会には李国の代表団だけでなく、ハノーヴァー王国の貴族らも出席しているので多くのテーブルが用意されている。
気合が入りまくったワゴン部隊が各テーブルでせいろの料理を説明している。
私たちのテーブルにもワゴン部隊が来た。李国王の担当はエマだ。
国王とヨウランはせいろに気がつき、二人で顔を紅潮させて何かを喋っている。
そこでベスが私を指さして何かを言った。
国王とヨウランが私を見て、ほぉ――っと感心したように息を吐いた。
な、なにを言われたんだろう?
エマがそつなくせいろの蓋を開けて、中身を国王とヨウランに見せた。
二人とも魅せられたように幾つものせいろの中身を確認しては、興奮したように何かを語り合っている。
彼らはせいろを五つほど選び、それらがテーブルに並べられた。ほかほかの湯気が立ちのぼり、食欲をそそる匂いが辺りに充満する。
ケントたちも嬉しそうにせいろを選んでいる。
みんなの顔から深刻さが消えて、私はちょっと安心した。
国王には一応毒見役が後ろに控えていて、ちょっとずつつまんで安全なことを確認した。
待ちきれないという表情のヨウランは『待て!』を命じられたお利口な犬のようだった。
ようやくゴーサインが出て、ワクワクした顔つきのヨウランがお箸を握りしめ餃子を口一杯に頬張った。
もぐもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、彼女の顔がぺかーっと輝いた。
分かりやすいな。可愛い。
ヨウランは興奮した口調で国王に何かを訴えている。
国王はそれを微笑みながら聞いていたが、彼も餃子に箸を伸ばして口に入れた。
ぺかーっと彼の顔も光った。
やっぱり分かりやすい。微笑ましい光景に胸がほっこりした。
その後も国王夫妻はせいろを幾つも追加して、点心を楽しんでいた。
ケントやミシェル、他の招待客たちも珍しい食べ物とワゴンで運ばれるという新しいスタイルを堪能しているようだった。
ベスが頬を押さえながら歓声をあげた。
「あらー! 美味しい! これもミラが考えたの? 今度うちの料理長に教えてあげてもらえないかしら? この調理器具も面白いわ」
得意になった私は「喜んで!」と拳を握りしめる。
最後の締めの挨拶は李国王が行うことになっている。
彼の顔は会場に現れた時とは違って、とても穏やかに見えた。
彼はこのような歓迎会を開いてくれたことへの感謝を述べ、今後の両国の平和を望むと強調した。そして最後に……
「今日の歓迎会での食事は非常に驚くべきものでした。李国で私たちがいつも使っているせいろを使い、まったく新しい料理の可能性を示してくれました。大変美味しかったです。しかも、私たちが通常使う箸も用意してくれました。私たちの食文化を理解しようとしてくれるハノーヴァー王国を信頼しようと思います」
通訳の言葉を通じてだが、彼の想いは私たちに確かに届いた。
後ほど、李国の代表団の中に条約締結に反対して条約文をすり替えた事務官がいたことが分かり、李国王はケントとリアムに心から謝罪したのだった。




