事態は落ち着いたようです
*二話連続で投稿します。読んで下さってありがとうございます(*^-^*)。
山のような御馳走が運ばれてきて、多くの客が嬉しそうに移動しはじめた。先刻の騒動から注意が逸れたようでホッとする。
多くの人が動く喧噪の中で、私は必死にアンナを探していた。
彼女は勇敢に私を庇ってくれた。無事を確認して御礼を言いたかった。
……いた!
アルベールが彼女を守るように会場の隅に立っている。
アンナに駆け寄ると、寄り添っていたアルベールがスッと身を引いた。
「アンナ……あ、えっと、アナスタシア……?」
なんと呼びかけたら良いのか一瞬迷う。
「アンナと呼んで下さい。リカルド様が幾つか名前の候補を仰った時に自分の名前と近いので選ばせて頂いたんです」
「えっと、じゃあ、アンナ、大丈夫?本当にありがとう。でも、ごめんね。辛い目に遭わせてしまって……」
あんな衆人環視の中、自分の罪を告白するなんてとても勇気がいることだと思う。
「どうしてミラ様が謝るんですか? 私は本心を申し上げただけです。罪を償う覚悟もできています」
アンナはスッキリした顔をしている。
「だ、だめよ。アンナは何も悪いことしてないじゃない? 毒だって結局使わなかったんだし……」
「いいえ、ミラ様がミラ様でなかったら毒を使っていたかもしれません。そもそも公爵夫人に悪意を持って近づいたのですから、罪に咎められて当然だと思います」
「でも……」
納得いかないと思っていたら、リアムが近づいてきた。
「ミラ。アンナも。心配することはない。ミラが言った通り犯行は行われなかったし、総合的に殺意はなかったと判断されるだろう。ただ、アレクサンドラの殺人教唆の罪は存在する。だから、アンナは裁判で証言を求められるだろうが罪に問われることはないはずだ」
「え!? そうなんですか?」
アンナがポカンと口を開けた。
「良かった~! 良かったね、アンナ」
私は可愛いメイド服のアンナに抱きついた。
「ミラ様のおかげです。ありがとうございます」
彼女の目が赤くなった。潤んだ目をこすりながら小さな声で呟く。
「アンナ。今日はもう仕事をしなくていい。ゆっくり休め。食事は厨房に用意させた。アルベールに護衛を頼むことにする。貴重な証人だからな。ずっと付き添って離れるな。いいな? アルベール?」
リアムは少し面白がるように離れたところに立っていたアルベールに声をかける。
アルベールは頬を赤らめながら、アンナに近づいてきた。
「また護衛させて頂けて光栄です」
淑女に対する礼をとるアルベールはめちゃくちゃ格好いい。
アンナは真っ赤になってオタオタと私とリアムの顔を交互に見つめた後、覚悟を決めたように深くお辞儀をした。
「は、はい。よろしくお願いします。お手間をお掛けして申し訳ありません!」
思春期のカップルのように互いの距離を微妙にはかりながら不器用に歩いていく二人の背中を見送っていると、リアムの手が私の肩に回った。
「良かったな」
リアムに寄り添うように私も自分の体重を預けた。
「うん。そうだね。私の記憶が戻って、リアムとの出会いの場面も思い出せて嬉しかった。あなたとの出会いをずっと忘れているなんて辛いもの」
「ミラから『記憶が戻った』と手紙が届いた時は驚いたよ」
私は階段から落ちそうになったその日にリアムに手紙を書いた。
アンナの事情を全て打ち明けると同時に、リアムと初めて会った時のことも思い出したと伝えたんだ。
「……君は、俺と初めて会った時、俺のことをどう思っていたんだい?」
おずおずとリアムが尋ねた。
……うーん、どう答えるのが正解なんだろう。
正直、
顔がいい人だなぁ。
頭もいいんだろうなぁ。
いい筋肉してんなぁ。
くらいの感想しか抱いていなかった。
それらを総合して「素敵な人だなぁ、と思ったよ」と言うと、リアムの顔がぱぁぁっと輝いた。
うん。嘘はついていない。
でも、嬉しそうに鼻歌をうたうリアムに多少の罪悪感を覚えた私は、さりげなく周囲に視線を泳がせた。
立食式なので大きなテーブルに美味しそうな御馳走がこれでもか!というくらい並べられ、招待客たちが興味深げに料理を盛り付けている。
さすが我らが誇るエリオット厨房部隊だ!
壇上を見ると、ケントとミシェルが生き生きとした表情でベスと話をしていた。
三人とも楽しそうに笑っている。
……良かったな。
幸せそうなケントとミシェルを見ると、私も嬉しい。
昔はやっぱり哀しいと思う時があったから、今、こうして心から祝福できる自分が幸せだ。
それはやっぱりリアムのおかげなんだよな。
リアムの愛情が私に自信とエネルギーをくれるんだ。
私はリアムの腕にギュッとしがみついた。
「早く二人っきりになりたいな」
耳元で囁くと、彼は真っ赤になり端整な顔立ちが崩れて子供のような表情になる。
リアムは私の腰に腕を回すと「ミラ、俺も今すぐ君を抱きたい……」と逆襲し、つい不謹慎な想像をしてしまい冷や汗をかいたのだった。




