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何があったのかを説明します

私がその記憶を取り戻したのは、領主館で階段から落ちそうになった時だった。


階段で足を踏み外し体が宙を浮く感覚とアンナの真っ蒼な顔を見て、以前同じ光景を見たことがあると感じ、頭に強い痛みを覚えた。同時に脳裏に昔の記憶が次々と甦った。


講師として魔法学院を訪れていたリアムと話をしたこと。


学院で突然背後から押されて階段から落ちたこと。


階段から落ちる瞬間にクラスメートだったアナスタシア・ローマン子爵令嬢が、蒼い顔で私が落ちていくのを見ていたこと。


その後スチュワート元公爵、つまり自分の父親が「娘を傷つけた責任を取れ」と脅し、ローマン子爵家が爵位を剥奪され追放されたことも。


**


領主館で記憶を取り戻した日、私はアンナと沢山話をした。


申し訳なくて泣きながらアンナに謝った。私のせいで子爵家が没落しアンナの人生を壊してしまった。


彼女は目に一杯涙を溜めながら、私の手を握った。


『ミラ様。悪いのは私です。どうかお気になさらないで下さい。ミラ様は被害者です。私が一方的にリアム様に恋心を抱き、嫉妬で階段からミラ様を突き落としてしまいました。私が全て悪かったのです。それなのにミラ様に対して逆恨みしていました。実は私はアレクサンドラ様から送り込まれたのです。本当に申し訳ありませんでした』


アンナはそう告白して泣きじゃくった。


二人で抱き合って号泣した後、私たちは色々な話をした。


平民に落とされ王都を追放された後、アンナの家族は辛い生活を送っていた。父親と弟は貿易を手掛ける商会の下働きになり、アンナ自身は洗濯女として働き始めた。


『全部……全部自分のせいだったのに、それを認めるのが辛くてついミラ様のせいにしてしまいました。自分が恥ずかしいです』


そんな辛い時期にアンナはアレクサンドラに出会ってしまった。


「ふふ。ようやく見つけたわ。あなた、ミラという女に恨みがあるんでしょ? 元子爵令嬢さん」


アレクサンドラは不敵に嗤い、私に復讐するよう唆したという。


ミラは悪い女で他にも酷い目にあった被害者が沢山いる。


リアム・ウィンザー公爵は無理矢理ミラと結婚させられ地獄のような生活を送っている。そのため公爵領も危機に瀕している。ミラを排除することは多くの人を助けることになる。


ミラを殺すか陥れることができたら爵位を戻してやる。


殺害のための毒薬も渡されたが、もし殺せなかったらミラの社会的立場を貶めるために協力するよう命令された。


人生に絶望してやけくそになったアンナは、わざと私たちの馬車の前に飛び込んだ。そして記憶喪失と嘘をついて領主館に入り込んだのだ。


しかし、領主館で一緒に時間を過ごすうちに自分が間違っていることに気がついた。


ミラは本当にアレクサンドラが言ったような悪女なのか?


とてもそんな風には見えない。


むしろ人から慕われ、多くの人のために尽くしているようにみえる。


アレクサンドラの言葉に違和感を覚え、嘘をついているのは彼女の方だと気がついた。


『本当に……申し訳なくて、自分が情けなくて辛かったです。だから、こうして本当のことを打ち明けられて良かった。誠に申し訳ありませんでした』


そう言って土下座するアンナの瞳からポタポタと涙がこぼれた。


**


当然、私はすぐにそれをリアムに知らせた。


最初彼は心配していたが、私とアンナのわだかまりが消えたことを伝えると安心したようだった。


また、アンナがアレクサンドラの罪を告発する証人になる意思があることも伝えた。公爵夫人殺害を命じて毒薬まで渡すってどう考えても犯罪だよね?


リアムはケントと連携してアレクサンドラに反撃を仕掛け、前王妃もろとも王宮から退去いただくよう計画している最中だった。


まさか、その前に自ら爆発しようとするなんて思わなかったので、焦ってしまった。


そのような経緯があったので、私には心の準備ができていた。


だから、アレクサンドラの言葉にはまったく動じなかった。


この前、ワイナリーで彼女の言葉で泣いてしまったのは、予想できないタイミングで不意をつかれたからだ。心の鎧を準備していれば、ある程度の傷は防ぐことができる。


**


国王夫妻の歓迎パーティという公式行事の場で、国の主だった貴族の面前でアレクサンドラは自爆し、大恥をかいている最中だ。


案の定、彼女はアンナの予想外の反応に逆上した。憤怒と恥辱で顔が真っ赤になっている。


「はぁ!? はぁ!? 何言ってんの!?」


アレクサンドラは怒りを露わにして、今度は私の方を向きなおった。


「あんたは学院時代に消された記憶があるだろう!? 覚えてないだけで多くの人を苦しめているんだよ!」

「私の記憶に欠落している部分はありません。ご懸念は無用です」


きっぱり笑顔で伝えると、アレクサンドラは再び呆気に取られたような顔になった。


愕然としながらも、憎悪に満ちた視線で私を睨みつけるアレクサンドラ。


「私の愛おしい妻に対し謂れのない誹謗中傷は止めてもらおう」


リアムが私の前に立ち、冷たく言い放った。


「よ、よくも、よくも……こんなはずじゃなかったのに……この毒婦!」


アレクサンドラは体をブルブルと震わせながら罵倒する。


「何を言っている? どちらが毒婦だ? 国王陛下の面前で公爵夫人を侮辱したんだ。名誉棄損で訴えてやる」


リアムが冷然と告げた。


しかし、それまで呆然と一連の流れを眺めていた前王妃が立ちふさがった。


「私の姪に対してよくもそんなことが言えたわね!? リアム・ウィンザー! 自分の立場をわきまえなさい!」

「その言葉をそっくりそのままお返ししますよ。母上」


ゆらりと立ち上がったのはケントだ。


怒りのオーラが全身から噴き出している。


母親に対してこんなに嫌悪の感情を露わにするケントを見るのは初めてだ。


ケントはどんなに酷いことをされても『一応これでも母親だから……』とひたすら我慢をしてきたと思う。


しかし、まさに堪忍袋の緒が切れてしまったんだろう。


ケントは母親を無視して、アンナに向かって話しかけた。


「先ほど、アレクサンドラが『約束と違う』という発言をしていた。君との間にどんな約束をしていたんだい?」


それを聞いたアレクサンドラが「うっ」と小さな呻き声をあげた。


「はい。アレクサンドラ様は、ミラ様に近づき毒殺するようにと私に指示しました。そして、そのための毒薬も渡されました。毒殺できなかった場合はミラ様の悪事を告発するようにと命令されました。もちろん、ミラ様は未だかつて悪事など働いたことはございませんが!」


アンナがケントに向かって答えた。


「なるほど。証拠の品と証人が揃っているということだな。ところで、君は公爵夫人の殺害を目論むことは重罪であるということは分かっているな」


アンナは震えながらも「はい。承知しております」と頷いた。


アルベールが支えるように彼女の肩を抱く。


私は驚いた。アンナを告発するの? でも彼女は誰も害していない。毒だって結局使わなかったじゃないか!?


ケントに抗議しようとしてリアムに止められた。


「アンナは大丈夫だ。ケントは分かってる」


耳打ちされて口をつぐんだ。ケントを信じて静観することにした。


「そして、公爵夫人の殺人を指示して毒薬を用意することは殺人教唆罪が成立する」


アレクサンドラに向かって、ケントが静かに言った。


「な、なにを!?」


アレクサンドラの顔が紙のように真っ白になり、全身の力が抜けたように床にへたり込みそうになった。混乱して呆然と立ちすくむだけだったアバークロンビー侯爵が慌てて娘の体を支える。


「ケント。お黙りなさい。アレクサンドラはあなたの従姉妹ですよ。犯罪者のように扱うなんて何を考えているのです!?」


前王妃が青筋を立てて、ケントに向かって捲し立てた。


しかし、ケントは退かない。


「それにアレクサンドラは国王である私の執務室に盗聴器を仕掛けた疑いがあります」

「……っ!?」


アレクサンドラは立っているのも辛そうなくらいガタガタ震えている。


「ある証言から、アレクサンドラが侍女の運ぶティーワゴンに盗聴器を仕掛けた疑いがかけられています」


そうだ。ケントが私の記憶を消したことを口に出したのは執務室でリアムに話した時だけだった。それを知っていたということは密かに国王の執務室が盗聴されていたということ。ケントが綿密に調査した結果、盗聴器を仕掛けることができたのは侍女が運んできたティーワゴンだけだったという。


それを聞いてアレクサンドラがビクッと肩を震わせた。


ケントは前王妃を振り返った。


「母上。国王の執務室に盗聴器を仕掛けることは国家機密情報漏洩罪に当たります。深刻な犯罪ですよ。身内であったとしても許されない」


「疑いだけでは罪にならないわ。十分な証拠もないのに何を言っているの! それに、仮にそうだったとしても私は無関係です。アレクサンドラが勝手にやったことですからね!」


前王妃はふてぶてしく言った。


「母上。あなたも盗聴器で探り出した貴族の秘密を握って、自分の都合が良いように脅迫していたんじゃないですか? そもそも盗聴自体、母上がアレクサンドラに依頼したものではないのですか?」


「……私がそんなことするはずないでしょう!? 一体何の証拠があるというの? 我が息子ながら呆れますよ。証拠もないくせに! それこそ不敬罪だわ!」


バカにしたような前王妃の言葉に、ケントの顔が悔しそうに歪んだ。


その時、大広間の扉が大きく開いた。


呆然と事の成り行きを見守っていた私たちが扉の方に視線を向けると……。


そこにはセバスチャンを従えて、穏やかな微笑みを浮かべたベスが堂々と立っていた。



ベス!?!?!?!?!?



確かにベスだ……。


しかし、段違いに高貴なオーラが立ち昇り、自然と頭が下がる心持ちになる。


前王妃が呆然と「……お義母さま?」と呟く。


招待客の貴族らも「太皇太后たいこうたいごう陛下……」と一斉に膝を折った。


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