自爆しました
夜になり、ウィンザー公爵城の大広間で国王夫妻の歓迎パーティが催された。
ケントとミシェルのために最高級の格式あるパーティを準備したのだ。
城で一番大きな広間には鮮やかな赤絨毯が敷かれている。広間の最奥は高く壇になっていて、中央に国王夫妻が座る豪奢な椅子が用意されている。私たちもその隣に座ることになるが、あくまで中心は国王夫妻だ。
壇上の椅子の上方には赤い天蓋が張り出しており、王家とウィンザー家の紋章が飾られている。
燭台の灯りが照らす中、艶のある礼服の男性にエスコートされて、次々と華やかなドレスを着たご婦人方や令嬢方が入り口から登場した。
主催者として私たちは招待客を出迎えて挨拶をする。
私はリアムの瞳のような薄茶色をベースにした黒い縁取りのドレスを着ている。色が地味なのでオーガンジーや光沢のある素材で華やかさを出しているとても素敵なドレスだ。
「リアム様の独占欲の塊のようなドレスねぇ」
ドレスを作ってくれたアヴィは苦笑いしながらそう言った。
今日はこのドレスが私を守ってくれているような気がする。
リアムによると、ケントが母親に『呼ばれてもいないのに失礼だ。帰れ』と言いにいったが、彼女は全く聞く耳をもたなかったそうだ。
前王妃は国王夫妻と一緒に入場したいとまで言ったらしい。
「どうする? 一般客に混じった方がいいか、王族として遇した方がいいか? ……まぁ、王族で間違いはないんだが……」
珍しく弱りきったケントがそうリアムに尋ねたそうだ。
リアムは迷いに迷って王族としてケントらと一緒に登場させることを選んだという。
「もしミラが反対だったら変えるけどどうする?」
確かに一般客に混じって他の招待客に迷惑を掛けるよりは、ケントの目の届くところに居てもらった方が安全な気がする。
そう答えるとリアムはホッとしたようだった。
アレクサンドラは父親のアバークロンビー侯爵の腕を取って入場した。彼女の妖艶で誇らしげな視線がリアムと絡むと、彼は「うっ、吐き気が……」と俯いた。
一般の招待客が全て入場した後、高らかな音楽と共に国王夫妻が登場した。ケントとミシェルの後ろに前王妃が続く。彼女のドヤ顔は凄まじい。
私たちは全員膝を折り、顔を伏せて国王夫妻が着席するのを待った。
ケントとミシェルが壇上の椅子に座り、微笑んで頷きながら「面をあげよ」と言った。それと共に私たちは顔をあげて立ち上がる。
前王妃の椅子はケントたちの背後にあり、彼女はそれが不満なようだった。
そして、私とリアムがケントとミシェルの隣に用意された席に着くと、後ろに控える前王妃は益々苛立ちを露わにした。
ケントが歓迎会の礼と挨拶を述べている最中だというのに「全く常識がない」などと、これ見よがしの悪口が聞こえてくる。
「お義母さま。国王陛下の発言中です。失礼で無意味な発言は控えて下さい」
ミシェルがピシャリと言った。
さすがだ。
たしなめられて一度は黙ったが、招待客が並んで一人一人国王夫妻へ挨拶を始めると、また悪口と文句を言い始めた。
近くで聞いている私たちはうんざりした。
招待客の挨拶が終わりに近づいたのに合わせて、立食形式の宴の準備が始まる。宴の準備をするスタッフの中にエマやアンナの姿が見えた。
私が小さく手を振ると、二人とも笑顔で私に会釈してくれた。可愛いなぁ。
その時だ。
突然会場にいたアレクサンドラが叫んだ。
「皆さん! 聞いて下さい!」
その場にいた全ての招待客が何事かと彼女の方を見た。
「私は魔法学院の学院長であり、アバークロンビー侯爵令嬢です。どうか皆さん、聞いて下さい。この女は!」
そう言ってアレクサンドラは壇上にいる私の方を指さした。
「この女は以前、当時学生だった子爵令嬢を魔法学院から追放し、更にその子爵家を取り潰し王都から放逐しました。鬼のような所業です! そのうえ、スチュワート公爵家から絶縁されて平民になった女です。そのような女が公爵夫人として澄ました顔をしていることをどう思われますか!?」
凄まじい形相で絶叫するアレクサンドラ。
周囲が眉をひそめて、ざわざわと騒ぎだした。招待客が私に向ける視線も厳しくなったように感じる。
アレクサンドラは得意気に話し続けた。
「爵位を奪われて追放された子爵令嬢は何も悪くありませんでした。彼女は今どうしているでしょうか?」
彼女は勿体をつけるように招待客の貴族らの顔をゆっくりと見回す。
会場にいた人々が不穏にざわめいた。
アレクサンドラは嬉しそうに声を張り上げて言葉を続けた。
「なんと、その子爵令嬢は今では使用人としてここで働かされているのです! なんて残酷なことでしょう!」
人々の息をのむ音が聞こえた。
アレクサンドラは勝ち誇ったように指さしながら叫んだ。
「その追放された子爵令嬢がここにいます! 彼女です!」
そして、彼女が指さした先に立っていたのは……
アンナだった。
彼女の顔は真っ蒼だ。
ふらふらと倒れそうによろめいた時、アルベールが走り寄って彼女を支えた。
アンナの顔を覗き込むアルベール。
二人で何かを話した後アンナは前に進み出た。
会場にいる人々の視線が一斉にアンナに注がれる。
彼女の顔は青いが、決然とした表情が表れている。
何を言い出すつもりなんだろう……。私は不安を覚えた。
「皆様。確かに私たちローマン子爵家はスチュワート元公爵の訴えにより爵位を剥奪され、王都を追われました」
アンナの言葉に周囲が更に騒然とした。アレクサンドラの顔が得意気に輝き、周囲の私への非難の眼差しが突き刺さる。
そんな中、アンナは毅然と顔をあげて大きな声で言葉を続けた。
「しかし、それは私がミラ様を意図的に階段から突き落としたからです。ミラ様は被害者であり、私が加害者なのです! 私は犯罪者ですから当然の報いを受けたのです! ミラ様には何の落ち度もありません!」
それを聞いたアレクサンドラが呆気に取られた後、激高した。
「っ! あんた!? 何を言ってんの? 約束と違うじゃないか!?」
しかし、アンナの顔に迷いはなかった。
「ミラ様はお優しくて慈悲深い方です! 私の罪も許して下さいました。私はミラ様のために尽くしたいと思い、自ら希望して使用人になりました。ですから、皆さん、どうか誤解しないで下さい! 私はここで幸せです。ミラ様は素晴らしい方です! 公爵夫人にこれ以上ふさわしい方はいません!」
堂々と述べるアンナの顔を見ていたら目頭が熱くなった。自分が加害者なんて……みんなの前でそんなこと言う必要ないのに……。
アンナは私の方を向いて清々しい晴れやかな笑顔を見せた。
*****
そう。私は消されていた記憶を取り戻していた。
アンナはアナスタシア・ローマンという子爵令嬢で、一週間という短い間だったけど私のクラスメートだった。
彼女は講師としてやってきたリアムに恋をして、彼に熱い視線を注いでいた。しかし、私がリアムと親しげに話しているのを見て、激しく嫉妬し私を階段から突き落としたのだ。
その罪で彼女の家は取り潰され一家揃って王都から追放された。
そして、罪悪感から精神的に参ってしまった私のためにケントは私の記憶を消した。
私はとっくの昔にそれらを思い出していた。




