表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/85

ついに試合の日がやってきました

試合当日の早朝、まだ空が明けない時間に領主館の扉が乱暴に叩かれた。


慌てて身支度を整えて階段を降りて行くと、パウロが見知らぬ男性に応対していた。


「どうしたの?」


「ミラ様、こちらはジュリーの実家の隣人の方なんですが、ジュリーの父君が夕べ暴漢に襲われて重傷を負ったらしいんです。酷い状態らしく一刻も早くジュリーに知らせようと夜っぴて来られたらしくて……」


確かジュリーの実家は馬車で4~5時間の距離だったと思う。


急いでジュリーに来てもらうと入口のところに立っている男性を見て、さっと血の気が引いた。


「カルロおじさん、何かあったんですか?」


事情を聞いたジュリーの顔が不安に揺れ、目が充血して赤くなる。


「……父さんが!?」

「ジュリー、今すぐ支度をして、実家に戻りなさい!」


私が言うとジュリーは頑なに首を横に振った。


「だ、だめです! だって、今日は試合だから……私も出場しないと……」


カルロと呼ばれた男性が叫ぶ。


「ジュリー!? お父さんにもしものことがあったらどうするんだ!?」


「試合は大丈夫よ! 気にしないで。ご家族の方がずっと大事だから」


私がそう言うと、ジュリーの瞳に涙が一杯溜まった。


「で、でも、選手の人数が足りなくなっちゃう……悔しい……あんなに練習したのに」


ポロリと涙がこぼれた。可哀想に……。


「緊急時だから、誰かが代わりに出場できるか交渉してみるわ! だから心配しないで! 大丈夫!」


ジュリーは逡巡していたが、最終的に頭を下げた。


「ごめんなさい……」


涙ぐむジュリーを抱きしめて、背中をポンポンと叩いた。彼女のしゃくり上げる仕草に胸が痛くなる。


ジュリーは素早く支度をしてカルロと一緒に去っていった。


お父さまがどうかご無事でありますように……。


*****


夜が明けて、早朝に試合会場に行くと、既にラルフとトーマスが準備運動をしている。


彼らに事情を説明してテッドかリカルドかパウロを選手として代わりに入れてもいいかと交渉してみたが


「そんなのダメに決まってる! 騎士や兵士は入れないって約束したのはあんただろう!」


ヒゲのラルフに凄まれた。確かにその通りだ。


屋敷の使用人はセブンズのルールを分かっていないから、代理は難しい。


「だったら、一人欠けた状態で勝負するしかないだろう」


ポニテのトーマスに言われた。


うーむ、と悩んでいると近くで話を聞いていたアンナが口を開いた。


「あの……ミラ様。何の役にも立たないかもしれませんが、私で良かったら出場します!」


「アンナ!? 本当に?」


「はい! トレーニングには参加していたので、ルールは分かります。……正直戦力にはならないと思いますが、自分なりにトレーニングはしてきたので……」


私はアンナに抱きついた。


「アンナ! ありがとう! 大好きよ!」


彼女の顔が真っ赤に染まる。


「アンナが代わりに出場するわ! 文句ないわね!?」


ラルフとトーマスは余裕の態度でせせら笑う。


「ああ、いいぜ。問題ねーよ」


くっ! 絶対に負かす!


「ミラ様、ごめんなさい。私、足手まといになってしまうと思いますが」


「そんなことないわ! 怖くなったらボールを後ろの方にパスしてくれればいいし。何なら、後ろに落としてもいいわ。相手に取られても気にしなくて平気! 私が絶対に取り返すから大丈夫よ!」


ぎゅっと彼女の手を握った。


チームメイトもアンナが出場することを聞いて、驚きつつも喜んでくれた。


「アンナ! 大丈夫だよ! ちゃんとフォローするからね! 意外と根性すわってんな。見直したよ!」


リタはバンと彼女の背中を叩いた。その勢いにアンナがたたらを踏む。


「そうね。とても勇敢だわ。ありがとう。アンナ」


エマも微笑んだ。


事務官トリオもアンナを温かく励ましてくれた。


なんていいチームなんだろう。泣けてくる。


絶対にこのチームを勝たせたい!


相手チームも必死に練習してきたようだが、私たちだって全力で頑張ってきた!


必ず勝つ!


そう心に誓った。


**


試合まではまだ1時間以上あるが、屋台が立ち並び、既に多くの人々が集まっていた。


領主館の屋台では、使用人たちがピンクソルト・チップスと麦茶を売ってくれている。


ルイはビールの販売担当を申し出てくれたので、彼に任せておけば大丈夫だろう。


既に長蛇の列ができていて大人気なのが分かる。人手が足りていないかも……。


私も手伝いに行こうとしたらパウロに止められた。


「ミラ様、手伝いに行こうとしていたでしょう? ダメです。今日は試合に集中して下さい」


「だ、だって……大変そうだから……」


「私やテッドたちで手伝いに行きますよ」


「で、でも、パウロたちは試合会場の警備をしないといけないし……」


揉め事が起こらないようにとか、群衆が試合のグラウンドになだれ込まないようにとか警備は必要だ。


うーん。ちょっと甘かった。もっと人手を準備しておくんだったな。反省だ。


その時、馬のいななきとカツカツカツという小気味よい蹄の音が聞こえて、一糸乱れぬ動きで馬を駆る騎兵師団が乗り込んできた。


先頭で騎兵師団を率いているのは……何とリアムだ。


リアムは『行けたら行く』と言っていたけど、まさか忙しい領主が本当に来られるとは思っていなかった。


久しぶりに見る凛々しいリアムに胸が熱くなる。


騒々しかった人々も何事かとそちらに顔を向けている。喧噪が一気に静まりかえってシーンとなった。


黒い艶やかな髪を無造作に一つで束ね、傷のある右側を前髪で覆うようにしているリアムは相変わらずの美貌で、女性たちの熱っぽいヒソヒソ声が耳に入ってくる。


麗しさを残しつつ精悍で男らしい顔立ち。彫りの深い鼻梁。鍛え抜かれた体躯。


女性だけでなく男性も彼から視線を外すことができないようだった。


リアムは顔を輝かせて馬を降りると、私のところまで駆けてくる。


「ミラ、会いたかった。なんて可愛い服を着ているんだ。他の奴に見せたくない」


私をお姫様抱っこで持ちあげる。


それを見た女性たちが悲鳴のような歓声をあげた。


アルベールが朗々としたイケボで宣言する。


「ウィンザー公爵閣下だ!」


すると群衆からものすごい声援が沸き起こった。


「カッコいい!!!」

「スゲー!」

「ミラちゃんの旦那!? 羨ましいーーーー!!!」


飛び交う群衆の声を聞いてリアムは戸惑った。


「えっと……俺はここで嫌われているんじゃなかったか?」


そんなリアムの顔も可愛い。つい噴き出してしまった。


「なんかね。私、結構みんなと仲良くなったのよ。それに今日、これから試合だから。お祭りみたいでみんな楽しんでいるみたい。うちのピンクソルト・チップスとビールがすごい人気なんだけど、ちょっと人手が足りなくて……」

「ああ、じゃあ、連れてきて良かったな。エリオット!」


リアムの呼びかけに応じて馬から降りた騎士はなんと城の料理長エリオットだった!?


えぇ!? 騎士だったの?


エリオットは照れくさそうに笑った。


「あたしはね。元々は騎士出身なのよ。怪我をしちゃって引退したんだけどね。でも、今日はどうしても試合が観たいって我儘言っちゃった」

「きゃーーーー! 来てくれて嬉しいわ!」


私はリアムの腕から降りて、エリオットに抱きついた。


リアムは優しくエリオットに絡んだ私の腕を外すと、私を後ろから抱きすくめた。


「君は俺のもんだってアピールしとかないとな!」


私の耳元に囁いて頬にキスをする。


大きなどよめきと共に女性の甲高い悲鳴が高まった。ご婦人方からの嫉妬の視線を感じて居心地が悪い。


でも、とりあえず今の優先事項は……。


「エリオット、あのね。屋台の人手が足りないの」


そう言っただけで、気が利くエリオットは「あたしに任せといて!」と二つ返事で屋台の方に駆けて行った。


うん。エリオットがいれば屋台は大丈夫だろう。少しは行列が短くなればいいんだけど。


「あとね。人が多すぎて、警備の人数が足りないみたいなんだ。観衆の数が予想より多くて……」


リアムに相談すると、彼は「任せておけ!」と見事なウィンクを決めた。


彼は残りの騎士兵団のメンバーに馬の世話と、試合会場の警備を手際よく指示した。


これで会場整備は安心だ。


怖い騎士たちが目を光らせているので、騒動を起こす酔っ払いもいないだろう。


「俺はミラが活躍するのを見にきたんだが、こんなに可愛い恰好をするとは聞いてないぞ。可愛すぎてこのまま押し倒したいくらいだ」


相変わらず甘すぎるリアムに耳元で囁かれて、私はアワアワして何と言っていいのか分からなくなった。


ラガーシャツはそんなに可愛かったのか!?


その時、トビー、アーサー、ハリーの三人がリアムに挨拶に来た。


リアムの目が驚きで大きく見開かれる。


「三人とも! 見違えたぞ!」


「「「はい! ミラ様のおかげです!」」」


一斉に大きな声で返事をするとリアムは感動したようだった。


「ミラは凄いな。三人とも努力したのが良く分かる。今日の試合も頑張ってくれ!」


三人は力強くガッツポーズしながら笑顔を見せた。


***


観客席にリアムを案内している最中に、ベスとセバスチャンの姿を見かけた。


「リアム! 手紙に書いたでしょ! ワイナリーで助けてくれたベスとセバスチャンよ!」


そういって、彼らをリアムに引き合わせた。


リアムはベスの前で跪いた。


「妻を助けて頂いてありがとうございました」


丁重に御礼を言う。


ベスは笑顔で手を振った。


「いいのよ! ミラと知り合えて生きるのが楽しくなったわ。今日もワクワクして夕べから眠れなかったの!」

「……奥様。もし、お疲れになりましたらすぐにお伝え下さい」


完璧執事のセバスチャンが心配そうにベスの肩にショールを掛ける。


この主従も萌えるなぁ。


ベスたちのために観客席の最前列を空けておいたので、その隣にリアムに座ってもらうことにした。


パウロとリタが屋台からピンクソルト・チップスとビールを買ってきて、リアムたちに差し出した。ベスには麦茶だ。


「まぁ、これがセブンズの観戦には欠かせないという食べ物と飲み物ね!」


嬉しそうにベスがチップスを頬ばる。


「まぁ、美味しいわ! 表面がカリっとしていて、中身がホクホク! 塩味に不思議な風味があってとっても美味しいわ!」


隣で上品に食べているセバスチャンも同意するようにコクコクと頷いた。


「ビールも美味いな! これはいい! 麦からこんなうまい酒ができるとは思わなかった!」


リアムも喜んでくれている。


他の観衆の評判も上々だ!


これで今日の試合に勝てれば……新領地のみんなと建設的な話し合いをすることができるだろう!


頑張るぞ!


私は丹田に気合を入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ