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不注意で事故に遭うところでした

領主館に戻り、私の顔を見たアルベールの顔色が変わった。


「ミラ様、何がありました!?」


あれ……? ちゃんと涙は拭いたし、もう普通の顔に戻ったはずなんだけど……。


アルベールは鋭い。


リカルドが強張った顔で口を挟んだ。


「前王妃と学院長がワイナリーに来て、鉢合わせしたんだ」


普段、温厚なアルベールの顔が怒りで強張った。


仕方なく、みんなに何があったかを伝えた。


エマが深く溜息をつく。


「妄想と現実の区別がついていないんですね。リアム様はどこからどう見てもミラ様だけしか眼中にないのに……」


アルベールも同意した。


「彼女はリアム様に会いに城まで来たんです。その時、リアム様ははっきりとミラ様以外の女性には全く関心がないし、学院長のことは嫌いだと言いました。それでもあの人には伝わらない。私は恐怖すら感じましたよ」


みんなでうーんと考え込んだ。


パウロは諦めたように肩を竦める。


「前王妃が後ろ盾になっているし、はっきりした悪事の証拠がないと排除が難しいと国王陛下が仰っていました。彼女は人の秘密を探るのが巧みだと聞いたことがあります。人の秘密を探っては脅しをかけるそうですよ」


……そうなんだ。きっと私の記憶のこともリアムから聞いたのではなく、彼女が探って手に入れた情報なんだろう。


その場で話を聞いていたアンナの顔色が悪いことに気がついた私は彼女に声を掛けた。


「アンナ? どうしたの? 大丈夫?」

「はい、大丈夫です。でも、ちょっと疲れたみたいで……部屋で休ませて頂きますね」


彼女は青白い顔で部屋に戻っていった。


*****


その後、試合に向けて私のスケジュールは殺人的なものになった。とにかくやるべきことが多く、目が回るような毎日だ。注意力も散漫になっていたんだと思う。


ある日、私は二階にある領主代理の執務室から早足で階段に向かった。階下にいるパウロに急ぎで仕事の相談があったんだ。


忙しく書類を見ながら、階段を駆け下りようとした私が迂闊だった。


完全に油断していた私は足元を全く見ておらず、階段を踏み外してしまった。


足が空に浮くような変な感覚を覚える。


ガクっ!


足が不自然に曲がって、体が宙に浮くのが分かった。


「ミラ様っ!!! 危ないっ!!!」


たまたま近くに居たのだろう。アンナが階段の上から慌てて手を差し伸べてくれたが、私はその手を掴むことができなかった。


アンナの白い手が届かない……。


スローモーションのようにアンナの真っ蒼な顔が遠くに離れていく。


アンナの絶望に満ちた顔を見た瞬間、頭がズキッと強く痛むのを感じた。それと同時に、体が冷水を浴びせられたみたいにどんどん冷たくなる。


足先が冷えて、頭から床に叩きつけられるだろうという衝撃を覚悟した時に、ふわっと体を持ち上げられたのを感じた。


誰かの逞しい腕に抱えられていた。見上げると血の気の引いたリカルドの顔が間近にある。


「おい!!! 気をつけろ! 心臓が止まるかと思ったぞ!」


思い切りリカルドに怒鳴りつけられた。


「ご……ごめんなさい」


彼の怒りはもっともだ。私の不注意。書類を読みながら階段を駆け下りようなんて……。もう本当にバカ!


まだ頭がズキズキ痛む。


「ミラ様! 大丈夫ですか?」


アンナが泣きそうな顔で階段を駆けおりてきた。


彼女の顔を見て、何と言っていいのか分からないままコクコクと頷く。


「良かった。ミラ様……ご無事で……よかったあーーー」


アンナがわーんと大声で泣き出した。


こんなアンナを見たことがない。初めて、素の女の子らしい表情が垣間見えた。


ポロポロと流れる彼女の涙を見て思った。アンナと二人きりで一度ゆっくり話をしよう、と。


その日、私はアンナと沢山の話をした。


*****


セブンズのトレーニングは順調に進み、いよいよ試合まで一週間と迫った。


「じゃーん! これが私たちのユニフォームです!」


みんなに試合用のユニフォームをお披露目する。


チームで相談した結果、私たちのユニフォームは黒と青紫のラガーシャツになった。そして、男子は普通のラガーパンツ。女子はロング・パンツだ。


いよいよ試合が近くなってきたと実感したのだろう。みんな思い思いの表情を見せている。


エマやジュリーは緊張の色が隠せないが、リタは余裕そうだ。さすが軍で戦った経験がある人は違う。


この三ヶ月で一番大きく変わったのは事務官トリオだ。


トビー、アーサー、ハリーはとにかく真面目に努力した。


筋肉は嘘をつかない。


背も少し伸びたらしい。頑健で均整の取れた体つき。しなやかな筋肉が鍛え抜かれた身体を覆っている。お腹もきっちりシックスパックに割れて、理想的な体形になった。


元々イケメンなのだ。知的で端整な顔立ちにそんな筋肉美を誇る身体になったので、この三人目当ての若い女の子たちが毎日トレーニングを見学しにくる。大人気だ。


トレーニングに出ると黄色い声援を送られるようになった。しかし、純朴な三人は照れてしまってどう対応していいか分からない。


「……ミラ様。声援とか慣れてなくて……僕たちはどうしたらいいですかね?」


実直なトビーに尋ねられた。


「笑顔で手を振ってあげればいいのよ!」


素直な三人は笑顔で手を振った。


きぃゃあああああああああああああ!!!


割れんばかりの歓声が巻き起こり、ヒゲのラルフとポニテのトーマスがちっと面白くなさそうに舌打ちした。


「ちっ、いい気になりやがって!」


「いや、彼らすごい頑張ってましたよ!」

「いい気にはなってないんじゃないですか? 努力の賜物っすよ」


相手チームの選手は事務官三人組を褒め称えた。


「くそっ! 絶対あいつらに負けんじゃねーぞ!」


ラルフがチームに喝を入れた。


**


トレーニングの見物客は今や二百人を超え、私は地元民を雇用して本格的な観客席を作ってもらった。


当日はもっと人数が増えるだろう。更に席を増やすために働いてもらっている最中だ。


その関係で、私はますます地元の領民たちと親しくなった。


アスコットの街を歩いているだけで「ミラちゃ~ん!」と声援を送られることがある。


「公爵夫人と呼べ~!」と怒鳴ると「ウケル~」という返事がかえってくる。


ま、いいけど。


**


さて、試合の準備の一環として審判を決めないといけない。


ラルフたちと誰が一番公平なジャッジをしてくれるだろうかと相談していたら、トレーニング二日目から連日練習を見学していたおじさん三人組が進み出てくれた。


「俺たちが審判やってやるよ。ルールはもう完璧に覚えたぜ!」


彼らならラルフとトーマスも納得がいくらしいので、笛を渡して審判講習を行った。


試合への準備は着々と進み、街全体がお祭り騒ぎになってきているらしい。


試合会場周辺で屋台を出してもいいか?というリクエストがあり、リアムに確認して許可を出した。


うちも屋台を出して、ビールとピンクソルト・チップスを売り出す予定でいる。ノンアルコール、ノンカフェイン飲料として麦茶も販売する。


ピンクソルト・チップスと麦茶は既に見物客に試食・試飲してもらって、領民の間で大きな話題になっているという。


屋台のイチオシ人気商品になるだろうとの予想だったので、当初の予定の二倍のチップスを準備することに決めた。


ビールに関してはルイに任せていて、当日の朝にワイナリーから出来たてのビールが届く予定だ。


新領地全体が、明るく華やかなお祭りモードに入っていた。

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