怖い思いをしました
*不愉快な二人が登場します。苦手な方は回避推奨です。あともう少しなので、もうちょっとだけご辛抱下さい<m(__)m>。
ビールの試作品は発酵も順調に進み、ビールらしきお酒が出来上がった。
多分アルコール度数はそんなに高くない……けど、確かにビールの味がする。
ホップではなく丁子を使ったので多少味わいが違うが、爽やかなビールの風味がある。
他のみんなにも試飲してもらった。
リタ「うん。美味しいよ。麦のお酒ってどんな味だろうと思っていたけど、結構飲みやすいな」
アルベール「これはいいですね。ピンクソルト・チップスと合います」
ジュリー「こんなお酒初めてです。女の子にも飲みやすいんじゃないかと思います!」
パウロ、リカルド、テッド「「「美味い!」」」
全体的に高評価だった。
ルイと相談して、ビールの試作品を一度ワイナリーに持って行き、醸造のプロの意見を聞こうということになった。
その日はリカルドが護衛として付き添ってくれる。
ワイナリーでは醸造の専門家であるルイの上司が直接対応してくれた。
「これは……驚くべき発見ですね」
感心したように彼は言った。
「色も透明な琥珀色で大変美しい。更に喉ごしも爽やかで後味も悪くない。ワインに比べるとアルコール度数は低めですが、それは構わないのですよね?」
「はい。あまり酔ってしまうと問題が起こるかもしれないので、むしろ低い方がいいです」
私が言うと、醸造家は満足気に頷いた。
「そうなるとワインと競合しにくくなるので、私どもにも都合が良いです。もちろん、この製法についてはミラ様に専売特許の権利がありますが、もし私どもと協力して生産体制を整えるというのであれば、喜んでお手伝いさせていただきますよ」
わぁ! 試作品は作れても大規模な生産設備のない私たちにとっては願ってもない申し出だ!
「是非! 宜しくお願い申し上げます。えっと、私は難しい法務や契約の話は出来ないので、後ほど私どもの事務官から連絡させて頂きます。でも、皆さんにとっては新しい生産設備が必要になるということですよね? 本当によろしいのですか? ご迷惑ではないですか?」
不安になって思わず問うと彼はニッコリと微笑んだ。
「実はこのワイナリーのオーナーがこの話に非常に熱心なんです。是非ミラ様をご支援するようにと申しつけられております」
「まぁ! そうなんですか? その方にお礼を……」
「あ、いえ。どうかお気遣いなく」
「……そうですか。では、どうかお礼をお伝えください。心より感謝しております。双方にとって利益になるような関係が築けたら理想ですね!」
「もちろんです! 新しい産業で成功されているミラ様の評判はこちらまで届いておりますよ。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます」
最後まで和やかに話し合いが進み、私はルイと顔を見合わせて小さくガッツポーズを作った。
やったね!
「ありがとう! ルイのおかげよ。さすがだわ!」
「いえ! こんな機会を下さったミラ様のおかげです」
「ワイナリーとの生産の連携についてはルイに任せてもいいかしら? 契約に関してはテオに頼むのが一番確実だから、彼に連絡してみるわ」
ワイワイと盛り上がった後、ルイが同僚にちょっと挨拶したいと言ったので
「問題ないわ。久しぶりなんでしょ。ゆっくり話してきていいよ」と送り出した。
申し訳なさそうに「すみません! すぐに戻ります!」とお辞儀して駆けて行くルイの後ろ姿をリカルドと並んで見送った。
その直後に、ワイナリーの責任者が息せきって駆け寄ってきた。
「あの、ミラ様大変申し訳ありません。実は急なお客様がお見えで……」
「あ、分かりました。私たちはすぐに帰ります」
責任者の切迫した表情を見たら、相当大事なお客様だということが分かる。早々に退出しよう。外に停めてある馬車でルイを待っていればいいだろう。
彼はホッとしたように深く頭を下げた。
「申し訳ありません。また、改めてご連絡させて頂きます」
「いえいえ。お忙しいのに申し訳ありませんでした」
私も頭を下げて、急いでリカルドと一緒に建物の外に出ようとしたその時……。
突然聞き覚えのある声がした。
「あら~。そこにいるのは卑しい平民の娘じゃないかしら?」
ドキっとしながら恐る恐る振り返ると前王妃、つまりケントのお母さまが立っていた。相変わらず派手だ。
実は昔から彼女が苦手だった。ケントも嫌っていたので王宮ではほとんど会う機会がなかったのに、まさかこんなところで鉢合わせしてしまうなんて……。
ここはお世話になったワイナリー。
騒ぎを起こして親切にしてくれた人達に迷惑を掛けてはいけない。
とにかく低姿勢だ。落ち着け。
自分に言い聞かせて、深く拝礼した。
「皇太后陛下。このような場所で御目文字する機会を頂き、大変光栄に存じます」
リカルドも跪いて礼を尽くした。
『どうか穏便に』という目配せを彼に送る。
前王妃は憎々しげに私を睨みつけた。
「ああ、このワイナリーも質が落ちたわね。こんな卑しい客を受け入れるなんて。責任者に注意しておかないと。同じ空気を吸うのも気分が悪いわ」
「大変申し訳ございません。すぐに退出致しますのでどうかご容赦を……」
頭を下げたまま伝えると、リカルドがギリッと歯を噛みしめた。
すると前王妃の隣に立っていた妖艶な女性が口を開いた。
「あら? そこにいるのはリカルドじゃない?」
リカルドが小さく息を吸った。
「ご無沙汰いたしております」
「リカルド。ウィンザー公爵家での生活はどうなの? 私は学院長として紹介状を書いて、随分後押ししてあげたのだけど?」
「はい。大変感謝しております」
リカルドは顔をあげずに簡潔に答えた。
「そう」
ふいっと彼女は顔を背けた。
私は二人の会話を聞きながら、愕然としていた。
この色っぽい妖艶な女性が魔法学院の学院長。
つまり、リアムのストーカー?!
ふふ……という婀娜っぽい笑い声が聞こえた。
「あらぁ、リアムのかりそめの奥様ね。私はね、リアムの運命の番なの。あなたとは比べ物にならないくらい彼と強い絆で結ばれているのよ」
ぎょっ! ストーカーが語りだした。
「私とリアムはね。つい最近もリアムの城にある東屋で二人きりで語り合ったの。お互いを見つめた時、言葉がなくても分かったわ。いずれ邪魔者がいなくなったら……私たちは一緒になれるって」
……怖い。なんか分からないけど怖い。
「彼はあなたに秘密の話はしたのかしら? 彼はあなたに内緒にしていることがあるのよ。あなただけが知らないの。ふふふ」
リアムが秘密にしている話?
ありえない!
……けど、この人の確信的な口調に胸がざわつく。
「あなたの記憶についてよ。あなた、学院時代に記憶が消えている部分があるでしょう?」
なんでそれを!?
内心の衝撃を表に出さないようにするのが精一杯だった。
確かにその通りだ。例えば、私はリアムと初めて会った時のことを覚えていない。
リアムは……本当に私に隠し事をしているのだろうか?
いや! 絶対にそんなことあるはずない!
仮にあったとしても、それには絶対に何か正当な理由があるはず。
欲しいものを手に入れるために平気で嘘をつく人はいる。
私は落ち着いて呼吸を整えるようにした。
この人に反論しても無駄だし、トラブルの元だ。言いたいだけ言わせておけ。
私が何も言わないので、イラっとしたのかもしれない。
「あら、何も言わないのは私が正しいと認めたということかしら。ああ、愚かしい娘ね。この勘違い女!」
彼女は舌打ちすると前王妃と一緒に立ち去った。
彼女らが立ち去っても、私はしばらく拝礼した姿勢のまま動くことができなかった。
胸が苦しい。息ができない。
「ミラ様! 大丈夫ですか!?」
心配そうなリカルドが私の肩を揺さぶっていた。
「あ、ごめん。なんかちょっと息が苦しくなって……」
「大丈夫ですか? あんな奴の言うことを真に受けないで下さいね?」
「分かってる。ありがとう。リアムはあんな人を絶対に好きにはならない。私を動揺させるためだけに嘘をついてるって分かるから」
女は好きな人を手に入れるために嘘をつく。パトリシアだってそうだった。
私は惑わされない。リアムの愛情を信じてる。
でも……どうしてだろう。
なぜか涙が溢れてきた。
人の悪意って触れるだけで、やっぱり心に傷がつくんだ。
それがどんな酷い嘘だって分かってても……。嫌だな。自分の弱さが辛くなる。
ポロポロと頬を伝う涙をとめられなくて、私はグイと手の甲で涙を拭った。
リカルドは優しく私の手を押さえる。
「乱暴にすると肌が荒れるから……」
そう言ってハンカチを差し出してくれた。遠慮なくハンカチで涙を拭う。
「ご、ごめんね。平気。全然傷ついてなんかいないから。気にしないで。変だなぁ。こんなの何でもないはずなのに、涙だけ出てくるの。大丈夫。すぐに止まるから気にしないでね」
「ミラ様は……とても健気だ。いじらしくて……頑張り屋で……応援したくなります」
リカルドは私の髪の毛を一房手に取ると、そこにそっと口づけした。
「あ、ありがと。うん、でも、大丈夫だから」
「リアム様はミラ様一筋です。俺もミラ様に近づくなってリアム様に牽制されたことがあるんですよ」
悪戯っぽくニッと笑うリカルド。
「ああ、そうだったんだ。じゃあ、余計にあんな人に言われたことで傷つく必要ないね」
「そう。くだらない戯言です。気にしない方がいい。でも……泣きたいなら我慢せずに泣いてください」
それを聞いて私は遠慮なく鼻水をすすった。
リカルドの優しい口調に私のささくれだった心が少しずつ柔らかさを取り戻しつつあった。
*リカルドのことも後で書きますので、どうか今はご辛抱下さい<m(__)m>。




