新領地に戻ったら恋の気配を感じました
*ミラ視点に戻ります。
衝撃的な誕生日イベントの後、数日間城に滞在して私は新領地に戻ってきた。
城の料理長エリオットに協力してもらえたおかげで、ピンクソルト・チップスとビールの試作品ができた。
ピンクソルト・チップスの試作品は大成功だった。
要は前世でいうフライドポテト。フレンチフライという言い方もあるのかな? オーストラリアだと単にチップスと呼ばれていた。
細長く切って揚げたジャガイモにピンクソルト岩塩を粉末にしてまぶしたものだが、どのくらいの細さが良いのか色々と試した結果、太目に切って表面がカリカリ、中がホクホクのものの人気が高かった。
城のみんなから是非定番メニューに入れて欲しいという依頼が殺到したほどだ。
ビールは試作品として小さめの一樽分造ったので、これから発酵が成功するかどうかを見守る予定だ。
『ビール』っていう商品名は「あら、いいんじゃない?」とエリオットからも勧められたので、今後は『ビール』と呼ぼうと思う。
この後、二週間ほど発酵させればいいとワイナリーでメモした文献には書いてあった。
「もし、試作品のビールが成功したら、一度ワイナリーに持って行ってもいいですか? 俺の上司に味とか品質について確認してもらった方がいいと思うんで……」
馬車の中でルイに尋ねられた。
「そうね! それは良い考えだわ! こちらからお願いしたいくらい」
人に売るには安全性や品質管理が重要になる。プロに確認してもらえるなら願ったりだ。
城でリアムと一緒に過ごせたおかげで、信じられないくらいのやる気に満ち満ちている。充電というのは言い得て妙だな。まさにエネルギーをもらえた。
リアムと過ごしたのはたった数日間だけど、その甘さと濃厚さは凄まじかった。
思い出すだけで、カッと頬が熱くなる。
彼の溺愛ぶりは益々拍車がかかり、自分でもだんだんそれにハマってきている自覚はある。
落着け、理性だ……と火照る体を落ち着かせながら、私は胸にかかるタイガーアイのネックレスをギュッと握り締めた。
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領主館に着くと、みんなが温かく迎えてくれた。
留守の間の報告を聞くと、トレーニングは上手くいっているし、見物客も日に日に多くなってきているそうだ。
領主に反発し独立を訴えるデモは、アスコットの街で私が喧嘩を売った日以来、一度も起こっていないと聞いて、ちょっと安心した。
みんな、試合の結果次第で様子見ということかな。
責任重大だ! 気合を入れなおそう。
「ミラ様のお肌がますますツルツルピカピカになっておられます。さぞかしリアム様と甘い時間を過ごされたのでしょうね」
エマは私の荷解きを手伝いながら揶揄うように笑った。
思わず全身が熱くなってしまった。きっと顔も赤くなっていると思う。
それを見たエマは妙に嬉しそうだ。
「エマこそ、テッドとはどうなってるの?」
逆襲しようとすると思いがけない答えが返ってきた。
「そうですね。来年くらいに結婚しようかって言われました」
「え、ええええーーー?! プロポーズされたの? おめでとう!」
さすがのエマも頬をピンクに染める。
「ま、まだ先の話です。まずは試合に勝つことだけを考えようと思います!」
そっか! まずは新領地での問題を解決しないとね。エマとテッドのためにも頑張ろう!
*****
そして、正体不明のアンナはなんだかんだで領主館での生活に馴染んできているようだった。
食事の時もみんなと同じテーブルで食べるし、家事の当番も嫌がらずに担当しているらしい。
口数は少ないものの話しかければ答えるし、普通に挨拶もする。
記憶喪失が嘘か本当か分からないけど、彼女が少しでもここでの滞在を楽しいと思ってくれたらいいな。
私が戻ってきた日の夕食では、城の様子についてみんなに報告した。
アンナは公爵領のことを知らないので、彼女が話に入れるように解説を加えながら話をした。
「……アルベールは騎士団だけじゃなくて城でも人気だから、みんな寂しがってたよ」
珍しくアンナが何か聞きたそうに口を開いたが、躊躇して口をつぐむ。
「アンナ? どうしたの? 遠慮なくいって!」
「えっと……アルベール様のご家族の皆さん……奥様とか、寂しがっていらっしゃるんじゃないですか?」
顔を赤らめて尋ねるアンナ。
ん?
「ああ、私は昔妻を亡くしてから、ずっと独り身なんだよ。子供もいないから、誰も寂しがるものはいないんだ」
「あ、そうなんですね」
安心したように息を吐くアンナ。
んんんんん?
そのまま食事は大過なく続いたが、頬をピンクに染めたアンナが気になって仕方がなかった。決して野次馬根性ではない。
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食後、リタとエマと一緒にお茶を飲みながら、ピンクソルト・チップスとビールの販売戦略について話し合っていた。
エリオットからアルコールだけでなく、麦からお茶を作ってみたらとアドバイスされたのだ。
前世で『麦茶』という素晴らしい飲料を知っていたはずなのに見落としていた自分を恥じた。
アルコールを飲めない人もいるし、麦茶ならカフェインも含まれていないので、子供でも安心して飲める。
それにすぐ作れる。麦を天日干しにして乾燥させた後、炒って煮出すだけだからね。
トレーニングの見物客を対象にピンクソルト・チップスと麦茶を試食・試飲してもらおうと思っているのだ。
美味しければ口コミで広がるだろうし、試合の時に大々的に売り出すと言えば話題にもなるだろう。
三人で盛り上がった後に、話題はアンナのことに移った。
「アンナってさ……やっぱり、アルベールに……?」
私が曖昧に尋ねると、エマが深刻な顔で頷いた。
「ミラ様もそう思います?」
「うん……だって……もうアルベールを見つめる目が」
「恋する乙女になってますものね……」
「やっぱり! なんかそんな気がしてた! ほっぺも赤くなってて可愛いよね!!!」
「まぁ、アルベールがずっと自分につきっきりなんて……どんな娘でも恋に落ちちゃいそうですけどね」
「アルベールはどうかな? アンナのことをどう思ってるのかな? 彼はモテるでしょう?」
「そうなんですよ! 城でも大変なモテっぷりだったんですが、恋愛関係には疎いみたいです。自分がモテているという感覚もあまりないような……。奥様を病気で亡くされて以来、浮いた噂は一つもないですよ」
「アルベールはアンナに好かれてるって自覚があるのかしら?」
私が調子に乗ってしまったので、リタが呆れたのだろう。
「ミラ。人の恋路で、あたしたちにできることはないよ。アルベールは大人だし放っておいた方がいい。ミラはさ、領地経営とかセブンズとか、もっと大切なことに集中してなよ」
リタに注意されて、私は反省した。
「そうね。ごめん。私、ついはしゃいじゃって」
確かにリタの言う通りだ。人の恋路に首を突っ込んでいいことないと反省した。
ただ、自分も恋する気持ちとか辛さが分かったから……アンナが悲しい思いをしないといいな、と心から願った。




