リアムと再会しました
*砂糖増量回です。苦手な方はご注意下さい。
馬車が城に到着し扉が開いた瞬間に、私は満面の笑みを浮かべたリアムに抱きかかえられた。
戸惑うルイの顔が一瞬見えたが、私はそのまま攫われるように部屋に連れてこられた。
「り、リアム……ちょっと……あの……みんなに……ちゃんと……挨拶くらい……」
お姫様抱っこしながら全速力で走るリアムに必死で話しかけるが、完全に無視される。
リアムは私を抱いたまま器用に部屋の扉を開けた。
そのまま私をそっとベッドに寝かせる。
「おかえり。ミラ」
彼は蕩けそうな甘々の眼差しで私の額にキスをした。
「た、ただいま……」
リアムは冷たいおしぼり(注:おしぼり習慣は私がつくった)を手渡してくれる。
「お茶でいいかい?」
コクリと頷いてベッドから起き上がり、部屋を見回すと不思議な感慨がこみあげてきた。
……懐かしいな。
たった一ヶ月留守にしただけなのに、部屋が少しよそよそしくなった気がするのは何故だろう?
鼻歌まじりに、私が好きなオレンジが香るルイボスティーをテーブルに置いてくれるリアム。機嫌が良さそうだ。
思っていたより元気そうで良かった。
私の好きな焼き菓子も準備されていて、帰りを待っていてくれたんだなぁと嬉しくなる。
「リアム、元気そうで良かった。手紙、沢山くれてありがとうね。私はあまり書けなくてごめんなさい」
「いや、君が大活躍で忙しい様子はパウロが知らせてくれていたから大丈夫。気にしないで」
そう言いながらもリアムの笑顔にはどことなく翳がある。
「えっと、あの……忙しかったけど、毎日リアムのことを考えてたよ。寂しかったし、会いたくて仕方がなかった。リアムのことが恋しくて、リアムに触れて欲しいなって思ってたの」
すごく照れくさかったけど、ちゃんと気持ちを言葉で伝えよう。
離れているからこそ言葉が大切になる。うん。
私が必死の思いで出した言葉を聞いてリアムの表情が固まった。そして、そのまま突っ伏して拳でテーブルをどんと叩いた。
「ミラ、そんなに煽らないでくれ……俺はそんな、いきなり押し倒すなんて真似をしたらミラにどう思われるか心配で、死ぬほど我慢してるんだ……」
「我慢? 何を?」
言った後に、意味が分かった。分かったら恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
「ほら、君は……可愛すぎて……もう我慢できない」
リアムは私を抱き上げてベッドに押し倒した。
顔を耳に寄せられると、熱い息がかかる。それだけで私の体も反応する。
私はリアムの首に手を回して、ギュッと抱きついた。
「……私も……リアムが欲しい……です」
「っ……ミラっ……愛してる!」
*****
ああ、リアムの腕の中だ。気持ちいいな。とても安心できる……。
私がリアムの腕枕でふわふわとした幸福感を楽しんでいる間に、リアムはウトウトとまどろんでいる。
私の体にかかる彼の腕の重みが心地よい。
リアムの寝顔は久しぶりだ。
少し痩せたかもしれない。
目の下にクマができてる。さっきは気づかなかったけど。
疲れているんだろうな。
あとでマッサージしてあげよう。
リアムは多少窶れてもやっぱり美人だ。長い睫毛に見惚れて、つい彼の顔の傷に指でそっと触れてしまった。
ハッとリアムが目覚めて、緑がかった薄茶色の瞳が顔をのぞかせた。
「ご、ごめん。起こしちゃって……」
慌てて謝ると彼はとても大切そうに私の体を抱きしめた。
「いや、こっちこそごめん。……つい緩んだ。せっかくミラがいるのに、眠ってなんかいられない」
懇願するように「もうどこにもいかないで」という甘い低声イケボに悩殺される。
「私はいつもリアムのところに帰ってくるでしょう?」
「……そうだな」
リアムの目が切なそうに細められた。
**
そういえばまだ日中だったということに気がついた私は慌てて身支度をして、城のみんなに挨拶しにいくことにした。
リアムは意地でも私についてくると言う。私が城に居る間は少しでも離れていたくないと言われると、嬉しいような恥ずかしいような……でも嫌じゃない。
二人で手をつないでまずテオのところに行く。
リアムはテオのおかげで今日は仕事から解放されているらしい。有難いことです。
「ミラ様、お久しぶりです。帰ってきてくださって良かった。もう少しで手遅れになるところでした」
「手遅れ……?」
「リアム様はミラ様がいないと、もうどうしようもありません。夜も眠れない。昼間も気力が出ない。覇気も生気もなくなりました。何より仕事の能率が悪くて……。早く新領地の問題が片付き、城に戻ってきてくださいますよう、心よりお祈り申し上げます」
神妙な表情で頭を下げるテオ。
私はまじまじとリアムを見つめた。彼は耳まで真っ赤になって手で顔を隠している。
「頼む、ミラ。見ないでくれ……恥ずかしい」
……いやだ可愛い、と思ってしまった私を許してください。
でも、それが続くと体調を崩してしまうかもしれない。
一人で新領地に行っても毎晩快眠できてしまう自分に罪悪感を覚えた。
「リアム。何かよく眠れそうなお茶をエリオットと一緒にブレンドしておくから……」
「ありがとう、でも俺が一番よく眠れるのはミラと一緒の時だから……。やっぱり早く帰ってきてくれると嬉しい」
「はい! 頑張るね! 取りあえず二ヶ月後のセブンズの試合が終わって、領民との話し合いが出来たら戻ってこられると思うの」
「あと二ヶ月か……」
「それまでに、またこうやって里帰りするようにするから!」
哀しそうなリアムの顔を見て思わず口走ってしまう。
「約束?」
「うん! 約束!」
リアムがようやく笑顔になってくれた。私の顎に指がかかり、彼の顔が近づいてくる……。
「失礼……砂糖を吐きそうです」
テオの存在を忘れていた。ごめん、テオ。
その後はオリバーとハンナに挨拶をして、厨房へ向かう。
ルイがそこに居るって聞いたんだ。
厨房に行くと、彼は既に料理長のエリオットだけでなく料理人みんなと打ち解けて、全員の心をつかんでいた。
この社交性の高さ……恐ろしい子……。
ルイは丁子を使ってビールの試作品を作る計画を説明していた。道具も領主館よりも城の方が揃っているので、ここで試作品作りを始めるという。
ピンクソルトの塊を少し持って来たので、ピンクソルト・チップスも作ってみよう。
エリオットは喜んで手伝ってくれるそうで大興奮だった。
「麦のお酒なんて面白そうじゃない! それに『セブンズ』なんてスポーツを考えたんでしょう? あ~ん、楽しそう! 試合、観にいきたいわ~!」
リアムも試合を直接観戦したいと言ってくれた。忙しいから難しいだろうけど……。
**
エリオットたちが気合を入れて用意してくれた夕食は素晴らしかった。
「さすがエリオットね。この鴨肉のジューシーなこと……」
頬っぺたが落ちそう!と思いながら味わうようにゆっくりと咀嚼する。
「甘酸っぱいソースによく合うな」
リアムも満足そうだ。
***
「ミラに一応伝えておきたいことがあるんだ」
食後にお茶を飲んでいるとリアムがちょっと気まずそうに切り出した。
「現在の魔法学院の学院長はアレクサンドラ・アバークロンビーというんだが、彼女が最近この城に来た」
「あ、そうなんだ。なんの用事で?」
リアムは深く溜息をついた。
「彼女は……一方的に俺と恋愛関係にあると思い込んでいる」
「は!? ……もしかして昔の恋人……とか?」
「いや! まったく違うんだ。学院で同級生だったんだが、ろくに喋ったこともなかった。彼女の脳内で謎のロマンスが始まったらしい。昔しつこく付きまとわれたことがあるんだ。恐ろしい恋文が何百通と届いたり……城に侵入しようとしたり……」
「ストーカーね!」
リアムがきょとんとした顔をする。
「あ、前世ではそういうしつこく付きまとう人のことをそう呼んだの」
慌てて説明した。
「そうか。それで、まだ俺に執着しているようなんだ。俺が君と別れて彼女と結ばれる運命だとか、そういう訳の分からないことを言っていた」
「なんだそれ!?」
「もちろん! 俺は毅然と断ったよ。俺が愛しているのは君だけだと説明した。ただ、彼女は思い込みが強くて、自分に都合の良い妄想だけを信じているから、ちょっと怖いんだ。君になにか危害を加えるんじゃないかと心配で……。だから、領主館に素性の知れない女性が現れたと聞いてアルベールを送ったんだ」
なるほど……。単なる心配性っていう訳じゃなくて、ちゃんと理由があったのね。
「だから! どうか気をつけて欲しい。間違っても彼女に近づかないようにしてくれ。万が一接する機会があっても、彼女の話は嘘ばかりだと思って欲しい!」
リアムの顔は真剣そのものだ。
「うん。分かった! 知らせてくれてありがとう。会う機会はないだろうけど気をつける。アンナは……その人に送りこまれた可能性はあると思う?」
「アンナというのは記憶喪失の女性のことだろう? 諜報に調査させたいんだが、今うちの諜報は隣国の李国に出払っていて、アレクサンドラとの接点を探らせるには人手が足りないんだ。すまない。李国との不可侵条約締結の準備が忙しくて……。アルベールがいれば滅多なことはできないと思うが、用心に越したことはない。どうかくれぐれも気をつけてくれ。君に何かあったら俺は文字通り生きていけないから」
リアムに強く手を握られて、私も力強く彼の手を握り返した。
「もちろんよ! 大丈夫! リアムに心配かけないように油断しないで気をつけるわ!」
リアムの顔がホッとしたように緩んだ。
*目下、隣国との和平交渉(不可侵条約締結)準備のためにリアムの諜報は隣国に派遣されています。なので、アンナの身元を探らせたくても、ちょっと難しい状況なのです(*^-^*)。




