麦のお酒を造りましょう
*おはようございます!読んで下さってありがとうございます(*^-^*)。素敵な土曜日になりますように!
アルベールが来てくれたことで、みんなの気持ちが落ち着いたようだ。
やっぱりアルベールはすごいな。彼がいるだけで安心感が違う。
おかげで私はビール醸造に集中することができる。
せっかくケントから紹介状をもらったことだし、隣の領地にある王室御用達のワイナリーを訪問してみることにしたのだ。
その日はテッドが護衛としてついて来てくれることになった。
ワイナリーは趣のある古い木造の建物だった。開放感あふれる大きな窓からは自然豊かな風景を眺めることができる。
建物の裏手の斜面には原料となるブドウ畑が広がっていて、ブドウの栽培から収穫、発酵、熟成までをここで行うワイナリーは何百年という歴史のある施設だという。
ワイナリーでは親切そうな担当者が私たちを温かく迎えてくれた。
さすがケントの紹介だけあって、ワイン作りや様々な設備を丁寧に説明してくれる。
ふと周囲で人がバタバタと慌ただしく動き回っているのを感じた。
「お忙しいのですね?」
私が尋ねると、担当者は頬を赤らめた。
「大変申し訳ありません。本日はお得意様がいらしていて……」
すまなそうに頭を下げる。
「え、いえいえいえ、とんでもないです! こちらこそお忙しいのにお手間をかけて申し訳ありません」
お互いに頭を下げあったら、頭が軽くコツンとぶつかってしまった。
おかしくなって顔を見合わせてふふっと笑った。
その後も和やかにワイナリーを案内してもらい、ワインの作り方や発酵の仕方まで教えてもらえた。
こういった製法は企業秘密のようなものなので、こんなに惜しげもなく秘密を明かしていいんだろうかと不安になるが、ケントから包み隠さず説明するように指示されているらしい。
有難いことだ。
ただ、ビールとワインでは作り方が違う。
前世で読んだ発酵系の漫画にビールの作り方が書いてあった記憶がある。
確か……ビールの方が複雑な工程が必要だった。
まず麦芽を煮て糖化させる。そこにホップを加えて煮沸し、発酵・熟成させていたと思う。
ワイン職人の人に麦のお酒の話を聞くと「麦のお酒!? 初めて聞きました」と驚かれた。
でも、私の話を聞いて彼はとても興味を持ってくれた。
「是非作ってみたいです!ただ、ホップという植物は聞いたことがないですね。他の原料では代わりにならないですかね?」
うーん。それは私にも分からない。ビールの専門家じゃないし……。
その後も、ワイン職人とああでもないこうでもないと話し合っていたら、あっという間に時間が過ぎていった。
**
「良かったら昼食をこちらで召し上がりませんか? 先ほどのお客様が良かったら昼食にご招待したいと仰っているのですが……」
まだまだ話が終わらなそうな私に案内役の人が声をかけた。
「え!? そんな! 申し訳ないです。私、図々しくお邪魔してしまっているので、そろそろ失礼します!」
さすがの私もそこまで厚かましくない。
しかし『是非に!』と何度も勧められて、お言葉に甘えることにした。護衛のテッドは別室で食事を用意してもらえるらしい。
このワイナリーにはカフェが併設されている。ワインを飲みながら食事を楽しむことが出来るのだ。
カフェに案内されたが誰も見当たらない。
案内役の人は戸惑っている私に微笑みかけると、カフェの隅にある壁に向かって魔法を使った。
するとそこに突然扉が現れた。扉を開けると中は広い個室のようになっている。天井が高く透き通った素材でできているようだ。見上げると青い空が見えた。秘密の個室なんだろうけど、開放感もあるし素敵な場所だなぁと感心した。
中には格調高い家具や調度が揃い、中央の華奢なテーブルには品のある白髪の老婦人が座っている。部屋の隅にはイケオジの紳士が控えているが、服装からきっと執事だろうと思った。
その老婦人は姿勢を真っ直ぐに正し、涼やかな目元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
素敵な方……。こんな風に年を重ねたいと思わせるような魅力に溢れる方だ。
「突然お誘いしてごめんなさいね。私はこのワイナリーのファンでもう何十年もここのワインを飲み続けているのよ。今日たまたまワインを買いに来たら、可愛らしいお嬢さんがとても面白そうなお話をされているので、つい興味を持ってしまって……。ご迷惑じゃなかったかしら?」
「いえいえいえいえ! とんでもないです。こちらこそお得意様がいらしている時に、関係者でもないのにお邪魔して申し訳ありません。お食事に誘って頂いて、とても嬉しいです。ありがとうございます!」
私は元気よくお辞儀した。
その女性はベスといって、十年以上前にご主人を亡くされて今は一人暮らしだという。
「だから、まぁ未亡人ということね。主人が割とまとまった財産を遺してくれたおかげで生活はなんとかできているのだけど……やっぱり寂しいわね」
上品に微笑む様子を見ていると、幸せなご夫婦だったのだろうと想像できた。
ベスは私の話にとても興味を持ってくれた。食事中も話が弾んだが、食後のお茶を飲みながらも私たちの話のタネは尽きなかった。
ベスには私がウィンザー公爵夫人であることを告げた。彼女は少し目を見開いたが、それで態度が変わるわけではない。
でも、色々な質問をされた。趣味とか、好きな食べ物とか。
筋トレと料理が趣味ですと言ったら「良い趣味ね!」とそこから話が広がったし、どんな話題でも興味深そうに聞いてくれるベスと喋っているのは心から楽しかった。
そして、ビールの話になった。
「まぁ! 麦からお酒を!? 面白そうね!」
「ただ、材料がないかもしれないんです。ホップという植物が必要なんですが、ワイン職人の方も聞いたことがないと……」
ベスはそれを聞いて考え込んだ。
「セバスチャン! ねぇ、資料室に発酵の歴史の本があったわよね? 古代に外国で作られた麦のお酒の話が書いてあったように思うの。探してきてもらえないかしら?」
気配もなく静かにベスの後ろに控えていた執事のセバスチャンは、黙って頷くとスッと食堂から出て行った。
「え、あ……申し訳ありません」
わざわざセバスチャンを動かしてしまって申し訳ない。
「なんであなたが謝るの?」
ベスは優しく微笑んでくれる。
そこにセバスチャンが大きな古めかしい本を持って帰ってきた。
「奥様。仰っていたのはこのページではないかと……」
さすが、できる執事のセバスチャンはすごい。ちゃんと必要なページを開いてベスが見やすい位置に置く。
ベスはバッグから老眼鏡を取り出すと、そのページを読み始めた。
「うん。思った通りだわ。ミラ。ここを見てちょうだい」
『オリエント古代文明の醸造家であるドゥーフは、麦を発酵させ酒を醸造した』
確かにそう書いてある。
そして『丁子を香味として使用した』と!
丁子というのは香辛料のクローブのことだもんね!
もしかしたらホップの代わりにクローブを使ってもビール的な飲み物を作れるかもしれない。
「あ、あの、どうかこのページを書き写させて頂けないでしょうか?」
ダメ元でお願いしてみた。
「ええ。ただ一応許可を取らないとまずいだろうから。セバスチャン、ワイナリーの責任者の方に……」
「奥様、既に許可は取っておりますので、大丈夫です」
セバスチャンの背後に後光が見える。彼は完璧なイケオジ執事だ。
私は手帳にドゥーフのビール醸造の要点を書き写した。
「それで麦のお酒を作ったら、どうするの?」
無事に要点を書き写した後、ホッと一息ついてお茶を飲んでいるとベスから質問された。
独立を訴える領民と対話をするための勝負として、数ヶ月後にセブンズというスポーツの試合を行うことを説明した。
更に新領地での政策としてスポーツ振興を考えていることと、セブンズ観戦には絶対に麦のお酒が欠かせないと熱弁を振るった。
「セブンズ、新しいスポーツ。面白そうね。観客は沢山呼べそうなの?」
「そうなんです。今は勝負に備えてトレーニングを行っているんですが、練習なのに観客はどんどん増えています。人が集まれば、美味しいものへの需要が増えます。私は本番の試合の時にビール……えと、麦のお酒とフライドポテトを販売したいと思っています。スポーツ観戦には最高の組み合わせなのです!」
「素敵! 素晴らしい考えだわ! フライドポテトというのは、ジャガイモを揚げたものでしょ? それも何か特別な工夫があるの?」
「よくぞ聞いてくれました! 実は領地には特別な岩塩鉱があるのです! ピンクソルトと言って、塩味の中にもまろやかな旨味があるんですよ。とても美味しいし、ミネラルたっぷりで普通の食事では摂取が難しいような栄養素を摂ることもできます。フライドポテトにピンクソルトをまぶして『ピンクソルト・チップス』として売り出したいと考えています!」
つい拳を握りしめて熱く語ってしまったが、ベスは心から感心したように拍手してくれた。
「ミラ! あなたは最高よ! 今日はなんて楽しい日なのかしら? あなたに会えてとても嬉しいわ。私もその試合の観戦に行きたいんだけどダメかしら?」
「とんでもないです! 来ていただけたら嬉しいです!」
「楽しみだわ。ねぇ、セバスチャン……?」
「かしこまりました。ミラ様、後ほど連絡先を交換させて頂いても宜しいでしょうか? 悪用するようなことは決してありませんので……」
忠実なセバスチャンは礼儀正しくお辞儀をした。
「もちろんです! 私も貴重な情報を頂いて、感謝してもしきれません!」
私はベスと再会を約束してお別れしたが、最後まで和やかな雰囲気だった。初対面なのにこんなに気が合うなんて……。素敵な出会いに感謝ね。
***
その後、さらに良いことがあった。
「あの、うちの職人の一人がミラ様の仰っていた麦のお酒の醸造に興味を持ちまして……。ルイというんですが、良かったらご協力させて頂けないでしょうか?」
ワイナリーの責任者に御礼を言って帰る時に突然言われて、驚いた。
責任者の後ろからひょこっと顔を出したのは、今日ずっと話し合っていた若いワイン職人の男の子だ。ニコニコと笑顔でウインクを送ってくれる。
「その代わりに、もし麦の酒醸造に成功しましたら、当ワイナリーにも生産協力させて頂けましたら、こちらとしても有難いです」
なるほど。大衆向けの新しい酒ができたら、大きな売り上げが期待できるだろう。独占契約して大量生産できれば利益もあがる。私たちにとっても願ったりの提案だ。
今後、契約内容を詰める必要があるが、両者ウィンウィンということだね。私は責任者と固い握手を交わした。
ルイは今日このまま私についてくるという。大きなカバン一つで「俺の荷物はこれで全部なんで」というルイはさすが若者らしく身軽だ。
正直、発酵に詳しい専門家が来てくれるだけでとても心強いし、ビール醸造の成功に繋がるような気がする。今日はものすごい成果があった。
「ルイ。本当に来てくれるの? 無理してない?」
「いえいえ。ミラ様。こんな面白そうなこと、絶対逃せないっすよ」
「そう? あなたが来てくれて嬉しいわ。本当にありがとうね!」
笑いかけると、テッドが私たちの間に割り込んだ。
「リアム様のために距離は開けるようにしてくださいね」




