ピンクソルトを見つけました
翌朝のトレーニングの時には、驚くことに見物客は20人ほどに増えていた。
基礎トレの後に、試しに試合形式で練習してみたら、思いのほか盛り上がって見物人から多くの声援が飛んだ。
そうだよね。
ラグビーは『シンフォニア』の世界では存在しない。テニスとかポロとか貴族の嗜みとしてのスポーツはあるけど、基本的に音楽・芸術重視の世界だからスポーツにはあまり力が入っていない。
でも、絶対に需要はあるはずだ。これを機会にスポーツを新領地のアピールポイントにできたらいいなと考えている。
他領からも人々がスポーツ観戦に来る可能性だってある。人が集まれば、食べたり飲んだり物を買ったり、消費活動をしてくれる。
スポーツ観戦に来た人向けにビールやフライドポテトを売ることが出来れば利益を生むだろうし、農家の人たちの意欲も高まるんじゃないかしら?
うん。可能性はある!
***
その日の朝食後、私はリタ、パウロ、リカルドと一緒に岩塩鉱へ向かった。
最初は三人がそれぞれ騎馬で行くつもりだったけど、もし岩塩を持って帰る場合、馬車の方が便利かもしれないと思いなおした。パウロが御者で私とリタは馬車、リカルドは騎馬で出発した。
案内してもらったのは、とても深い森の奥だった。鬱蒼とした薄暗い森の中をみんなで慎重に進んで行くと、地面が大きく突起状に隆起した場所があった。
リタが穏やかな口調で説明してくれる。
「大昔に海だったところに地殻変動が起こって、その部分が隆起して地上に出てしまう場合があるんだ。そこから水分だけが抜けて、最後は塩とミネラルだけが残る。それが岩塩鉱なんだよ」
リタは地勢や地形に詳しいとリアムが言っていた。
なるほど。この隆起した部分が岩塩の塊なのかな?
土がついていて分かりづらいなと思っていたら「リカルド。この部分を壊せるかい?」とリタが指さした。
「楽勝!」
リカルドが魔法を使ってそこを破壊すると、カキンという硬質な音と共に幾つかの塊が地面に落ちた。
割れた内側が白っぽいミルキーピンクになっている。
なんて綺麗な色なんだろう!
その部分を触って舐めてみると、確かにしょっぱく感じる。しかも、食卓塩のような鋭いしょっぱさではない。もっとまろやかな旨味のある塩味だ。
「これは……美味しい!」
私の中の期待が高まっていく。
私たちは地面に落ちた岩塩の塊を全部馬車に積み込んだ。
大量の岩塩が手に入ったぞ!
馬車の中でウキウキしているとリタが楽しそうに笑った。
「またなんかいい考えが浮かんだのかい?」
「うん! この岩塩を削って、フライドポテトにまぶして売ったら美味しいんじゃないかと思うの。ジャガイモは沢山あるでしょ? 特に今年は豊作みたいだし。できるだけ高値で買ってあげたい。それでフライドポテトが売れたらきっと元が取れるわ」
「なるほどね。それを麦の酒と一緒に売ろうってことかい? 酒と塩気は合うしね。それに岩塩をまぶしたフライドポテトなんて珍しいから他領からも買いにくる人がいるかもしれない。いい考えだと思うよ」
「ありがとう! そうなの。商品名は……ピンク色の岩塩だから、ピンクソルトっていう名前を入れようと思ってるんだけど、ピンクポテト……ピンクソルトフライドポテト……長いな。うーん」
「もう名前を考えてんの? 気が早いな」
リタがクスクス笑う。
「善は急げよ! えーっと、ピンクソルト……ポテト……チップス。『ピンクソルト・チップス』なんていいんじゃない?」
イギリスやオーストラリアではFish and chipsのようにチップスと言った場合、フライドポテトを指す場合がある。
「そうだね。いいと思うよ! 『ピンクソルト・チップス』ね。変わっていて個性がある。覚えやすいし。試作品が楽しみだね」
「そうよ! きっとビールと一緒に売れるわ。私たちの試合の時に売り出したいの。観客が沢山来てくれたら嬉しいな。絶対にいい試合にしようね! もっともっと頑張ろう!」
私たちは興奮して喋り続けた。
***
その時ガタンという大きな音がして馬車が突然停止した。強い衝撃で私たちは転びそうになり、馬のいななきが聞こえる。
御者のパウロとリカルドが怒鳴る声がして、私とリタは急いで扉を開けて外に飛びだした。
すると馬車の前に黒いマントを羽織った女性が倒れている。
顔から血の気が引いた。体の震えが止まらない。
……事故?
彼女は……生きてる? もしかしたら……
リカルドが駆け寄ってきて私の肩を揺さぶった。
「ミラ様! 大丈夫です! 気を失っているだけで怪我もしていません!」
「ホント……?」
不安と恐怖が全身を覆い、視界が涙でぼんやりと滲むのを我慢できない。
リカルドは私の顔を見て一瞬固まった後、私をギュッと抱きしめた。
そのまま背中を撫でてくれる。
「大丈夫だ。突然あの娘が馬車の前に飛び出してきたんだ。パウロがギリギリでぶつかる前に馬車を止めた。パウロで良かった。他の奴だったら危なかった」
「良かった……。ありがとう、リカルド」
滲んだ涙をこすって拭うと、私は倒れた女性に近づいた。
リタとパウロが彼女を覗き込んでいるが、意識はないようだ。
「彼女を馬車に乗せてあげて。領主館に連れて行きましょう」
「いや! ダメだ!」
リカルドが反対した。リタとパウロも難しい顔をしている。
「どうして!? どこか怪我をしているかもしれないのよ。ここに置き去りにする訳にはいかないじゃない?!」
「まぁ……確かに」
しばらく熟考した後、リカルドは頭を掻いた。
リタは諦めたように倒れていた女性を抱え上げた。
「パウロ。馬車に乗せるの手伝ってくれる?」
さすがリタ!
頼もしいリタが難なく女性をお姫様抱っこして、馬車に乗せた。
リカルドとパウロはまだ険しい表情を浮かべていたが、仕方がないというように肩をすくめると、私たちは帰途についた。




