新領地へ向かう準備をします
私はまず新領地で代理人を務めていたトビー、アーサー、ハリーという三人の事務官に面会した。
何故失敗したのか? 原因の究明が重要だ。
三人と顔を合わせて、私は興味深いことに気がついた。
なんでだろう?
髪の色も容姿も違うのに、三人から受ける印象がとても似ている。
典型的な文官ということなのだろうか?
全員真面目で賢そうだが、痩せていて青白いせいか頼りなく見えてしまう。
『若いから』というだけではなく、ちょっと危なっかしいのだ。いくら優秀でも領民に安心感を与えられる存在ではなかったのかもしれない。
筋トレが必要だな……。
私は内心呟いた。
『筋肉は裏切らない』というのは名言だ。
もちろん、私は三人を責めるつもりは全くない。
スチュワート公爵のような悪領主のせいで散々な目に遭っていた民衆を安心させるのは至難の業だ。
ただ、状況を理解するためにも、彼らが何をやって、どうして失敗してしまったのかを知りたかった。
しかし、彼らは叱責されると思っているのだろう。土下座せんばかりの勢いで謝罪が続き、私は疲れてしまった。
「あのね!」
私は腹の底から大声を出した。
ビクッとした三人はその場で固まっている。
「私は全然怒ってないの。だから、謝る必要はなし! 今後一言でも謝ったら怒るからね! 分かった?」
仁王立ちになって言い放つと三人が怯えた顔でコクコクと頷いた。
よし!
「いい? 私はあなたたちがとても優秀なのは分かっているの。私が聞きたいのは、何故うまくいかなかったのか? その理由を知りたい。前領主が最低最悪のスチュワート公爵だったんだから、領民が不満に思っていたのは当然よ。でも、リアムは領主としての人気が高いでしょ? 領主が変わったのに、何故そんなに独立したいのかしら?」
「……恐らくですが、貴族に対する不信感が強すぎて、リアム様の評判も嘘で塗り固められていると信じているようです」
見事な赤毛のトビーが恐る恐る答えた。
「なるほど、それで、独立して税金も納めたくないというのね?」
三人が一斉に頷いた。
「でも、税金は私たちの私利私欲に使う訳じゃない。あの領地にはろくな公共サービスがないわ。例えば、私たちはちゃんとした診療所や学校を作りたいと思っている。勿論、私たちも資金を拠出するけど、完全に無税にしてしまったら他の領地から不満が出るでしょう? 不公平だもの」
「そ、そうなのです。それをきちんと説明しているのですが、全然聞く耳を持たないというか、まったく関心を持ってもらえないというか……」
金髪のアーサーが悔しそうに説明した。
「なるほど。私たちの甘藷スイーツやワンピの事業はとても成功しているわ。彼らに興味があれば、新領地でも事業を展開してもいいと思ってるんだけど……」
「それも説明しましたが『俺たちはそんな二番煎じのようなことはしない!』と怒鳴りつけられまして……。収支報告書など具体的な資料も見せたのですが……」
茶髪のハリーは肩をガクリと落としながら言った。
なるほど。リタたちが言っていた通りだ。対話の糸口も見つからないというのが原因なんだろう。
どうやったら彼らに関心を持ってもらえるのか?
やっぱり、彼ら領民が誇りを持てるような独自の産業が必要なのかもしれない。
そのためには新領地について勉強しよう。私は、リタとパウロが探ってきてくれた新領地の資料を再び読み始めた。
**
「うーん。新しい産業と言っても……簡単じゃないわね」
私が言うとリアムとテオが頷いた。
「ミラ様は綿花と甘藷からワンピとスイーツというアイデアを出してくださいましたが、ジャガイモと麦はどこの領地でも穫れるありふれた作物ですし、個性を出すのが難しいでしょう。それに血の気の多い領民は『人の真似なんかできるか!』と私たちが提案する事業を拒絶しています」
テオの言う通りだ。
血の気が多い……。前世で私がラグビーをやっていた時も、周囲は血の気の多い人間が多かったな。選手だけでなく観客も血の気が多かった。
……スポーツ?
「ねぇ、スポーツは産業にならないかな?」
「「は!?」」
リアムとテオの声が重なった。
「えーっとね。例えば、スポーツが人気のある娯楽になれば、多くの人がその試合を観戦しに集まるよね。人が集まるとそこで食べ物や飲み物を買ってお金を使うよね?」
「確かに音楽の産業ではコンサートを開いて、そのような効果を得ているようですね」
顎に指を当てながらテオが言った。
そう。この世界では音楽が優遇されるので、音楽は娯楽・文化としても産業としても確立している。
しかし、スポーツは全くと言っていいほど注目されてこなかった。
スポーツだって立派な娯楽で人を動かす力があるはず!
私が前世でプレイしていたラグビーは七人制ラグビーと呼ばれるものだった。セブンズと呼ばれていたが、例えばそれを新領地に導入できないだろうか?
血の気の多い領民ならきっと好きになる気がする。
それを提案してみると、リアムとテオは「ふむ」と言いながら考え込んだ。
「それは面白そうだな。ただ、領民にそのスポーツに興味を持たせるのが難しいかもしれない。でも、ミラなら良い案を出せると思う。俺たちは支持するよ」
リアムに言ってもらって、ちょっと勇気がわいた。
その後もリアムと新領地経営の基本方針などを話し合い、私にほぼ全権を任せてもらえることになった。
***
二人きりになってからもリアムは不安を隠しきれない様子だった。
「ミラ。君なら大丈夫だと思うが……。あまり人気者にならないでくれ。君が遠くにいってしまうようで……寂しい」
「私が頑張れるのはリアムがいてくれるからよ。人気者なんてなりっこないし! 私にはあなただけ。愛してる」
リアムはどこか縋るような必死さで、いつもよりも強く私を抱きしめた。
「……ミラ。君がいなくなったら、俺の心は死んでしまう。だから、早く帰ってきてくれ」
真から哀しそうなリアムの声に、私は彼の背中に腕を回してそっと背中を撫でた。
「ミラ……」
更にぎゅうっと抱きしめられると、リアムの心臓の鼓動がもっとはっきりと聞こえるようになった。
離れがたい気持ちが止められなくて、私たちはそのままじっとお互いの体温を感じ続けた。
***
「新領地にはリタを連れて行くといい。彼女は地勢や地形に詳しいからな。パウロも一緒に行けば、俺も少し安心できる」
二人が来てくれたら心強い。
新領地に向かうチームは、リタ、パウロ、護衛騎士のテッド、騎士団に入団したばかりのリカルド、そして専属侍女のエマに決まった。
更に私の希望でトビー、アーサー、ハリーの事務官トリオにも来てもらうことになった。
三人は当初躊躇していた。一度失敗した身なのに、と引け目を感じているようだ。
「今度は私が必ず成功させてみせる。あなたたちはとっても優秀なんだから、それを証明してみせるわ。絶対に見返してやりましょう!」
気合を入れるとやる気になってくれた。
ついでに「これ……良かったら」と筋トレメニューを手渡す。
リカルドがメンバーに入ったことが意外だったが、既に騎士団の中でもその強さで頭角を現しているらしい。
よし! 役者は揃った。
出陣だ!




