リタとパウロが戻ってきました
難民キャンプが解散して諸々の後片付けが終わった後、リアムはリタとパウロに長期休暇を与えようとした。
二人の結婚式の媒酌人を引き受けたケントのスケジュールが忙しすぎて、式の予定が立てられなかったことも理由の一つだ。
長い間離れ離れで働きづめだった二人にのんびりして来いとリアムは伝えた。
それを聞いた時、私はつい不満を感じてしまった。
『そりゃケントは死ぬほど忙しいけど、結婚式なんて大切な行事を待たせるなんて……』
非難めいた顔つきになってしまったのだろう、とりなすようにリタが言った。
「国王陛下にはとても感謝しているんだ。あたしなんかのために媒酌人を引き受けてくれて……。おかげで私たちの結婚に文句を言える人なんて誰もいない。それにウィンザー公爵領で結婚式を挙げたいって希望したのは私たちだから仕方ないよ」
長期休暇なんてもらえないと遠慮する二人に、リアムは旅行がてらウィンザー領内の各地を回って役に立ちそうな情報を集めてきて欲しいと依頼していた。
多分、それは口実でリアムは二人にゆっくりと楽しく過ごして欲しかったんだと思う。リタはここ何年も休暇を取っておらず、パウロも同様だったらしいから。
そうして二人は旅立って行った。
*****
そんなリタとパウロがしばらくぶりに城に戻ってきた。
「久しぶり~!」
私とリタは固く抱き合って再会を喜んだ。
はしゃぐ私たちをパウロが微笑ましそうに眺めている。
「色々面白い収穫があったよ。これからリアム様に報告会をするんだけど、ミラも来るだろ?」
リタに聞かれたけど、私は何も知らされていない。
「えっと、私の予定には入ってないから、私は必要ないんじゃないかな……?」
「え!? 私はミラの考えが聞きたい。あんたならきっと新領地の経営にも良い提案をしてくれるんじゃないかと思ったんだけど」
「新領地?! ってあの、旧スチュワート公爵領だった? でも……あそこはうまくいってるんじゃないの?」
それを聞いてリタとパウロが微妙な表情で顔を見合わせた。
「何がどうなってんのか分かんないけど、ミラが出席しないと報告はしないとリアム様に伝えておくから。絶対に来てね!」
真面目な顔でリタに断言された。
どういうことなんだろう?
新領地に問題があるなんて話、私は聞いていない。
リアムは仕事で問題があったら、何でも話してくれると思っていたのにな。
私が頼りなくて相談できなかったのかな。
そう思うと、ちょっと胸がチリチリと痛くなった。
*****
リタがすぐに手を回してくれたのだろう。結局私も報告会に出席することになり、リアムとテオの間にちょこんと腰かけた。
その向かいにリタとパウロが座る。
最初は和気藹々と各地の状況を報告してくれていた二人だったが、新領地の話になると表情が硬くなった。
二人の報告を聞いて、私は唖然とした。
リアムが新領地を経営するために派遣した代理人は次々に交代して、既に三人目が辞めたいと戻ってきたらしい。
三人とも短期間で体調を崩し「自分にはもう無理ですっ!」と逃げ帰ってきたそうだ。
リアムが選んで派遣するくらいだから優秀な人材だったに決まっている。そんな人達が体調を崩すまで追い詰められてしまうなんて……。
一体どんな問題があるんだろう?
リタが分かりやすい報告書を作ってくれた。
概要をまとめた報告書の最初のページにはこう書かれていた。
新領地の現状
1.領民が貴族の政治にうんざりしている。貴族を信用していない。ウィンザー公爵のことも信用できない。領主代理人は三人ともバカにされて追い出された。
2.新領地には資源がない。鉱物資源はほとんど存在せず、主な産業は農業。特産物は麦とジャガイモだが、ありふれた作物である上に競合する他領に負けている。はっきり言って貧乏。
3.スチュワート公爵に領民の生活を滅茶苦茶にされた恨みがある。暗い。希望がない。貴族の支配から脱却し独立したい。『独立するぞ!』『税金なんて払ってたまるか!』というデモが起こっている。
目標
1.領民との信頼関係を築く
2.新領地で産業を興す。領主代理人がワンピと甘藷スイーツの事業の説明をしたが「人の真似なんかできるか!」と激高。独自の産業を検討する必要あり。
3.領民を幸せにする
問題点
民衆を扇動する指導者たちが荒っぽい。全体的に領民の血の気が多い。理性的な話が通じない。頭に血が上りやすい。
「なるほどね……」
私はリタから渡された補足資料にも目を通した。
リアムは難しい顔で溜息をついた。
「なるほど。状況は分かった。それで、地勢的にはどうだった? 自然災害に晒されやすい場所はあったか?」
リアムの質問を受けて、リタは嬉しそうにバサバサと紙を机に積み上げた。
なんだろう?
すごく綺麗な風景画が何枚も出てきた。
「すごいっ!!! なんて素敵な絵!!! もしかしてリタが全部描いたの?」
私の言葉にリタが頬を赤らめた。
「あたしは昔絵を売りながら旅をしていたこともあるんだよ」
「リタ、画家だったのね!? 素晴らしい才能だわ!」
しかし、興奮しているのは私一人だった。他の全員は当然のことのように落ち着いている。
ちょっと恥ずかしくなって口を閉じたが、後で詳しくリタに話を聞こう。
リアムたちは熱心にリタの絵を検分している。
「すごいな。助かるよ。ありがとう、リタ」
微笑むリアム。リタも満更ではなさそうだし、パウロも開けっぴろげに誇らしげな笑顔を浮かべた。
「新領地は基本的に平地が広がっています。山どころか丘陵も少ない。川はありますが、自然災害は起こりにくいと思います。灌漑しやすくて農作物の収穫には適した土地です。ただ、他の領地と違って鉱物が出ないんです。それが領民にとってちょっとした劣等感になっているのかもしれないと俺は感じました」
パウロの説明にリタも頷いた。
「希少な鉱物が出るわけでもない。農作物はありきたりなジャガイモと麦。風光明媚な場所もない。はっきり言って個性がないんだ。しかも、貧乏。自分の領地に誇りが持てない不満が溜まって、やけくそで『独立してやる!』って息巻いている気がするんだよね」
リタの言葉には説得力があった。しかも、前領主はスチュワート公爵。自分の領地に誇りが持てるはずがない。
「ただね! 一ヵ所、西方の森に小さな丘があるんだけど、その奥に岩塩が埋まってる。何かあるなと思ってパウロと一緒に確認したから間違いない」
リタの言葉に私は飛びついた。
「岩塩!? 素敵! 料理に最適だし、ミネラルが豊富だから健康にもいいのよ! 岩塩をブランディングして付加価値をつけて売れないかしら?」
「ほらね。ミラなら色々な可能性を見つけてくれると思ったんだ!」
リタが得意気に言うが、リアムの顔は苦々しい。
……なんで?
私、何か余計なこと言った……のかな?
出しゃばりだと思われちゃったかな?
私の表情を見て、リアムが慌てたように私の手を握った。
「違う! 違うんだ! ミラ……」
テオが呆れたように溜息をついた。
「リアム様、まずミラ様と二人でちゃんと話し合って下さい。ミラ様が自由にやりたいことが出来ないような状況は……私は健全ではないと思いますけどね」
そして、テオ、リタ、パウロはゾロゾロと部屋から出ていった。
二人きりで残されて、私はリアムの顔を見上げる。
彼は私の手を握りしめたまま、苦しそうな表情を浮かべて謝罪した。
「ごめん……ミラ。全部俺が悪いんだ」




