全力でリアムの誕生日をお祝いしました
「ミラ、リマにあるお店から大量に調理道具が届いていたけど……何をするつもり?」
料理長のエリオットは戸惑った口調で私に尋ねた。
リアムとデートした時に注文したせいろが、厨房に山のように積まれている。
……つい調子に乗っちゃったかなぁ。
リアムはこれ全部買っても、一般的に女性に贈るアクセサリーの十分の一くらいしかかからないと言っていたけど……。
元を取るまで使い倒さないともったいないわよね。
私は、むん!と気合を入れた。
飲茶という慣習や点心という様々な一品料理についてエリオットに説明しつつ、リアムの誕生日にサプライズ飲茶パーティを開きたいという熱い想いを語る。
「やむちゃ……? リアム様の誕生日パーティ?」
エリオットは当初困惑していた。この城で誕生日を祝うという習慣はないらしい。
「そうなの。去年は私たちみんな忙しすぎて、リアムの誕生日を祝うことができなかったでしょ? 今年は全員で盛大に彼の誕生日を祝うわよ!」
ガッツポーズを決めると、エリオットも乗り気になったようだ。
これからが私たちの腕の見せどころよ!
私とエリオットは目を合わせて不敵な笑みを浮かべた。
**
リアムは相変わらず忙しい毎日を送っていて、自分の誕生日のことなど忘れているようだ。
ふふ。いいぞ。その方がサプライズの喜びが大きくなるに違いない。
私は厨房でエリオットと何度もメニューの相談をした。
まず、蒸し餃子とシュウマイは欠かせない。
肉まんはチャーシューを細かく刻んで甘辛く煮たものを詰めることにした。
ベジタリアン用に野菜まんも作る。中に入れるのは、野菜、きのこ、木の実を細かく刻んで煮込み、とろみをつけたもの。
中華風ちまきも作ろう。豆類、ナツメ、鶏肉を一緒に蒸したおこわを朴葉や竹の皮で包んで香りよく蒸す。
ここは山の中なので、新鮮な海産物は入手しにくい。エビは手に入りにくいので諦めることにした。
そして、甘い物系。
黒砂糖を使った蒸しケーキ。ほんのり甘めでフワフワの食感を楽しめる。
餡まん、ゴマ団子、エッグタルトは王道だ。
更にさっぱりした杏仁豆腐に果物を合わせて提供する。
飲茶とは本来中国茶を頂きながら点心を頂く風習だが、ここは異世界だし多少アレンジしても許されるだろう。お茶以外にもお酒などを準備して、みんなで楽しく過ごせるように工夫した。
毎日ワクワクしながら準備を重ねていたところ、リアムが何かを感じ取ったらしい。
夜リアムの腕枕にもたれて心地よい彼の体温を感じていると、私の髪の毛を弄んでいた彼が突然質問してきた。
「ミラ、俺に何か隠しごとはないか?」
「な、ないよ……隠しごとなんて……いやだなぁ。ははは」
必死で誤魔化すが目が泳ぐのを止められない。
「…………」
リアムは何も言わなかったが、ちょっと不満そうに私の鼻をつまんだ。
*****
いよいよリアムの誕生日当日だ。
私たちは朝からサプライズ・パーティの準備に余念がなかった。
リアムは何も知らずに通常通り執務室で仕事をしている。
その間に私たちは『ハッピーバースデー! リアム様! 生まれてきてくれてありがとう!』という横断幕を張り、会場を飾り付けした。
城で働く人間は全員招待されている。厨房や警備など働いてもらわないといけない人達には後で差し入れするように手配した。
ただ、ワゴンで点心を配る役割の人間が必要だ。それは希望者を募り、もちろん私もワゴン部隊に手を挙げた。
オリバーたちは表情を曇らせる。
「え!? ミラ様が給仕を……?」
しかし、エリオットがとりなしてくれた。
「ミラにはリアム様専用のワゴンをお願いすればいいわよ」
おかげで、私も無事にワゴンで参加できるようになった。
ワゴン部隊はみんなやる気に満ち満ちていた。
こういうのってお祭りみたいだもんね。楽しんだもの勝ちよ!
大量のミニせいろが積み上げられたワゴンと共にスタンバイする。飲み物専用のワゴンもありだ。
「ミラ様、なんだかワクワクしますね! 楽しみです!」
私の隣でスタンバイしているエマが話しかけてきた。
「そうね! 今日はリアムだけじゃなく皆に楽しんでもらわないと!」
そして、戸惑った顔のリアムが会場に登場した。
待ち構えたみんなが大声で叫ぶ。
「リアム様、お誕生日おめでとう!!!」
リアムは目を白黒させている。心底驚いている様子にサプライズが成功した手ごたえを感じた。
「リアム! お誕生日おめでとう! 今日は好きなものを沢山食べてね!」
私が笑顔でワゴンを押しながら近づいていくと、リアムの顔がほころんだ。
「ミラ! ……今日は俺の誕生日か!? すっかり忘れていたよ」
「やった! 驚かせようと思っていたの」
「君もワゴンを押すのか?」
リアムが周囲を見回しながら問いかけた。
「う、うん! リアムの後に他のテーブルにも回ろうかと……」
「今日は俺の誕生日なんだから、わがまま、言っていいか?」
「え? うん! そりゃもう……」
私が言いかけたところで、リアムは私を膝の上に抱き上げた。
「今日、君はずっとここで俺に食事をさせてくれるかい? 他の男には近づくな。いいよな? 今日は俺の誕生日なんだし」
リアムが甘えるようにせがみながら、私を体ごと抱え込んだ。彼のいや増す色気に眩暈がしそうだ。
リアムはマイペースを崩さず、そのまま私が押してきたワゴンのせいろの中身を興味深そうに検分している。
「あ、あの、食べたいものがあったら……」
「うん。じゃあ、これと、これと……」
彼は器用に私を抱えたまま、せいろをテーブルに並べ始める。
「これは何?」
「ああ、それはシュウマイといってね……」
一つ一つ料理にどんな風に工夫したかを説明するとリアムの顔が嬉しそうにほころんだ。
私の頬から顎を指の背を使ってそっと撫でるリアムの色香は尋常じゃない。
「ミラが食べさせてくれる?」
低音のイケボで耳元に囁かれて、危うく持っていたせいろの蓋を落とすところだった。
恥ずかしかったけど、せっかくの誕生日だしリアムのお願いは叶えてあげたい。
周囲は敢えて私たちから視線を外してくれているようだし、ええい、思い切って!
「あーん!」と言いながら、この日のために用意したお箸を使って、リアムの口に入れてあげると彼は美味しそうにゆっくり咀嚼した後、ゴクンと飲み込んだ。
「美味い! 初めて食べる味だ!」
「スパイスとか調味料とかも色々試したの。この世界だと足りない材料もあるから……」
「もしかして、これをずっと俺に隠そうとしてたの?」
図星を指されて恥ずかしくなったので、俯いて小さく頷いた。
「ミラ! 君はなんて可愛いんだ! ありがとう。今まで生きてきて一番幸せな誕生日だよ」
力強い腕の中でぎゅっと抱きしめられた。
その後は素直に膝からおろしてくれて、普通に一緒に食事をとったが、私がワゴン部隊に入って他の人のところに行くことはどうしても許してもらえなかった。
他のみんなも物珍しい食べ物と食べ方をとても楽しんでくれたようだ。味についても評判は上々で、是非また作って欲しいというリクエストを沢山受けた。
料理長エリオットと相談して、定番メニューにできるかどうか考えてみよう。折角たくさんせいろを買ったんだし。
**
その日の夜、リアムは形の良いヘイゼルの瞳を柔らかく細めながら私に微笑みかけた。
「今日は楽しかった。ありがとう。一生忘れないよ」
そんな言葉を聞くと嬉しくて堪らない。
リアムは私に沢山のものを与えてくれた。少しでも恩返ししたいと思っているから、喜ぶ顔を見ると心が充足感で満たされる。
「君は俺を幸せにしてくれるだけじゃない。俺の大切な人達のことも常に考えてくれる。今日の点心は城の人間もみんな楽しんでいた。君は俺の幸運の女神だ。周囲の人間みんなを幸せにしてくれる。ミラ、ありがとう。もっと……もっと感謝の気持ちを伝えたいのに、言葉が見つからなくてもどかしくなる」
リアムは私を後ろから抱きすくめると、おろしている髪をかき分けて私の首筋に何度も口づけした。
「ミラ、君の誕生日に俺は困ることになるな……こんな素晴らしい誕生日にしてくれた君に俺は何をしたらいいんだ?」
彼の胸に体を預けるようにしながら私は耳元で囁いた。
「リアムはいつも通りでいいの。あなたがそばに居てくれるだけで、私にとっては毎日が特別な日になるから……」
よく分からないがそれが何かのスイッチを入れてしまったようだ。私は息も絶え絶えになりながら、甘美な眠りに落ちていった。
*誤字脱字報告頂いて本当にありがとうございます!素晴らしいです。いつも感謝しています<m(__)m>




