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ミシェル ~ ミラは私をツンデレと呼んだ

*本日二回目の投稿です。

*国王ケントの妻で王妃のミシェル視点です。



私は初めてケントと会った時のことを鮮明に覚えている。


雲が一つも見えない、どこまでも続く空の蒼さに感動した私は中庭でバイオリンを弾いていた。


季節は秋で周囲の木々は赤や黄色の葉を惜しげもなく降らしていた。なんて美しい光景だろう。


興にのって、様々なアレンジを加えた曲を弾き続ける。


その時背後に人の気配を感じ、慌てて振り向いた。


そこに立っていたのは恐ろしいほどに美しい男性だった。灰色がかった空色の瞳にキリッとした端整な顔立ち。金色に輝くサラサラの髪が風にそよいでいた。


「……すまない。邪魔してしまったか」


その声も魅力的だと感じてしまった。私は既にその時、恋に落ちていたのだと思う。


「い、いえ。あの。すみません、こんなところでバイオリンなんて……」


「いや、素晴らしかった。もう少し聞かせてくれないか?」


熱っぽい彼の視線を全身で感じて体が歓喜に震える。


そのまま心を込めてバイオリンを弾き始めた私を、彼はずっと見つめ続けた。


**


のちに、彼が王太子のケントだと言うことを知った。


王太子にはミラ・スチュワート公爵令嬢という婚約者がいるという噂は聞いていた。


王太子がとても大切にしている令嬢だという噂と、居丈高な婚約者に王太子が縛られているという両極端な評判に当初は戸惑った。


しかし、ミラは噂で囁かれるような儚げで繊細な令嬢でも、冷酷で権勢欲の強い令嬢のどちらでもなかった。


ええ、彼女は逞しくてお節介で人が良くて、貧乏くじを引いてるくせに、いつも明るく笑っているような大バカ者だったのよ!


ケントが私に近づくようになっても、ミラは私たちの邪魔をするようなことは一切しなかった。


むしろ応援するように協力してくれることが多くて、とても驚いた。


嫉妬した女生徒に嫌がらせされた時も、ものすごいスピードで走ってきて助けてくれるのはいつもミラだった。


ケントよりもミラに助けられたことの方が多かったと思う。


私から見てもミラとケントは仲が良くて、何故二人は恋人同士じゃないんだろうと不思議に思っていた。


「え!? だって、ケントの運命の相手はミシェルだから」


当たり前のことのように言うミラに私は唖然とした。開いた口が塞がらなかった。


「これは俺の勘だが、ミラは父親のことを引け目に感じて王妃になりたくないんじゃないかと思う。ミラが王妃になるとスチュワート公爵が益々増長するだろう? 昔から自分は王妃にならないから、俺に好きな人ができたらいつでも喜んで婚約破棄を受け入れると言っていたんだ」


ケントはそう解釈していた。


でも、本当に?


正直私は疑った。


そんなバカみたいにお人好しの女がいる?


何か裏があるんじゃないの?


そう怪しんだこともある。


でも、ミラはミラだった。


いつも正々堂々と自分の言葉に責任を持ち、腹の探り合いばかりの貴族社会で真っ直ぐに生きていたミラは、時に『こんなんで生きづらいんじゃないだろうか?』と心配になることすらあった。


そして、本当にミラは潔く身を引いた。


その後私とケントは結婚し、ケントは国王に即位した。


ケントがミラを側室にすると言った時は、正直迷った。


でも、スチュワート公爵の悪評やその時の状況を考えると、それが彼女にとって一番良い選択肢なのかもしれないと同意した。


それは間違いだったのかもしれない。


徐々に嫉妬が私の心を蝕んだ。


世間では合理主義だの辣腕の国王だのと言われているが、実際のケントはそんなに割り切れるドライなタイプではない。


結構ウェットなところがあるし、試行錯誤しながら失敗して後悔することも多い。


優秀で先を見据えることができるだけに憂慮することも多いのだろう。


それに国王としての責任の重さは並みのプレッシャーではない。


私の前では脆く弱い一面を見せることも増えた。


きっとミラにも弱音を吐いていると思うけど、まだ彼女の前ではカッコつけているような気がする。


夜中に悪夢で飛び起きて眠れなくなったケントの背中を擦るのは私の役目だ。


私を抱きしめて「怖い」と言いながら涙を流すこともあった。


そんな彼を知っているのは私だけという矜持が私を支えていた。


しかし、ミラが王宮から去った後、ケントの瞳から生気が消えた。


ボーっとしている時間が多くなり、明らかに覇気がなくなった。


やはりミラを失ってしまったからだろう。


ミラのことを女性として愛していたのね。


ずっと否定していたくせに……。


私は腹が立って仕方がなかった。


ミラだって、ケントのことが好きだった。女の直感でそれくらい分かる。それなのに、何に遠慮していたのか分からないけど、二人は結ばれない道筋を選んだんだ。


私はケントに恋していたから……どうしても、どうしてもケントが欲しかったから、その二人の気持ちに気づいていながら、敢えて無視して、見ないふりをして、自分の都合の良い方向に進む状況を止めなかった。


結局、一番狡くて卑怯だったのは私なんだよな……。


鬱鬱とした気持ちが晴れず、私とケントはどこかボタンを掛け違えたような、チグハグな違和感を抱えたまま日々を送っていた。


そんな中、ミラの婚約者のリアム・ウィンザーが公爵として陞爵しょうしゃくすることになり、叙爵式が王宮で行われた。


久しぶりに会ったミラがあまりに変わっていて、私は大きな衝撃を受けた。


元々ミラは美人だったが、明るく元気過ぎる態度のせいか色気とかたおやかさとか女らしさとか、そういう資質に欠けていたように思う。


でも、叙爵式に登場したミラは、その場の男性の視線を独り占めしていたと言っても過言ではない。


女らしい立ち居振る舞いだけでなく、上気した頬や熱っぽく隣の婚約者を見つめるミラの眼差しは恋する乙女そのもので可愛くて抱きしめたくなるくらいだった。


彼女の視線は、リアムに対する彼女の想いを顕著に表していた。


この様子じゃ……ケントは失恋かな。


ホッとしたような気持ちになったのは、ケントを取られなくてすむと思ったからじゃない。


ミラが、幸せそうに恋していることがとても嬉しかったんだ。


それなのに、諦めの悪い我が夫は、式典の後にミラのところにいそいそと駆け寄った。


二人の仲が良いのは周知の事実だが、ミラにはもう別な婚約者がいる。


そんな風に親しげに話すのは悪手だと分からないのかしら?


現に周囲の貴族たちは眉をひそめてヒソヒソ話を始めている。


それでなくても国王なんだから目立つのに!


切なそうな顔つきでミラの頬に手を当てるケントを見て我慢が限界を超えた。


ミラにあらぬ噂が立てられたらどうするの?


彼女に迷惑をかけちゃダメでしょう!


「あなた? そんなところであまり油を売ってないで、ちゃんとお仕事なさったら?」


私が近づくと、ケントが「あ、ああ」と気まずそうに振り返った。


まったくもう……。


ミラには心からの笑顔を向けた。


「ミラ、久しぶりね。元気そうで良かったわ。ウィンザー公爵夫人ね。おめでとう」


彼女も笑顔を返してくれて嬉しい。大人びた彼女の顔が、急に少女のように幼くなる。


ああ、私が大好きな笑顔だ。


昔から私たちは仲良しと言えるような関係ではなかったが、お互いを尊重して分かりあえていた。


全てにおいて一生懸命な彼女を尊敬していたし、決して嫌いではなかった。


……もしかしたら、ちょっとくらいは好きだったかもしれない。


「ミシェルって案外ツンデレなんだよね」


一度ミラから言われたことがある。


よく意味は分からなかったが、彼女なりに褒めてくれたんだと理解した。


ケントを諦めて、父親のスチュワート公爵のことでも苦労してきたミラには幸せになって欲しかった。誰よりも幸せになる資格がある人だと思う。


だから、彼女が真からリアム・ウィンザーに恋している様子が嬉しかった。


おめでとう、良かったね。ミラ。


心から、そう思った。


*****


その日の夜、寝室に戻ってくるとケントは一言呟いた。


「振られた」

「やっぱりね。リアムの方がいい男だもの。彼女は幸せになるわ」


歯に衣着せぬ物言いにケントは苦笑した。


「……お前は……許してくれるのか?」


言外に私からも捨てられることを覚悟しているようで胸が痛んだ。


この人は、なんでも器用にこなす割に大切なことが分かってない。


私は立ち上がってケントの頬を両方の手のひらで挟んだ。


「あのね、私はあなたと初めて会った瞬間から、絶対にこの人を自分のものにするって誓ったの。私から逃げられると思ったら大間違いだからね」


彼の瞳を覗き込むように言うと、彼の顔が紅潮して目が潤んだ。


ケントは私を抱きしめながら肩に顔を埋めて嗚咽した。


「ごめん……俺はお前に甘えてばかりだ」

「私は鋼よりも強靭な神経を持っているから、あなたを支えるには十分でしょう?」


ケントは私を抱きしめたまま泣き続けた。

*もう一話、ミシェル視点で書きます。出来たら今夜投稿しますね(*^-^*)。読んで下さってありがとうございます!宜しくお願いします。

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