新しいドレスを買いました
どうにかこうにかリアムを宥め、彼の気持ちが少し持ち直したところで今日の本来の目的である服飾店へと向かうことにした。
歩いている途中もリアムは私が歩きやすいように手を取ってエスコートしてくれる。視線を感じる度に愛していると伝えられているようで、頬が熱くなった。
目的の服飾店には『AVIE』という看板が掲げられ、古めかしい建物には多くの蔦が絡みついている。重厚で伝統ある店に似つかわしい風情だ。
「素敵なお店ね」
「俺も実際に足を運ぶのは久しぶりだな」
そう言って店の扉を開けるリアム。
「いらっしゃいませ!」
ハキハキとした声がした方向を見ると、背の高い麗しい女性が立っていた。
側頭部と襟足の部分を刈り上げて頭頂部に比較的長い髪を残しているお洒落な髪型の女性が爽やかな笑顔で迎えてくれた。
黒の上下のスーツに革靴。男装の麗人という言葉が脳裏をよぎった。
「リアム様! お久しぶりですね!」
「アヴィ。全然変わってないな。君は年をとるのを忘れてしまったのか?」
「いやいや、私ももうすぐ還暦ですから」
えっ!? まさか!? 60歳近い!? てっきりリアムと同年代だと思っていた。
ビックリしすぎてカチーンと固まった。
リアムは微笑みながら私を紹介してくれる。
アヴィと握手しながら『これで還暦……?』という感想が頭から離れない。
手だってまだツヤツヤしている。本当に年をとらない驚異の女性なのかもしれない。
アヴィはニコニコと私の手を握った。
「ミラ様。私は手ぐすね引いてお待ちしておりましたよ。なんて素晴らしい素材でしょう! ミラ様に似合う最高に美しいドレスを用意いたします!」
「……アヴィ、そんなに気合を入れなくても大丈夫だ。ミラはそのままで十分に美しいから……」
リアムが弱々しく呟く。
「いいえ! リアム様! 美の追求に『これで十分』という言葉はありません。常に上を目指すものです。ミラ様のように素が美しい方はまさに天女のようになられることでしょう! ああ、腕が鳴るわ~!」
リアムは諦めたように溜息をつくと、自分も新しい礼服を注文したいとお願いした。
「もちろんです! ミラ様のドレスが決まったら、それに合わせた礼服をご用意しますわ!」
その後は、どの色味が肌の色に合うのかを吟味するために何十種類もの織物を体に当てられた。更に色んなデザインのドレスを試着した。
リアムは隅の椅子に座って上機嫌でそれを眺めている。彼が退屈するんじゃないかと心配だったけど、大丈夫そうだ。
結局、淡い藤色の最高級シルクにマーメイドラインのドレスを勧められた。ドレスの裾が後方でちょっと長めになっていて引きずるようなドレープがあるタイプだ。肩と胸が開いたデザインなのでリアムが難色を示したが、私がそのドレスに心惹かれていると分かると渋々と納得してくれた。
「大きくスリットを入れてもいいかもしれないわね。ミラ様の足はとてもセクシーだから、殿方がきっと悩殺されるわ」
しかし、リアムが全力で抵抗し、私も足をさらけ出す勇気はなかったのでアヴィは残念そうに諦めた。
リアムの礼服には光沢のある黒に、上品な薄紫のシャツを合わせた。クラバットはウィンザー公爵家の紋様が入った藤色のものを特注した。
採寸も含めて、全てが終わった時には私もリアムもクタクタに疲れていた。
でも、楽しかった。
アヴィの服飾に対する情熱は本物だ。こういう職人気質の人は大好きなので、これからも服飾関係はアヴィに相談しようと決めた。
和やかな雰囲気のままアヴィに別れを告げて店を出ると、雨が本降りになっていた。
リアムは素早く自分のジャケットを脱いで私の頭から被せ、背中と両膝の下に腕を挿し入れて軽々と掬い上げる。
お姫様抱っこで素早く馬車のところまで走ったリアムは涼しい顔で息一つ乱れていない。
馬車の中に入って魔法でお互いの服を乾かした後、何故かリアムは私を膝の上に抱き上げた。
私の肩に腕を回しながらリアムは切なそうに呟く。
「アヴィの店で……色々試着しただろう。どれも可愛かった。可愛すぎて他の人間には見せたくなくなった」
私は素直に彼に体重を預けた。
リアムが私のポニーテールを指で弄ぶ。そのままうなじに指を滑らせたので、くすぐったくて「ひゃぁ!」と変な声が出た。
リアムはクスクス楽しそうに笑っている。
「また揶揄って!」
じたばたする私をリアムはきつく抱きしめた。
「君は俺がどれだけ君を愛しているか分かってない。……誰の目にも触れさせたくないんだ」
そう言って突然私の首の後ろに噛みついた。甘噛みなので痛くはないがびっくりした。
「きゃっ」
声をあげる私をリアムは放そうとしない。
「嫉妬と独占欲ばかりだ。俺ばかりミラのことが好きで……ずるい」
抱きしめられた腕の中でリアムの顔を見上げると、ちょっと拗ねた子供のような表情をしている。
でも。リアムこそ分かっていない。
私がどれだけリアムを愛しているか。どれだけ彼を独占したいか。
街を歩いている時もすれ違う女性たちの多くがリアムに見惚れていた。
幸い、リアムの視線が他の女性にさまようことはなかったが、もし、彼が他の女性に関心がある眼差しを向けていたら……私は嫉妬で苦しんでいたかもしれない。
私がこんなに心の狭い嫉妬深い女になってしまったのはリアムを愛すればこそだ。
「私だって、嫉妬するよ」
小さな声で抗議するとリアムが嬉しそうに微笑んだ。
「新しいドレス、楽しみだな。他の奴に見せたくないけど」
「まだ先の話でしょ? 新公爵お披露目の舞踏会の日程だって決まってないのに」
「そうだな。ケントの予定が決まらないと何もできない。国王夫妻を招いての舞踏会だから大掛かりになるし、早く決めて欲しいんだが……。ケントが全部まとめてやりたいと言うんだ」
「????全部まとめて?」
リアムは苦笑した。
「うちの領地まで来るのは時間がかかる。だから、何度も来なくて済むように行事を全部一回にまとめたいんだってさ」
「そんなに行事あったっけ?」
「隣国で新しい国王が即位したのは知ってるだろ?」
「うん」
「新国王は前王とは違い他国への侵略よりも内政を充実させたいらしい。好戦的ではないんだ。この機会にケントは不可侵条約を結びたい。うちの領地も助かる。その条約調印をうちの城ですることになりそうでね」
へえ! それは初めて聞いた。
「それにリタとパウロの結婚式がある。ケントは媒酌人を引き受けたからな」
「確かに! リタたちはどうしているかしらね?」
現在リタとパウロは任務を兼ねて各地を旅行しているらしい。
「ああ、たまに報告書が届くが元気そうだ。先月は温泉に行ったらしいぞ」
「温泉!? いいなぁ」
「いつか俺たちも行きたいな。二人だけで」
そういってリアムは蕩けるように甘く微笑んだ。




