リマの街でデートです
*ミラ視点です
「今日はあいにくのお天気ですね。せっかくのお出かけなのに」
エマの言葉に私は頷いた。
今日はリアムと二人でリマの街へデートだ。当然護衛騎士も一緒だが、いつものように遠巻きで邪魔しないように警護してくれるらしい。
エマが言ったように今日は雨が降っているが、リアムは忙しいので他の日にリスケするのは難しい。
ま、雨でも大丈夫でしょ。多少濡れてもこの世界では魔法で何とかなってしまう。
「白は避けた方が無難ですわね。濡れると透けてしまう可能性がありますから……」
それはその通りだ。
「そうね。ちょっと濃い色のワンピがいいわ。エマが選んでくれる?」
という訳で今日は濃い藤色のワンピを着て、リアムと一緒にリマの街に繰り出した。髪の毛はポニーテールにして紺色のリボンを結んだ。
街に到着する頃には小雨になっていたので、傘は必要なさそうだ。
私は元気よく馬車を降りるとズンズンと歩き出そうとした。
リマの道路は石で舗装されているが、雨のせいでところどころ滑りやすくなっている。私が足を取られてよろめくと、すかさずリアムが抱きとめてくれた。
「大丈夫か?」
リアムの顔がすぐ側にあって頬に血が上る。彼の腕の中があまりに心地よくて、このまま甘えてしまいたくなる。
至近距離で私たちの視線が絡み合って、彼のヘイゼルの瞳に吸い込まそうになった。
一瞬時間が止まった気がした。
……少女漫画のようだ。
彼は照れたように目をそらすと、私の手をつないで歩きだした。
ちゃんと私の歩く速度に合わせてくれるリアムの左耳にはシルバーのイヤリングが揺れている。私の右耳にも同じイヤリングが弾んでいて、ちょっとくすぐったい。
リアムの今日の服装は淡い薄紫色のシャツに紺色のジャケットだ。いかにもカップルというコーディネートは、昔から憧れだった。
こんな風に少しずつ憧れていたものが実現していく喜びに、前世の私にいつか夢は叶うよと伝えてあげたい。
今日の目的は私の新しいドレスを作ることだ。リアムもそれに合わせて新しい礼服を作るという。
リマの賑やかな大通りを歩いていると、多くのお店が並んでいてつい視線を奪われてしまう。
相変わらず私を甘やかしたいリアムはその度に立ち止まり、ゆっくりと商品を見るように促した。
「時間は十分にあるから気にするな」
優しく頭をポンポンと叩くリアム。
私が気になったのは竹細工の店だった。どう見ても前世の『せいろ』のような品が並んでいる。
「ああ、それは芋を蒸すためのものだな。隣国ではそうやって芋を蒸して食べる習慣があるらしい」
へぇ、戦争ばかり仕掛けてくる隣国だけど、こことは違った面白い食習慣があるのかもしれない。アジアっぽいのかな?
「王都では見たことがなかったわ。点心が作れるかもしれない」
私の脳内に、飲茶のワゴンで運ばれてくる数々の点心のイメージが膨れ上がった。
飲茶!
点心!
面白いかもしれない!
リアムに簡潔に飲茶について説明すると彼も興味を持ってくれたようだ。
「それは面白いな。新公爵として舞踏会をいずれ開催しなくてはならない。ケント……国王夫妻も招いての正式なものだ。その時にやってみても面白いかもな。余興にもなるだろうし」
「本来は朝御飯というか、昼食というか、そんな感じなんですが……」
「それは前世での習慣だろう? ここでは変えてもいいんじゃないか?」
確かに! 目から鱗だ。
リアムが店主と話をしている間に私は入念に商品を確認した。どこからどう見ても前世のミニせいろにしか見えない。
使える!
私の目がキラーンと光った。
点心の材料はある、はず。早速料理長のエリオットと話し合ってみよう。彼も新しいもの好きだから、きっと乗ってくれる。
飲茶のワゴンが山ほどのせいろを載せてテーブルに回って来る光景を思い浮かべた。
テーブルで「これとこれとこれね」と言うと、ぽんぽんぽんとテーブルにホカホカの点心が並べられる。
その場で食べたいものを指定できるので簡単なんだけど、ついつい自分の胃袋のキャパを超えてしまうことが多かった。
『英語でYour eyes are bigger than your stomachって言うんだよ』
オーストラリアで友人のラガーマンに教えてもらったっけ。
直訳は『胃袋よりも目の方が大きい』。
目で見て食べられるかなと思ったけど、胃袋が足りなくて食べきれない、という表現だ。
前世で学生時代に女子ラグビー代表に選抜されて、オーストラリアにラグビー留学させてもらったことは良い思い出だ。
純朴なイケメンのラガーマンと仲良くなったなぁ。彼は今でも元気だろうか?
ポツリと一滴の雨粒が首筋に当たり、ハッと我に返った。昔を思い出してぼーっとしていた思考を慌てて立て直す。
そう。飲茶。面白いと思う。
パーティの時にワゴンが回ってきて、多くの種類の点心から好きなものを選んで食べられるって楽しいよね。
舞踏会なんていうフォーマルな場所で使えるかは分からないけど、イベントとして特別な日に城でやってみてもいいかもしれない。
特別な日か~~
リアムの誕生日とか……
・・・・・・・・・・・・・・・・・
……リアムの誕生日?!
そう考えて愕然とした。あまりの衝撃に膝が震えた。
私は……私は、リアムの誕生日を知らない!
去年は忙しすぎて誕生日を祝う余裕がまったく無かった。
というか自分の誕生日も忘れていた。多分リアムも城のみんなも同じだったのだろう。
誰の誕生日を祝った記憶もない。
戦争があって、私が王都から引っ越して、復興事業があって、リアムと恋に落ちて、正式に婚約して、父親と縁を切って、公爵になって、結婚して……とにかく忙しかった。
21歳になった私の誕生日も特に何も起こらなかった。ていうか自分でも忘れてた。
いや、私はいい。
でも、リアムの……私の初めての恋人で旦那様の誕生日を知らないって……新妻失格ではなかろうか?!
機嫌よく戻ってきたリアムが私の顔を見てギョッとした。
「ミラ!? どうした? 何があった?」
焦るリアムに、私は彼の誕生日を知らないことを打ち明けた。
するとリアムが顔面蒼白になり、その場に崩れ落ちた。
「……俺も、俺も……ミラの誕生日を知らない……そんな、全世界が総力を挙げて祝うべき女神生誕の宴を……そんな重要な機会を逸してしまうなんて……」
嘆くリアムに通行人の視線が集まっていることに気がつき、私は慌てて彼を立たせると近くにあったカフェに連れ込んだ。
カフェでお茶を飲みながら話し合おうと思ったが、リアムはまだ何か嘆いている。
とりあえずお茶を飲むように勧めた。
先程リアムの誕生日を知らなかった自分に衝撃を受けたが、リアムの反応はより深刻だ。
「世界で一番尊い愛妻の誕生日を知らなかった俺を許してくれるか?」
真剣な顔のリアムを見て、ぷっと噴き出しそうになってしまった(ごめん)。可愛すぎる。
「リアム。許すも許さないも、お互い様じゃない? 私もリアムの誕生日を知らなかった訳だし……そもそも、去年はそんな余裕ないくらい忙しかったじゃない?」
「その通りだが……俺は不甲斐ない夫だ。君の21歳の誕生日を全力で祝いたかった」
「うん。私もリアムの31歳の誕生日を祝いたかったよ。でも、もう過ぎちゃったし。だから、今度は32歳の誕生日を祝わせてくれる?」
幸い、リアムの誕生日は約二ヶ月後だった。私の誕生日は半年後くらい。
うん。準備期間もちょうど良さそう。
リアムの誕生日パーティはサプライズ飲茶パーティを開こう!と心に決め、まだグズグズと落ち込むリアムを慰めた。




