リアム ~ 新婚の喜びと切なさ
*リアム視点です
こんなに幸せでいいのだろうか?
初恋の愛しい人を、とうとう手に入れることができた。
ダメだ。どうやっても顔が緩むのを止められない。
我ながらしまりのない顔を晒していると思うのだが、ミラのことを考えるとどうしようもない。
こんな幸せな現実があっていいのだろうか?
毎朝、愛妻の寝顔を見ながら自問自答する毎日だ。
彼女のなめらかな肌を堪能し、柔らかな体を思うまま抱きしめる。もう他のことは何もしたくないと思うほど身も心も彼女に溺れている。
毎晩愛しても愛し足りないと思う。どうしてこんなに愛おしいのか?
普段からちょっとでも時間が空くと彼女を腕に抱いて、これが夢ではないと確かめずにはいられない。
愛くるしい寝顔に見惚れていると、すぅすぅと寝息を立てていた彼女の瞼がふるりと動いた。
彼女の瞳に映る自分を早く見たい。
彼女の頬を親指で撫でる。
僅かに目を開けたミラは俺の顔を認識して頬を上気させた。可愛い……。
「……おはよう、リアム。よく眠れた?」
「ああ、君と一緒だと毎晩熟睡できるよ。もう君なしでは眠れない」
「また、そんなこと言って……」
くすくす笑うミラはそれが冗談だと思っている。
ミラはパチッと目を見開くと、「うーんっ」と可愛い声で伸びをする。
彼女は抱きしめていた俺の腕からパッと逃げ出し、そのままの勢いでさっさとベッドから立ち上がってしまう。
手際よく身支度を始めたミラの背中を見ながら、悲しくなった。
分かってる。
分かってるんだ。
俺は領主として仕事が山積しているし、公爵なんて高位貴族になったせいで王都から面倒くさい連絡が度々くる。
仕事が増えたとテオがボヤく気持ちは良く分かる。
だから、早起きして仕事を始めるのが一番効率的なんだ。
ミラは城のみんなのことをとても大切にしている。赤ん坊が生まれたばかりのテオが残業しなくて済むように、早く仕事を始めたいのだ。
でも……こう、朝ベッドの中でまどろみながら抱き合ったり、イチャイチャしたり……ミラは全然興味がないのだろうか?
結局、俺ばかりが好きなんだよな、と気持ちが凹んでしまった。
彼女は俺を好きだと言ってくれるけど、その『好き』は俺が彼女に抱いている『好き』とは大きさが違うと思わざるを得ない。
俺の想いに彼女の想いが並ぶことはないだろう。
それは構わない。
俺が一方的に彼女に惚れぬいていることは、初めから分かっていた。
彼女が少しでも愛情を返してくれたことは俺にとっては奇跡のような出来事だ。
ただ辛いのは、もしかしたら俺への想いは城の人間への愛情よりほんのちょっと高いだけで、ほぼ同一線上にあるのかもしれない、と思う瞬間だ。
『俺のことどれくらい好き?』
なんて鬱陶しいことは聞けない。
愛情が目に見えたら少しは安心できるのだろうか?
それとも、俺の愛情に比べてミラの愛情が小さすぎて益々凹んでしまうのか?
切ない気持ちを隠したまま着替えていたら、ミラが後ろから抱きついてきた。
嬉しくて振り向いて彼女をギュッと抱きしめた。彼女の肩に額を寄せて、大好きな彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
俺の愛情を分かって欲しくて口づけを繰り返すが、それも阻まれてしまった。
彼女はとても理性的で、俺のように恋愛に溺れるタイプではないのかもしれない。
いや、俺だって昔は違った。こんなんではなかった。
だから結局ミラは、俺が彼女を想うほど俺のことを想っている訳じゃないんだよな、と寂しく納得せざるを得ないのだ。
**
朝食後、執務中のテオにその話を振ると、何か奇異なものを見るような、憐れむような視線を向けられた。
「……リアム様は変わりましたね。パトリシア嬢を城に連れてこられた時とはまったく違います。はっきり言って重いです」
「重い……? そうか……」(凹む)
「まぁ、それだけミラ様が特別なのでしょう。ただ、あまりしつこくすると嫌われるので気をつけた方がいいですよ」
「……っ。しつこくってどれくらいをしつこいと言うんだ?」
「それがもうしつこ……コホン、いえ、例えば、当初リアム様はミラ様と毎日24時間ずっと一緒に居たいと仰っていましたね? 仕事中もずっと一緒に居たいと」
「当然だ。なぜ午前中はお前と二人きりでミラがいないのか疑問に思っていたところだ」
「午前中も一緒だと、きっとミラ様は息が詰まるだろうと思ったんです。それ以外はほとんど一緒なんだから文句言わないで下さい」
「息が詰まるって……俺は24時間ずっとミラと一緒にいても幸せなだけで、息が詰まったりしないぞ」
「ミラ様にも自由な時間を差し上げて下さい」
「……分かってる。だから、午前中はこうしてお前と顔を突き合わせて真面目に仕事しているだろう?」
ふてくされながら言うとテオがクスクス笑い出した。
「リアム様の仏頂面が拝めるとは有難いことです」
「嫌味か?」
「いえ。リアム様は子供の頃から自分の感情を押し殺して、素の表情をあまりお見せになりませんでした。最近は表情豊かになって私たち城の者は全員嬉しく思っていますよ」
テオは本気で嬉しそうなので、俺は気恥ずかしくてそっぽを向いた。
「リアム様、ところで新領地の経営のことですが・・・」
テオの口調が真剣になった。旧スチュワート公爵領で新たにウィンザー公爵領になったばかりの領地経営は大きな難題になっている。
「ああ、俺の代理人として送ったトビーから報告がきたか?」
「はい。しかし、あまり芳しくありません。もしかしたら他の者に代えないといけないかもしれませんね」
「そうか。トビーは数字に強いし優秀なんだが……」
「誰にとっても難しい任務だと思いますよ。新領地では貴族の支配に心底うんざりした民衆が強く反発しています。『独立したい』『税金なんて払ってたまるか』というデモが何度も起こっている様子で……。まぁ、あのスチュワート公爵の治政の下では劣悪な生活を余儀なくされていたでしょうから、心情的には理解できるのですが……」
「難しいな。代わりといっても誰がいいのか……」
「ミラ様にご相談されましたか?」
「いや。していない。彼女に言ったら『自分が行く』と言い出しかねない」
「それは良い考えじゃないでしょうかね? ミラ様なら成功される気がしますよ」
俺はテオの顔を睨みつけた。
「俺は一日のうち、数時間ですらミラの姿が見えないと落ち着かないんだぞ。遠距離なんて考えただけで…………泣きそうだ」
思わずぷっと噴き出したテオに殺意が湧く。
俺の殺意なんてものともしないテオが宥めるように言った。
「そうですね。代わりの者を事務官の中から選ぶことにしましょう」
俺はふてくされながらも次の書類のページをめくった。
*読んで頂いて、ありがとうございます<m(__)m>!




