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甘酔いのセレナーデ

 満月の白い光が、夜の公園を濡らす夜。「その生き物」は突然そこに現れた。


 ホログラムと電子端末のはびこる現代の星に、奇跡のように生き残っていた()()()な公園のかたすみに、そいつはこつぜんと現れた。葉の大きさがどれをとっても均一なもみの木の下で、ぽそぽそと一人歌っていた。


 今は誰も着る者のいない旧時代のTシャツと、こんのデニムのパンツ姿。化粧っ気のない素朴で美しい、中性的な顔立ちの少女。


 けれど今はみな『化粧した顔こそが素顔』という信念を持って生きているので、素直な素顔をさらしている少女のことを、誰も綺麗とは思わなかった。


 初めは警官が、次に精神科医が彼女に話を聞きに来たが、少女は何も答えなかった。ただ誰にも理解できない言葉で、ひたすらに何か歌っていた。ようやっと聞こえるか聞こえないかという音量で、つむがれてゆく不思議な歌。


 警官は「こんなくだらないことに本官の時間を使わせやがって」と初めから腹を立てていたから、その歌の価値を見出せなかった。しかし精神科医はその歌を聴いているうちに、心が安らいでいくのを覚えた。


 医者はその歌を機械に取り込み、自分の家で装置を使って分析した。すると大変なことが分かった。少女の歌には、太古の昔に生きていたクジラの歌と同じような「の心を癒す能力ちから」があったのだ!


 医者はそのことを大々的に発表した。

 ――かくして得体のしれない少女は、一夜にして世界で最も有名なシンガー、兼セラピストになった。


 しかし少女はどうしても、初めにいた場所を離れようとはしなかった。遺伝子をいじられて一年中赤い紅葉の木の下で、プラスチックのベンチに座って、ただただかすかに歌っていた。


 そうして少女はずっとそのままで歌っていたが、少女の歌は世界中を電波に乗って駆け巡った。少女は「歌姫セレナーデ」と名づけられ、セレナーデの歌を聴いたことのない者はじきに一人もいなくなった。


 こうなればもう聴く者により、その音量も自由自在だ。ある者はそのままのささやくような音量で、ある者はまくを突き破るほど大きく、歌姫の歌を聴き続けた。通学中も通勤中も、食事中も、寝ている時まで。


 ……いつか仕事中にまで聴き続けるようになり、やがては皆が二十四時間、セレナーデの歌を聴き続けるようになった。


 それにつれて、他のことはだんだんおろそかになっていった。仕事はもちろん、食べることも飲むことも、寝ることすらも後回しにして、人々は歌姫の歌におぼれていった。


 もちろんその時にはもう、「歌姫は食べることも寝ることもせず歌っている。彼女はいったい何者だ?」という当たり前の疑問など、考えることも出来ない頭になっていた。


 かくして、その星の「人間」はやせ細り、歌姫の歌に甘く溺れて滅亡した。


* * *


「――どうだ? シュミシュミカー・クルゥス研究員。例の星はどうなった?」

「ああ、やっぱり『歌姫』は万能だ。高い知能を持つ生き物はすっかり滅亡した。後は歌姫を回収すれば終わりだ」

「これでまた、星がまるごと我らのものか。素晴らしいな、歌姫は!」

「全く、まったく! 我らが歌姫さまさまだ!」


 シュミシュミカー研究員は震える声で感嘆した後、ふいにうつむいて黙り込む。八本の足を複雑に組み合わせ、濃い水色の頭を揺らしてつぶやいた。


「……しかし歌姫は、あんまり万能すぎないか? 私はこの職に就きながらいまだに聞いていなかったが、あの機械は一体どうやって造られたのだ?」

「お前、この仕事に就く時ちゃんとレクチャーされたろう? さてはまた居眠りしていたな?」


 八本の足の一本で相手に軽く小突かれて、シュミシュミカーはおどけて頭をかしげてみせる。ふうとむらさきのため息をついた相棒は、気を取り直して教えてやった。


「歌姫は、なんでも『チキュウ』という星の『ヨウセイ』という生き物の頭脳をベースに造られたそうだ。まあ食用にするために乱獲を繰り返されて、とっくの昔に絶滅したそうだがな」

「……なるほど。その数少ない生き残りを我々が捕獲して、歌姫の人工知能に応用したのか。しかし妙だな、歌の効力がこれほどまでに高ければ、みすみす滅ぼされることも……」

「さあ、そこだ。実はヨウセイの声はあまりにも小さかったから、その星の知能の高い生き物たちには聞き取れなかったらしいんだ!」


 星の上の円盤の中、異星人たちの笑いが響く。


 変わらず赤い紅葉の木の下、歌姫は淡々と歌い続ける。「人間」のいなくなった「地球」とよく似た星の上で、美しい少女の姿の機械は、甘い声で優しい歌を奏でていた。


(了)

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