ここ書かなきゃならないんだって。
藤波古町はいわゆる陰性とされる人間性とそれに準じた学校生活を送っていた。
何しろクラスには友人がいない。はたから見れば幾人かの女子で形成されたグループに属しているように見えてはいるが彼女は、そのグループに馴染んでいるつもりもなく話に合わせ口を笑わせながら馬鹿にさえしていた。
自らが興味のないものに熱中するさまを理解するのは難しいのだろう。今日も互いが互いの話を聞いているようで、自分の趣味を挟み込もうとしている小競り合いのような会話を時折相槌を混ぜながら流していく。
ああ、今日も特に何もないんだな。
毎日がそれを確認する作業。もちろん高校にはそれなりの授業もあるが、まあ聞いている者の方が多いくらいで、やはり単調な時間の浪費。
ちなみに部活動には一応所属している。別に義務ではないが今どきはどこかに入っているのが当然らしく、形式上は所属率100%になっている。とりあえず文化部、とりわけ一番人気の映画研究会、通称帰宅部に入った。そしてたまの活動報告以外ほとんど顔も出していない。まあそういうことである。
これ以上彼女の生活ついて特筆すべきことはない。しいて言えば今日の弁当のたらこは焼いてあったこと、猫っ毛のショートであることと、4つ離れた兄がいることくらいか。
これが彼女、藤波古町の思春期のおおよそである。
1.やる気なしキャラを物語に巻き込むのは難しいのでは。
それは窓の向こうにある住宅のアジサイが咲くころ、クラスの全員が「2年生」の称号の大したことのなさに気づく頃合いに起こる。
三時限目の現代文の時間だった。なにやら廊下の方が騒がしい。他クラスの教室移動とはまた別の雰囲気がある。なんだか物々しいような気配。現代文が担当のくせに言葉がたまに気にかかる先生も何かあると思ったようで、
「なんかあったのか?確認してくるならちょっと待ってて。」
ならって。噛んだんか?噛んだならそれなりのミスしました顔をしろよ。そのまま行くな。
古町はこういう細かいところが気になる質でありどうしようもなくイラついてしまう。とはいえいちいち指摘する生真面目な性格でもなく、だんだんと大きくなる喧噪の方がどうにも気にかかる。立って見に行くほどではないのでとりあえず聞き耳を立ててみることにした。隣に座る男子がその友人に話しかけている。
「そういえば中学ん時授業中倒れたヤツいたな。全員言いようもない気分になるやつな。」
「でも先生戻ってこねえな。やっぱりなんかあったんだろ。」
何もなかったわけないだろ。お前ン中にはまだ何もなかった可能性あるんか?
いけない。心の中とはいえどうしても口が悪くなる。別に都合が悪いわけではないが必要以上にイラつくのはよろしくないだろう。
それになんだかんだ周りと同じようにある種の浮かれ気分になっていることにすら癪に障った。その気持ちを自分で認識したとき、全くもってアマノジャクな結論にむりやり持っていくことにした。
・・・んん?この感じは・・・よし、なんとなくわかる気がする。私だってだてに17年も寝てたんじゃないんだからな!
・・・4限目直前!
「寝起き直後って変なテンションになるんよなぁ・・・。」
・・・弁当を広げながら古町はつぶやく。
「なに?今変な感じなの?こわ。寄らんといて。」
「ウケる。」
今日の弁当を攻略するチャートを考えながら適当に答える。この程度の会話がお互いにとってストレスもない。要は退屈さえしなければいい。
「ていうか昨日のアニメ見た?ロボットアニメであんなに種類出すってヤバくない?」
「ガロイの親方マジ良いおやじやんね」
「私はアンマリー・・・。それよりさ、三限目の時のやつって何だったの?」
言ってから寝る前の謎の意地に反していることに気づいたが一回寝た自分はもう別人。無敵の決め球だって投げられるんだから。
「ここぞとばかりにツイッ↑ター見てたし・・・。喧嘩らしいとは聞いたけど・・・。」
「ていうか何?そこから寝てたの?」
「ふ~ん・・・。」
あんなに知りたいような気がしていたが、聞いたら聞いたでどうしようもなくどうでもいい気持ちになってしまった。なんとも言いようもない。
「え?無視?寝てる?」
「私が焼きたらこ食べてるときに話しかけるか普通?」
「ええ・・・。」
結局そんな対岸の火事みたいなイベントは午後の授業の内容とともに去っていった。
同じクラスならまだしも違うクラスの些事に脳を割くことはないと思う。しかし、だからといってとりたてて悩んでいることもないが。
さて・・・、今日も時間を潰しきった。何を考えようか悩んでるうちに帰れる時間になった。
とにかく帰るのだ。授業中にすることがなくとも家であればそれなりにある。猫がなぜ土下寝するのかを実物を見ながらじっくり考えたり、あの漫画のあのモブキャラの名前を見て腑に落ちたりとたくさんしなければならないことがある。毎日同じ中身を出したりしまったりするだけのカバンを持つと教室の隅で着替える運動部の連中を尻目に今日一番確かな足取りで帰りだす。が、
「藤波さん・・・だっけ?悪いんだけど、今日映研にちょっと顔出して欲しいな?」
「あ?」
へ?どうかしましたか?
「あ、いやなんでもない、逆だった。・・・まあ、いいや。今日だっけ?誠心君。」
彼は橋本誠心。別のクラスかつ普段かかわらないタイプの人間であるため、声をかけてくる理由は一つしかないだろう。
「やっぱり忘れてたんだ。今日当番だよ。」
「当番」とは映研の話である。顧問の先生まで面倒くさがりの思春期の沈殿物のようなエリート集団である映研だが、最低でも週に1回は先生も顔を出さないといけないらしく、少なくともその日は誰か居ようと決めているのだ。もっとも顧問は二人いるのを確認したらすぐ職員室に帰っている。真正の面倒くさがりしかいない。なんと有意義な部活か。
というわけで、今週の当番は私たちだ。互いに共に辛酸をなめる友人は所属していないので完全に余りものだ。
「しょうがないかな。どうせさっさと済むだろうし、このくらいは我慢しなきゃ。」
「それにしても今日はびっくりしたよ。いきなり喧嘩になるんだもんな。あの二人。え~っと、武藤恭弥と、蝶野正臣。分かる?」
宙をみながらやけに時間をかけ指折りながら話しかけてくる。
それにしても、の使い方に若干の違和感を抱いたが誤用とも考えきれず持ち前のどうでもいい精神で流した。
「知ってるとでも?で、何があったの?」
一応聞く。このやや軽薄な印象を受ける男はだからこそだろう、なかなかに顔が広いらしい。どちらかの事は知っていると踏んで聞いてみる。
「それがさぁ、誰も分かんないんだよね。恭弥と正臣は特に険悪ってわけでもないはずだし、誰も何話してたか知らないみたいだし。ヤンキーとかってまだいるのかな?そういうのだったら面白そうだな。」
「なんだ、お手上げじゃん。当人しか知らないならもう知る機会もないでしょ。処分もされるんでしょ?」
はじめての話なのでなんというか、相場?は分からないが停学辺りだろうか。
「えっとね、正臣の方が2週間の停学なるみたいだよ。ふっかけた側だね。駆けつけた先生も小突いたみたいだしなんなら軽いほうだと思うな。」
「そう。・・・先生遅くない?」
完全に自分の外側で解決した話だと判断できるのでもはや無関心と気だるさを隠すこともない。とにかく早く帰るべきなのである。このときばかりは仕事をしない先生を恨む。「仕事をする」というのはもっと出席しなくてはならないがもちろんそういう事ではない。
「それこそ同じ話で何かあるんじゃない?て言うか担任だしあるでしょ。」
「ふーん・・・。これ面白いかな。」
せっかくなので映研にあるものを拝借しよう。真面目に活動していた先輩のおかげかここの棚は妙に趣味が良い。サメ映画しかない棚もあるがこれは先生の趣味らしい。
「聞いてないんだね・・・。まあいいや。あっそれ僕見たことある」
タッタッダッダッダ!ッコンコン。バンッ!!
「誠心は居るかぁ!?」
「居るよー」
若干の猶予があったが突然何も動じていない様子で誠心が手を振る。
「おお!よかった!実は相談があってな「待てや。」」
こういう手合いが一番気に食わない。穏便な人間関係のためには流してしまうべきなのだろうがこの誰かも知らん奴はこの高いテンションで話し始めるだろう。そっちの方が精神衛生上よくない。要はムカついた。
「あのさぁ、ちょっと落ち着けな?まずうるせぇんだよ。やんごとなき迷惑だろ。」
「ああ!思い至らんかった!申し訳ない!」
「声がでけぇな・・・。あとノックの意味が分からんから。急いできたわりにノックするのかと思いきや間髪入れず入ってきやがった。別にノックしようがしまいがどっちでもいいけどルールは定めなや。」
「ああ!何も考えてなかった!申し訳ない!」
「ああそう・・・。あとな、部屋に入るなり居るかぁ!っていうのも何も考えてねぇだろ。見てから居なかったら聞けや。そんなにカロリー削りてぇのか?」
「そんなことはない!とにかく申し訳なかった!ずいぶん細かいんだな!どちら様だ?俺は武藤恭弥だ!」
は?
なんか一言多かったか?なんとも独特なヤツだ。声がでかいのは好きにはなれないが良く言えば裏表がない性格のようだ。素直だしいいや。
「藤波古町。細かいことは長所でしょ。言いたいことは言ったし誠心君にお返しします。」
「はいこちら橋本誠心です。済んだの?そんなテンポよく説教する人たち初めて見たよ・・・。独特な感性なんだね。二人とも。」
明らかに目はこっちを中心に見て言っている。こういうことは関わってきた人間に大体言われてきたが、否定できないことではあるので毅然とした態度で受け入れることにしている。「道理に合わない」ことは何よりのストレスだもの。
「で、相談って何?恭弥。まあ今日のことだろうけどね。聞きたいな。」
「ありがたい!」
ああ、この爽やかゴリラがぶん殴られたっていう武藤恭弥か。やられた側にしては元気いっぱいだな。
「もちろんそのことについてだ!さすが『悩み事は誠心に押し付けろ』って言われるだけあるな!」
「自分で言ってただけなんだけどね。まあ好都合だよ。」
というか自然と相談されてるけどなんでそもそも誠心なんだ?口ぶりからしてむしろ頼まれて欲しいらしい。そんなクソめんどくさいことを自分から探すとは、さては変態か。
「何の顔?それ。」
「ちょっと評価が変わったってだけ。」
「・・・・・ふ~ん。っああ、そうだ。いい加減相談を聞かないとね。なんなの?」
「頼む!」
「蝶野ともっと仲良くなる方法を教えてくれ!!」
2.ここまで4370文字。目標値も分からんのでどうでもいい。
困った。とても困った。
「さあて、何からしようかな♪」
目の前を歩く陽気な男は言葉とは裏腹にすでに目的地を決めているように歩く。
なんで誠心はこんなにも乗り気でいられるのだ。マジでめんどくさい。それに尽きる。
こんなことになるなら多少無理にでも帰れば良かった。
「プッ。アヒャヒャヒャ!なんだテメェら!青春してんのか!?」
この頭の悪さを全力で体現する女が、我ら10割幽霊部員「EIKEN」の総大将、神取撫子である。これまたうるさい。
「自分殴ったやつに惚れ込んで部活に勧誘したいんだってなぁ。面白いなぁお前!!」
「ありがとうございます!でも蝶野の方が面白かった!」
こいつらマジで声でけぇな。なんで現実はフルボイスなんだ。
「まァ確かに?職員室でもみんな頭抱えてたんだ。特に今まで問題なかった生徒が暴れだして理由も言わねぇしな。あたしに言わせりゃ肝心なのは原因じゃねェんだがな・・・。」
ふーん・・・。理由は言ってないのか。
いや待て?なんで私も話を聞いてるんだ?巻き込まれる前に帰らなきゃ。
「じゃあそろそ「ちょうどいいから二人で解決しな「嫌です!」
「・・・フゥー!素晴らしい反応速度だね!でもダメ♪」
どんなテンションだよ!ああもうさっさと帰るべきだった!
「というのもさぁ、この映研もねェ、先生方にはよく思われてないんだよね。まあそりゃそうでしょ。でも学校もだいぶ緩いし生徒も多いし・・・、だからせめて学校のために?なにかしら動いてる姿勢くらいは見せなきゃと?今思ったの。」
・・・こんな適当なクセに否定する材料が見つからない。
「頑張りまーす。」
反論できなくなった私に代わって誠心がのんきに答えた。
そもそも部活に入ったのだって一種の同調圧力じゃないか。これは自分のミスだと思おう・・・。
「そう思わない?藤波さん。」
「うん。そうだね。・・・で、何の話?」
確かに回想中なんか喋ってたかもしれない。ごめんね。
「酷いなぁもう。せっかくなんだから二人で頑張ろうねって。」
「は?ヤダよ。てかなんでそんな乗り気なの?ホントに変態?」
「いつから変態だと思ってたの!?」
誠心は人の相談を募集して回っているみたいだし、今日だって相談を受けてからのウキウキ具合がひどい。新大陸を見つけたコロンブスかなにかが乗り移ってるに違いない。
「僕は人のことをよく知りたいんだよ。人の相談を聞くのってその人の、なんていうか、一番繊細な部分から出てくるだろ?そこを知れたらきっと怖くないんだよ。」
意味が分からない・・・と思う。分かってもらおうとも考えてないような言い方に聞こえた。とにかく、触れる必要のないことだと思う。
「まぁいいや。・・・それでこれからどうするつもり?当人はどこにいるかもわかんないでしょ?」
「直接会うのは明日かな?もう一人ちゃんと話聞かなきゃならない人いるでしょ?」
「それもそうだ。で、ここなんだ?」
「失礼しまーす!」
誠心が何も考えてない顔で入っていく。
ボクシング部に入るとまず最初に感じたのは風だった。
別に爽やかさなんてものはない。ただ、質量のあるものが速く動く。それだけのことだ。ただその風圧を、動きを、汗のにおいを、風を切る音を五感で感じる。
今まで興味もなかったが、なるほどこの高校のボクシング部はなかなかに真面目なようだ。よくやるなぁ。
「武藤!お前はイノシシか!?基礎はあんだからせめて攻め方のパターンくらい変えてけ!」
おっ、韻踏んでる。
「あ~・・・恭弥くん、借りていいですか?」
「ん!?ああ!そういえば途中だったな!」
武藤恭弥が汗を拭きながら答える。それにしてもなんとも爽やかな笑顔をしやがる。楽しくて仕方がないみたいなツラだな。
「おお誠心か。今日もヘラヘラしてるな。いやその節は助かったよ。」
「ああ部長さんですか。お疲れ様です。恭弥くん借りますね。」
コイツは3年生にも知られてるのか。しかも相談されてやがる。なんなんだこいつは。
誠心にせかされるように武藤恭弥と三人で部室を出る。
部室棟から外に出て自動販売機で武藤恭弥がスポーツドリンクを買い、誠心は桃の味のする水を買う。いつも思うのだがああいう手合いはどうしてあんなに透明にできるのだろう。誰かが得するのだろうか。ちなみに私はコーヒーの無糖だ。武藤は関係ない。
「神取先生が途中で来たからね。理由と目的は聞いたけどそもそも喧嘩の話を聞いてない。」
そうだった。そもそも喧嘩の内容が分からなければ蝶野正臣と話しづらいだろう。
「確かにそれも説明しなければならないが・・・、」
武藤恭弥がさっきまでの様子とは打って変わり自信がなさそうにうつむく。
「思い返しても何が気に障ったのか分からないんだ・・・。そういうことが昔からよくあってな・・・。できればどうすればよかったかも教えてほしい。」
悲痛な面持ちをしている。こういっては何だが確かに他人との距離感が掴みにくい人間なのだろうと感じる。
「三限目の生物の時間、グループ実習のレポートをまとめているときだった・・・。中の良い数人で固まっていて俺は蝶野となんでもないことで話していたんだ。その中で確かこんな会話をしたんだ・・・。」
「だからガイは強すぎるんだ!」
「でもネットの評価だとクロスが一番ってなってんじゃん。下強止めればいいのに。」
「あれをうまく使いたいんだよ!」
「うるせーな。もうサボテン投げてろよ。」
これは関係なかった。