ソフィーの怒り
ほんのちょっぴりグロ注意です。(表現力足りなくてグロくないかもしれませんけど)
己の適正が無属性しかないだろうと宣告されてから、はや1年――魔術の行使に慣れて来たソフィーは、最近は特に注意して外を出歩くようになった。
困ったことに、村の子供たちがこぞって己の扱える魔術をソフィーに向けて放つのだ。的当て感覚と同じなのだろう。しかし飛んでくるのは泥団子や風の塊、水鉄砲だけじゃない、当たったら軽い火傷では済まないだろう火の玉まで飛んでくるのだ。リズが最も得意としているのが、火の玉を生み出し対象に向かって飛んで行く〈ファイアーボール〉だった。コントロールは無いらしく、いつも的外れな場所に当たるし、生み出せる玉の個数も2つだけだ。しかし、下手をすれば木造の家は焼けて村の中が火の海になりかねないので、消化係なのか、常に水属性の魔術を使える大人が傍にいた。
今日の狩猟の帰りもまた、同様にリズ御一行に追いかけられる。
(普通に考えたら危ないからやめさせるよね!?)
無闇に魔術で人を傷つけてはならない。魔術の行使に慣れてきた頃にそうオリヴィアから教わったソフィーは、あまりの価値観の違いに、恐怖を覚えた。彼らは大人なのに母と違い魔術で人を傷つける事に何の躊躇いもないのだと、ソフィーは腹の底が熱く、そして背中は嫌に冷たい汗が流れた。
なんとか家に、這う這うの体で帰れたのはやや日が傾いた時間だった。勘弁してくれとソフィーは息を整えながら愚痴をこぼす。
日が高いうちは村の中が危険だった。
その日の夕方、ソフィーはオリヴィアと共に外に出る。薬草が一部焦げてしまっていたので再び取りに行ったのだ。暗くなると危ないということで、オリヴィアと共に出た。ソフィーは練習して大分使いこなせるようになった無属性魔術で己の肉体を強化し、脚の悪いオリヴィアを運ぶ。
オリヴィア助言を元に、ソフィーは薬草を取り終えて、再び二人で来た道をもどる。その頃にはもう日は落ちていた。帰りはソフィーがオリヴィアを抱えて行くのではなく、彼女の杖代わりとしてオリヴィアの手をソフィーが引く。
「たまにはゆっくり歩いて行くのもいいわね」
「はいっ、母様。昼間は危なくてこうゆっくり歩けませんから」
ソフィーは成長するにつれ、段々と言葉遣いも直されていった。常に敬語を使うようにし、お母さんと呼んでいたオリヴィアを最近では母様と呼ぶようになった。
オリヴィアが転んでしまわないように、細心の注意を払って歩く。ふと、少し歩いた先に道をふさぐように小ぶりの岩が数個置かれていた。行きの時はなかったので、心無い誰かが脚の悪いオリヴィアとそれを抱えるソフィーへの嫌がらせに置いたのだろう。
「石を退けてきますので待っててください」
「ええ」
一度オリヴィアの手をゆっくりと離し、岩へと駆け寄った、その時だった――
「ソフィー! 危ない!」
「えっ……?」
オリヴィアの悲鳴と共に、視界の端で何かがうねりを上げて迫ってくるのを感じた。見ると、巨大な炎の渦がソフィー目掛けて突っ込んでくるではないか。あまりの出来事にソフィーは逃げるどころか悲鳴すら上げられない。
「あ……」
ふと、ソフィーから炎を遮るように立つ影一つ。それに強く抱きしめられたかと思えば、頭の上から到底人とは思えない唸り声が聞こえてくる。
一瞬、熱いと感じたものの、熱はゆっくりと冷えてゆく。彼女の鼻が肉の焼けたような焦げ臭さをとらえた。
「かあ、さま……?」
焦げ臭さに交じって、大好きなオリヴィアの匂いがした。嫌な予感がして顔を上げるソフィーの目に飛び込んできたのは、額に脂汗を浮かせ、苦悶の表情を浮かべるオリヴィアの顔だった。
「母様!」
ずるり、とその場に崩れ落ちるオリヴィアの体を支える。そして見えた、オリヴィアの背中に絶句した。
(なん、て……)
オリヴィアの背中の皮膚は炎で炙られたために焼けただれ、真っ赤になっていた。見るからに重症で、命の危険すらある。
「誰が、誰がこんな……!」
いや、その前にもとにかく治療しなければオリヴィアが死んでしまう。そう悟ったソフィーは気を失っているオリヴィアを抱えようと、立ち上がった。その時だった。
「なんだ、お前じゃなかったのか」
「……クリス、まさか、貴方が」
リザや友人たちといるときに見せる快活な笑顔と爛々と輝く瞳とは違う。ほの暗い光を目に宿し、うっすらと不気味に微笑むクリスが立っていた。彼がやってきた方角から炎の渦はやってきた。間違いなく、クリスの火属性魔術だろう。
「なんで」
「なんで……? わからないのか」
親の仇でも見るような剣呑な目でクリスは睨みつけてきた。彼にそのような目で見られる謂れはない。なのに何故自分は狙われ、オリヴィアは重症を負わされるのだと、ソフィーは段々腹が立ってきた。
今にもオリヴィアが儚く去ってしまいそうで、でも簡単に治療させてくれるどころかこの場から立ち去ることすら許されぬ雰囲気。
クリスは少なくとも村一番の身体能力を持つ。そして、先ほどの火の魔術で分かったが明らかにリズや他の子供たちとは一線を画す魔術の威力だった。彼女が日々使用する手段で逃走はできないだろう。
ソフィーは混乱した。それだけでなく、悔しさで胸がむかむかしてきた。
早くしないとお母さんが死んじゃう。一人になってしまう。怖い。怖い。私を庇ったから。私のせいで。いや――クリスのせいで!!
「……こ……し」
ソフィーはふらりとオリヴィアとクリスの間に立つ。クリスは片眉を吊り上げる。
「なん……」
ぞわり、とクリスは己とソフィーの周囲の空気が、渦を巻くように変化したのを感じて思わず開けていた口を閉じる。と、その次の瞬間。
「この、人殺しが!!」
ソフィーの怒りの咆哮。それと同時に放たれた、彼女の中の<魔力>。それは白い光となって周囲を吹き飛ばさん限りの勢いを持っていた。彼女を中心として<魔力>は放出され続ける。まったくもってコントロールされていない、ただ馬鹿でかいだけの<魔力>の塊だった。やや<魔力暴走>にも近い。しかし、爆発的な威力はただただクリスに向けられているだけで、周囲を破壊することはなかった。
「うわ!?」
<魔力>の塊をぶつけられ続けたクリスはついに耐え切れなくなって後方へ吹っ飛んだ。それと同時にソフィーの<魔力>の出力も収まっていった。
「う、あ……」
「母様!」
オリヴィアのうめき声に我に返り、彼女に駆け寄る。まだ息はある。薬草を煎じて飲ませたり、火傷に効く薬を塗ればなんか一命をとりとめることはできるかもしれない。
「かあさまっ、かあさまぁっ、死なないで……!」
ボロボロと黒橡色の瞳から涙を流しながらも<フィジカルアップ>を己にかけてオリヴィアを抱えようとした。
(ポーションがあれば生存率を上げられる。けれど、義父がそれを譲ってくれるだろうか……)
ポーションとは、回復薬と呼ばれる飲み物の一種だ。飲めば立ちどころに傷を癒すことができる。万能というわけではなく、古傷や致命傷は治すことはできない。しかし、応急処置として使用するのは有効である。
村からでは町の病院は遠い。
(ダンおじさんを頼るしか……!)
二人の家よりも遠い魔術師ダンの家。しかしそこならば、この村唯一の魔術師であるダンであれば、確実にポーションが手に入るはずだ。
魔術師とは、魔術が使えるからといってなれるものではない。適正のある属性の中級以上の魔術を習得し、かつ、ポーション等の魔法薬を生成できるのが最低条件となる。
「待ってて母様、ダンおじさんに頼んですぐにポーションを手に入れるから!」
「……て、ソフィー……め……」
「え? なに……?」
何かを呟くオリヴィアに耳を近づける。しかし、オリヴィアも呼吸をするので精一杯なのか、声すら出せない状態だった。彼女が何を訴えているのか気にはなるもの、時間の猶予がない。ソフィーはオリヴィアを抱えて走ろうとした。
「待って! ソフィー!」
足を踏み出したソフィーを呼び止める声が一つ。聞き覚えのある声に驚いて振り返るとそこには手に小瓶を持つクリスの姿があった。彼は息を乱して肩で呼吸をしているものの、妙に顔色が良かった。まるで、つきものが落ちたみたいに。彼の栗色の瞳は憎悪に染められている……わけでもなく。怒りに燃えている……わけでもない。ソフィーは困惑した。先ほどまでの殺気立った雰囲気を纏うあのクリスははて何処へ?
戸惑っているソフィーに対し、クリスはきゅっと下唇を噛んだのち、ずんずんと彼女らの方へ近づいて来る。
「これ、使ってくれ……」
「え、な、ん……」
「ポーションだ」
「……は?」
クリスの持っていた小瓶を目の前に差し出され、ソフィーは目が点になった。
この小瓶がポーション? そして今真面目な顔でそれを差し出すのはあのクリスなのか? そっくりさんでは? いやしかし彼ほどの美少年他に知らない。
ソフィーは目を回した。
「火傷に効く、ポーションだ」
状況が飲み込めずに混乱するソフィーに、クリスはゆっくりと言葉をかみ砕くようにして再度言った。
真面目な顔で「ポーションだ」と繰り返すクリスに、ソフィーは訳も分からず「は?」と同じく繰り返してしまったのだった。
火傷ってどこまで行けば重症なんだと書いてみるときになって疑問に思い、実際写真を見て「痛いッ」と思わず叫んだ青梅です。まっかっか、いたい……。
ここから少しずつ登場人物たちが動き始めていく……予定です!