コルチリー村
用語説明が多いかもしれません。申し訳ない。
頑張ってぼかしましたが危ない表現があります。
少女は、母が大好きだった。
母はさらさらと流れるように美しい金色の髪と、優しく弧を描く青磁色の瞳を持っていた。やや痩せ気味だった。
母の胸の中は、お日様の光の匂いがしていた。少女はその胸の中に飛び込んで母に頭を撫でてもらうことが大好きだった。
「私とあの人の、可愛いソフィー」
闇の中に溶けてしまいそうなほど黒い少女の髪を撫で、彼女のまろい頬に口づける。ソフィーと呼ばれた少女は、青みがかった黒の瞳を輝かせて喜んだ。
「あなたの髪と目はあの人の色――ああ、なんて愛おしいの」
母は「あの人」の名を呼ばない。聞いても母は言い淀むばかりだった。
「顔のつくりもあの人に似れば美人になれたのに、そこは残念ね」
「おかあさんも好きだよ」
「んんっ、かわいい」
柔くまろい頬に母は自身の頬を寄せる。
狭い部屋の中、小さなベッドの上で身を寄せ合って、お互いの熱を感じる。
幸せだった。
あの男がいなければ、なにもかもが幸せだった。ソフィーとは血のつながりのない父親がいなければ――
「オリヴィア」
ソフィーの小さく穏やかな幸せを壊したのは、間違いなく義父――『オズウェン・グレイ』だ。
ソフィーとオズウェンは血の繋がりがない。そのことは幼いソフィーでも理解していた。母・オリヴィアが「あの人」との娘だとよく言っていたし、何より彼女の髪と瞳の色が、オズウェンの焦げ茶色の髪と瞳で違っていたから。
「わかって、おります」
母・オリヴィアは抱きしめていたソフィーを離すとオズウェンについていく。オリヴィアの背に縋ろうと伸ばしたソフィ―の小さな手は空をきる。オリヴィアはオズウェンと共に部屋を出ていった。
「おかあさんっ」
たまらず、ソフィーは足をもつれさせながらも追いかける。
「おおっと、おじょーちゃんそっちはダメだぜ」
「やぁ! はなして!」
部屋を出たところでオズウェンとはまた違う体格のいい男に捕まる。両腕を掴まれると持ち上げられ、足が宙に浮く。ぶらぶらと弄ばれるように体を揺らされた。じたばたと暴れて抵抗すると、男は「いいことを思いついた」と言い笑う。
「連れてって欲しいんだろう? ちょうどいい。これからお前の母親がすることをいつかはお前もやることになるんだ。そのためにちょいとお勉強しよーや」
男を振り返って見上げると、ひげ面の小汚い男であった。近くで吐かれた息が臭い。男の下卑た笑みがソフィーの手足をゾクゾクと震えあがらせる。
一度ソフィーを下した男は、彼女の片腕を引いて歩きだす。そうしてある一室の扉の前にやってきた。男は無遠慮にその扉を開く。
「なんだ? おい、今回は見張りの役だろう」
中から別の男の声が聞こえた。
「娘の方が母親に会いたいってんで連れてきた」
「ほう?」
「やめて!」
「うるせえな」
中から母親の悲鳴が聞こえる。ソフィーは不安感が募る。
入れと促されてソフィーは部屋に入る。
ソフィーは目の前の光景に、絶句した。
部屋には、ソフィーとオリヴィアがいた部屋にあったベッドよりもずっと大きなものがあった。彼女の目的の人物であるオリヴィアはそこにボロボロの服を着て寝転がっている。無理やり引き裂かれたのか、ほとんど服として機能していないような有様だった。そんな彼女を取り囲むのは複数人の男。中にはオズウェンも居た。知らない者もいた。太っていれば中肉中背のもの、ガタイのいいものもいた。必死に叫ぶオリヴィアの頬は殴られたのか、真っ赤になっていた。口端からは赤い血が流れている。
「お願いします! この子には見せないでください!」
「お前が死んだあとは同じことをするんだ。今知ったところでかまわんだろう」
「やめてください! この子には!」
「口答えするな!」
オズウェンが苛立ちを隠そうともせずに怒鳴りつけ、オリヴィアを殴る。倒れ伏したオリヴィアの体重でベッドがぎしりと鳴った。一人がオリヴィアの頭を押さえつけ、一人がオリヴィアに馬乗りになる。
「やめて、ソフィーにはっ、お願い」オリヴィアは泣きながら繰り返す。
誰も聞き入れない。誰も罪悪感を抱かない。誰も咎めない。誰もが笑っている。
気持ち悪い。ソフィーは思う。彼らの笑み、そして彼女の母へ向ける目がとても気持ち悪い。
こんなのはおかしい。お母さんが泣いている。いつも笑っているお母さんが泣いている。絶対におかしい。部屋につれてきた小汚い男を背にソフィーはぐるぐると考える。
泣いて悲鳴をあげるオリヴィアから目を離せない。顔を真っ青にして絹を裂くような声をあげるオリヴィアを、男たちは笑う。
絵本に出てきた悪魔のようだ。ソフィーはぼんやりしてきた頭でそう思う。
「おかあさんを、いじめないで……」
ソフィーはガタガタと体を震わせ、かちかちとかみ合わない歯を鳴らしながら言う。しかし誰も彼女の呟きを聞かない。
部屋に満ちるのは女の悲鳴と男たちの享楽に耽る声。
「おかあさんを、いじめないで」
今度はしっかりした声に、背にいる男が聞き取った。しかし、目の前にいる男たちには届かず、彼らは各々の服をはだけさせ始める。
ソフィーはボロボロと黒橡色の瞳から涙を流した。
「おかあさんを! いじめるな!」
男の一人が自身のベルトに手をかけたその瞬間、ソフィーは咆哮した。
ソフィーの体の内側から外へ、<力>が渦を巻いて周囲に奔流となり、迸る。彼女の背後にいた小汚い男は後方へ飛ばされ、廊下の壁に頭から突っ込んだ。
「こいつ、<魔力暴走>起こしやがった!」
<魔力>とは、人が内に秘めし<力>の塊のようなもの。それにとある命令を送り事象として引き起こすのが<魔術>であった。
<魔力>とは、己のうちにあるものは己で御するもの。それができなければ、今のソフィーのように暴発し、周囲に多大なる被害をもたらす。<力>が周囲のものに衝突しては破壊し、浮かしては破壊し、圧迫しては破壊する。暴走の度合いによっては町一つ吹き飛んでしまうのだ。
ソフィーは、とても大きな<魔力>を小さな体に秘めていた。それを男たちは把握できていなかった。彼女の引き起こした<魔力暴走>は、体が小さい故か出力もさほど大きくはない。しかし暴走している<魔力>の量が大きいために、<魔力切れ>になれば収まる暴走も、ずっとずっと長いものになってしまっていた。
ソフィーの<力>は周囲のあらゆる壁を破壊し、屋根を吹き飛ばし、別室のベッドやタンス、椅子、テーブルを破壊し尽くす。周囲に家はないが、彼女たちがいた家の周囲を囲む木々をなぎ倒し、地面を抉る。<力>に充てられた男たちはそろって気絶した。
「ソフィー! ああっ、ソフィー! ソフィー!」
ふと、大好きな母の声が聞こえて我に返った、ソフィーは自身が気を失っていたことに気づく。彼女はすすり泣くオリヴィアの腕に抱かれていた。
「ごめんなさい、ごめんなさいソフィーっ……」
「お、かあさ……」
泣いて謝るオリヴィアに、ソフィーは胸が苦しくなった。
泣かないで欲しい。また笑って欲しい。どうしてないてるの。ソフィーはオリヴィアを慰めるように、彼女がよくソフィーにしてくれたように、そっと乱れた金色の髪を梳いた。
ソフィーにとって、一生忘れられない出来事となった。
ソフィーが<魔力暴走>を起こして以降、オズウェンは絶対にソフィーを【仕事】をしているオリヴィアの元へ連れて行くことはなかった。
ソフィーは別室に閉じ込められるか、夕方まで帰ってくるなと家を追い出された。
閉じ込められたときは、オリヴィアから貰った子供用の絵本を読んで文字の勉強をした。お気に入りなのは、『勇者伝説』である。凶悪な魔王を勇敢な青年がたった一人で倒して王国の危機を救うという、多くの子供たちが好む王道物語だ。
家を追い出されたときは、オリヴィアから教わって作成した罠を使って魚や小さなウサギを取って、食料を調達した。あまり森の奥へ行くと狼に襲われるとオリヴィアから口を酸っぱくして言われていたので森の中からでも村の家々が見える範囲を行動した。暗くなると村近くでも危険なので、夜の森には一度も入ったことはない。
ソフィーとオリヴィアがいるのは、コルチリー村という小さな村だった。
彼女たちはもともとこの村の住民ではなかったとソフィーはオリヴィアから聞かされた。
コルチリー村はミンガイルという王国の一部だ。端っこの端っこである。コルチリー村ではないどこか別の村か町だろうかとオリヴィアに聞き返すと、オリヴィアは首を振ってそもそもミンガイル王国ではないという。
ミンガイル王国でなければどこに住んでいたのだろう。ソフィーはミンガイル王国という国名とコルチリー村という名前しか知らない。
ソフィーの血と父親であるオズウェンの血は繋がっていないということは分かっているが、本当の父親の名前は知らない。ただ、ソフィーの髪と目の色がそっくりでとても眉目秀麗な人だということだけはオリヴィアから聞いていた。
ソフィーはそんな素敵でかっこいい父親とどうして一緒に居られなかったのか問うと、オリヴィアは表情を曇らせ、口だけは精一杯笑みを浮かべて「どうしてなのかしらね」と言う。
オリヴィアは父親を愛しているという。そして、父親から愛されていると思うとも言う。愛し合っているのにどうして離れて、そして今の酷いオズウェンといるのか、やっぱりソフィーには分からなかった。
本当は私たちを捨てたのではないか。ソフィーが拗ねたようにそう言うと、オリヴィアは首を振って否定した。
「あの人は絶対にそんなことをしないわ」とオリヴィアは力強く言う。
「お父さんの名前ってそもそも何?」と好奇心に駆られてソフィーは問う。すると、オリヴィアはどうしてか先ほどまで「あの人」をすらすら語っていたのに、口をもごもごとさせて「あの人」の名前を語らない。
結局、ソフィーは己の本当の父親のことを、髪の色と目の色とかっこいいということしか分からなかった。
ある日、いつものように母親の【仕事】だからとオズウェンに家から追い出されたソフィーは、このコルチリー村唯一の魔術師であるダンが子供たちの<魔術>の才能を<鑑定>するということで、村の広場に集められた。コルチリー村だけでなく、ミンガイル王国では子供たちが年頃になると集めて<魔術>の才能を見てくれるという。そうして、己の得意分野を磨き、大きくなった時に王国の役に立つよう働きやすくするのが目的だ。
ソフィーはこの村の子供たちとあまり仲が良くなかった。せっかくとったウサギや魚を奪っていくし、大柄な少年には言いがかりをつけられて殴られる。同じくらいの少女たちからは輪の中に入れてもらえずにくすくすと嗤われる。
私が何をしたというのだろう。ソフィーはいつも疑問に思った。言い返しても圧倒的暴力で黙らされてしまう。でも食料を取られたら困るので必死に抵抗して逃げる。
「なにもないといいな……」
集まりだす子供たちから少し離れてソフィーは呟く。
「クリス! おはよう!」
「おーいこっち、こっちこいよクリス!」
ぼうっと突っ立ってダンが子供たちを集め終わるのを待っていると、子供たちが一層騒がしくなったので地面に落としていた視線を上げた。
皆の輪の中心に今まさに入って行っているのは、この村一番の美少年であるクリスだった。彼は髪色や目の色こそ地味な茶色だが、目鼻立ちは綺麗であるし、ほんのりふっくらした頬は綺麗な曲線を描いている。まだ背はソフィーよりやや大きいくらいであるが、男の子はこれから伸びる。運動神経も悪くないので、村内でのボール投げやかけっこではいつも一番で、人気者、まさにヒーローだ。
人当りもいい。ただし――ソフィーは例外だ。
「んもー! クリスってばおいてかないでよー!」
「ああ、ごめんごめん」
「ブーだっ!」
愛らしい頬を膨らませて文句をいうのは、クリスの二つ年下のリズだった。彼女はクリスの妹である。血の繋がらない妹だ。
クリスは、森で倒れているところを魔術師ダンに保護され、リズの両親のもとに預けられた。いつか大きくなったらリズと結婚する――とは、リズの自慢だ。彼女の両親も否定はしないので、村の女の子たちは皆リズに羨望している。
唯一、クリスは「まだ早いんじゃないかな」と否定している。とは言うものの、リズが虐められれば、その虐めた対象へきっちり報復するのだから彼も満更ではないのだろう。現に、ソフィーは「ソフィーに叩かれた!」とリズが泣いてクリスに倍返しだとばかりに、頬を殴り飛ばされたことがある。もちろん濡れ衣で、叩いたのはどちらかといえばリズである。ソフィーはただ体調を崩し気味のオリヴィアのために森へ薬草を取ってきた帰りにばったりリズと出会っただけだ。黒髪をけなされて引っ張られて叩かれた。
一つ年下のリズにすらやり返せない自身にソフィーは情けなくなる。
「ほほっ、みんな集まったようだな」魔術師ダンがにこやかに微笑んで言う。
「では皆の者、順にワシの前へ。一人ひとりの力量を定め、今後の生き方に役立てるのだぞ」
きゃっきゃっと子供たちは列を作る。当然ソフィーは最後尾だ。
「ジャッジメント」
魔術師ダンが先頭の少年に向けて手のひらをかざして唱える。
「ほうほう、おぬしは<地属性>が得意なようだ。<魔力量>は並と言ったところかね」
「ちぇー普通じゃん」
「しかし<地属性>ならばおぬしの得意な畑仕事に大いに役立つだろう」
「ほんと!」
「本当だとも」
<魔術>には四大属性にと呼ばれる基本属性がある。<地属性>はその基本属性のうちの一つだ。<地属性>の他には、<火属性>、<水属性>、<風属性>がある。
<魔力量>はその人が使用可能な<魔力>の量を指す。高さは千差万別で、内包する<魔力量>は生まれた時から既に決められている。量の大きさは貧、並、中、上、特、極と階級づけられる。<魔力量>が大きいほど生命力も高いとまで言われているため、貴族などは頑健な子供を得るために<魔力量>の大きい者と夫婦になることもままあるという。
<魔力量>は通常ならば殆どの生命は「並」か「中」と判定される。「中」は良い方で、「上」となれば王都へ行って魔術学校に入ることもできる。
(私はどれくらいあるかな。できることならたくさんあって、それで、お母さんのために何かできればいいな)
ソフィーは鑑定の順番を待っている間、今か今かと待ちわびる子供たちと同様に目を爛々と輝かせながら鑑定してもらっている同い年の子供たちのことを見ていた。
「では次はクリスだな」
「はい」
一番人気ということもあり、広場にいる子供たちの視線を一身に受けるクリス。しかし彼は特にそのことに対して気負う様子もなく魔術師ダンの前に出た。
「お、お、おおお?」
ダンの驚嘆の声に子供たちの目や拳に力が入る。
「これは、これは……基本属性すべてに適正を持つとは……」
「クリスすげー!」
人にはそれぞれ使用可能な属性の適正が存在する。基本属性は誰もが一つは適正を持つとされる属性だ。基本属性のうち二つの属性に適正を持つ者もいる。しかし、四つすべてに適正を持っているのは稀であった。
「中でも<火属性>が得意のようだ。<水属性>はかろうじてあるくらいだから、<火属性>を極めるのが良いだろう」
適正を持っていたとしても、その中でも得意不得意はある。クリスは<火属性>の適正率が高いのだろう。ダンは助言として<火属性>を薦めた。
「<魔力量>は……なんと、極とな!」
極となれば<魔力量>の基準の中で最大値、子供たちはそれを聞いてクリス本人以上に盛り上がる。
「これは、さすがに王宮に知らせんといかんな。クリスよ、おそらく10歳になれば使者がおぬしに魔術学校への入学を勧めに来るだろう」
「魔術学校って王都にあるあの!」
「やっぱりすごいやクリス! お前はコルチリー村の誇りだってとーちゃんが前に言ってたもん!」
賞賛の声を浴びながらも、クリスはニコリと微笑んで「ありがとう、嬉しいよ」と威張るでもなく謙遜するでもなくただただ素直に言葉を受け取る。そんな彼が堂々としていてかっこいいと思ったのだろう、彼の特に仲の良い友人たちは彼を囲んで更に大盛り上がりだ。
その後、妹のリズも鑑定をし、クリス同様<火属性>の適正を持ち、<魔力量>は中だと判定した。
次々に村の子供たちの鑑定を終えていき、最後はソフィーの番になった。最後であるから、途中飽きた子供たちは帰っていった。しかし、ソフィーととくに仲が悪いリズや、彼女と仲の良い女の子たちはまだ広場でおしゃべりしていた。時折ソフィーに意味ありげな視線を送っている。リズが引き留めたためクリスも残っているし、彼の友人たちも残っていた。
(早く帰ってくれないかな。荒さがしのつもりなの?)
ため息をつきながら渋々ソフィーは魔術師ダンの前に出た。<ジャッジメント>により、ソフィーの適正が鑑定される。
「ん。んんん? これは……」
「え、どうかしたのですか?」
眉間にしわを寄せるダンの様子がどこかおかしいと感じたソフィーは不安になって尋ねた。
「うーむ、これは珍しい……ソフィー、おぬしには基本属性の適正がない」
「えっ」
「<魔力量>は極なのに、勿体ないことよ……」
「そ、んな……あの、もっとよく、みてくれませんか!」
「いくら見ても内容は変わらんよ。ソフィーには基本属性の適正は無い。まあ、誰でも使用可能と言われる無属性魔術なら使用できるだろうが、あれは補助系ばかりだし生活や仕事に役立てるかは怪しいところだ」
ソフィーは言葉を失った。誰でも使用可能と言われている無属性魔術以外の魔術が使用できないなんてことが果たしてあるのだろうかと。この世のだれもが一つは適正を持つとされる基本属性の適正が、どうして自分だけ無いのだと。これでは母の役に立つどころか足手まといになってしまうのではないのかと。ソフィーは絶望した。
「あっはははは!」
甲高い笑い声が絶句するソフィーの耳を突き刺す。
「ねえ、みんな聞いた!? ソフィーってば基本属性の適正がないんだって!」
リズがキンキンした甲高い声で広場中に響き渡るように言う。
「誰でも一つは持ってるのに! 持ってないとか無能……生きてる意味ある?」
「さすがしょーふって言われてる母親の娘だわ」
「お母さんは親子そろって無能、存在が罪、生きてるだけで犯罪者だって言ってたわ」
「生きている、だけで……?」
ソフィーは耳を疑った。どうして母と自分が生きているだけで、存在しているだけで罪を負うことになるのか。彼女たちの会話が理解できなかった。したくなかった。
「っ……!」
下唇を噛み、拳を握り、ソフィーは踵を返すと一目散に広場を後にした。彼女の背中にリズ達の嘲笑が覆いかぶさってくる。
(なんで、どうして、どうして、どうして!?)
迷惑をかけないようにいい子にしてたはずだった。勝手に人の物を触らないようにしたし、家の掃除や洗濯を手伝ったりしたし、薪割りも手伝ったりしたし、罠を仕掛けて肉を取ってきたりしたし、母から教わって薬草を取ってきたりした。雨の日などは外に出て遊ぶのではなく、家で本を読んで静かにお勉強をしていた。それの何が罪なのか。
泣きたかった。泣き叫んで「違う」と言い返したかった。でも、もう、怖くてできなかった。
ソフィーは家に帰った後母二人の唯一の居場所である寝室に飛び込み、ベッドに倒れた。
「ぐやじぃ……」
外から帰ってようやく、彼女は黒橡色の瞳から大粒の涙を流したのだった。
クリスが空気でしたが、次回は存在感が出ます。
もっとキャラクターが生き生きしている様子が描けるように頑張ります( ;∀;)
自分が好きだと思うものを捻じ込んでいこうと考えている小説です。よろしくお願いいたします。
思った以上に行間が狭くて慌てて会話と地の文に改行を挟みました。