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File.16

 アリシアが二階の自室から降りてきたのは日没頃だった。頬にはシーツの跡が残っており、髪は寝癖で乱れている。


 色々な疲労が重なって眠りに落ちてしまったのだろう。


「おう、起きたのか。ひどい顔だぞ、さっさと洗ってこい」


 ジャックはキッチンで夕食の準備を――冷凍ピザを電子レンジに放り込むだけであるが――しながらアリシアに声を掛けた。

 アリシアは眠気まなこの曖昧な返事を発して、数分後にタオルで顔を拭きながら帰って来た。


「あれ、マシューって人は?」


「とっくのとうに帰った」


「てゆーか何やってんの?」


「見て分からないか? 夕食を作ってるんだ」


 冷凍じゃん、などとぶつぶつ言いながらテーブルに座ったアリシア、ジャックも解凍されたピザを適当な大皿に載せ、どうにか苦労しながらテーブルに置いた。


 人間サイズの食器は大き過ぎる。猫の体格では貢ぎ物のように頭上に掲げなければ運ぶことができないのだ。

 夕食は特に改まった合図も無く、二人共勝手に食べ始めた。

 適量という概念を見失った膨大なチーズを零さないよう、熱々の生地を掴んで口に運ぶ。トマトソースやその他諸々の足し算的な味が舌に乗っかった。

 口数少なく食事は進行したが、途中で油の付いた指を舐めたアリシアがおずおずと話を始める。


「……マシューって人は味方なの?」


「あいつはDIAのエージェントだ。事態を解決する力は無いが、敵じゃあない。まあ、いないよりはマシだな。俺達の警護もある程度やってくれるそうだ」


 それから、マシューから聞いた情報をアリシアに伝えていく。あの戦闘がだいぶ精神的に堪えている彼女に対し、ジャックはなるべくポジティブに話すことを心掛けておいた。

 アリシアはいつもより口数少なく、一方的にジャックの話が続く。そんな会話も彼女がピザを二切れだけしか食べなかったのですぐに終わってしまった。


「あんなことの後だ。喉を通らないのは分かるが、肝心な時に身体が動かなくなるぞ。コーラだけでも飲んどけ」


「うん、後でね」


 言葉を交わしている手ごたえがまるで無くて調子が狂ってしまう。


 アリシアがシャワーを浴びに行ったので、ジャックも適当に夕食を切り上げると明日の計画を練り始める。

 基地の入り口を見つけ、そこに何があるかを突き止めればDIAや国の機関の力を借りることができるというのなら、それが最善で最短の道だ。


 しかしニ〇〇エーカー以上の土地でどうやって探すか。地下基地の入り口だ、下手をすれば地中に埋まっているかもしれないし、現状畑は収穫間際の小麦で覆われている。地表近くにあったとしても見つけるのは困難だろう。


 ジャックは持ってきた装備類を床の上に広げて何か使えそうなものがないか確かめてみた。


 散弾銃用にはバードショットからドラゴンブレス弾までバラエティ豊富な弾薬を揃えている。他には変装用の衣装や本物偽物入り混じった身分証、盗聴器に発信器、昔の仲間に作って貰った高性能で堅牢性もお墨付きなタブレット端末。その他諸々エトセトラ。

 調査業務の役には立つが、屋外で特定の物体を探すには不適切としか言いようがない。


 組み合わせれば何とか使えないか、などと頭を抱えているうちに夜の九時を過ぎた。アリシアはいつの間にか自室に上がったようだ。


 注意深く外を眺めてみると昨晩同様遠くでペンライトの光が虫のように飛んでいる。今思えばあれはマシューが用意したエージェントだったのだろうか。会ったばかりの男を信用するのは気が進まないが、何かしらの対策を打とうにも人手が足りない。


 色々と割り切ってリビングのソファでくつろいでいると、階段をゆっくり軋ませながら寝間着姿のアリシアが降りてきた。


「どうした、寝たんじゃなかったのか?」


 ジャックが問うと彼女はか細い声で答えた。


「眠れないの……怖くて」


 あれだけ危険な目に遭遇すれば無理はない、と一瞬思ったがどこか引っかかる。


「……そういうのはお前のキャラじゃないだろ」


 本当にアリシアが恐怖に苛まれているのだとしたら、申し訳ないとしか言いようのない返し方だ。ある種賭けに近い。

 そして、ジャックの返事にアリシアはショックを受けたような顔を見せる。はっとしたジャックが言い訳や訂正を考え始めた直後、彼女は肩を震わせて笑い始めた。


「正解よ、ジャック。普通に眠れないだけ。そりゃあれだけ昼寝したからね」


 胸を撫で下ろしたジャックの隣に、アリシアは楽しそうな笑みを浮かべて座った。


「二人で夜更かしでもしましょ」


「そうだな。テレビ点けるか?」


 そう言ってジャックがリモコンに手を伸ばしたのをアリシアは制した。


「それよりも、何かお話してよ」


 ジャックは釈然とせず、眉をひそめる。


「そういうメルヘンなのはお前のキャラじゃないってさっき言っただろうが」


「別におとぎ話をしろとは言ってない。聞きたいのはあなたのことよ、ジャック」


 いよいよ話が見えなくなってきた。訝しむようにアリシアの顔を見上げてみたが、そこにある表情は真剣そのものだ。冗談や何かで訊いているわけではないだろう。


「俺のこと、と言っても何を話せばいいんだ? 人に話せる面白い体験なんて無い」


「あなたの過去について私に話すべきことよ」


 ここまで言われれば何のことか察しがついた。そしてなぜ彼女がこんなことを言い出したのか、も。


「ブラッドとの話を聞いてたのか?」


「あれだけ大声なら聞きたくなって聞こえる」


 たしかに怒鳴り声を上げた記憶はある。ジャックは感情を抑えきれなかった自身を戒めた。


「俺が今回の件と昔の任務を重ねてるって話だろ? その任務については以前に話したはずだ。これ以上何が知りたい」


「できる限り全部、よ。あなたが過去の清算のために行動しているのだとしたら、依頼人であり当事者である私にはそれを知る権利がある」


「……正論だな」


 他人の過去に付き合わされて、それが命懸けともなれば誰であれ抱くであろう当然の感情だ。

 あの任務の詳細は機密事項だ。絶対に第三者へ漏らさないことを条件にジャックは退役できた。漏洩が知られれば法の外側での処罰は免れないだろう。それでもジャックはアリシアに話さなければならないと確信していた。


「短くない話になるが、いいか?」


「もちろん」


 深く頷くアリシア。ジャックは覚悟を決め口を開いた。


「あれは五年前――」


「ちょっと待って!」


 しかし、一言にも達しないうちに遮られる。迫真の制止に思わずジャックも言葉を切った。


「何だ?」


「やっぱりコーラとピザ取ってきていい?」



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