ちょっと何言ってるか分からない
「暴君であって、愚王ではない」
佳了のそれは、王として何かを決めたときの口ぐせだ。
その言葉通り、朝廷にとっての佳了は暴君である。即位したのは十五歳。摂政を置かない、若き王だった。
佳了は手始めに、後ろ盾のない王を傀儡にしようと、玉座にまとわりついて甘言をささやく佞臣たちを次々と更迭すると、老いも若きも仕事のできる者を集めて側近をかためた。
前王の政治のかげりが生んだ官吏の不正も、見つかれば容赦なく処断される。近年はようやく落ち着いてきたが、佳了が玉冠を拝した当初は、まさにちぎっては投げちぎっては投げ。何人の官人が遠方に飛んだか分からない。
佳了の師父を務めていたことが縁で、不幸にも宰相に指名された司馬瑛など、当時の朝廷を牛耳っていた中書令を左遷する勅令を読み上げたときには、心労で倒れそうな顔をしていた。
しかしながら、暴風の吹き荒れる朝廷をよそに、まこと市井は平穏であった。
佳了が政治を執るようになってこの方、長雨も干ばつもなく、病の流行もほとんど聞かない。
安定した気候は田畑に実りを与え、豊穣は国民の生活に余裕を持たせた。そして、税収が上がり潤った国庫を、優秀な官吏が運用する。
目下、白崔国は有史以来まれに見る理想的な政治をいとなんでいた。それはまちがいなく、佳了の『暴君であれども愚王にあらず』という、苛烈な信念による国家運営の結果だ。
しばしば大鉈を振るう王として官吏を青くさせるも、その才を疑ったことはない。だからこそ、佳了が「子葉の主人になれ」と命じたときも、彩花は自分が何か聞き間違えたのだと思った。
「わたしが、子葉どのにお仕えするのですね?」
「ちがう。子葉が、お前に仕えるんだ」
彩花を護衛に、と佳了がいったことも記憶にあったので、それを実行に移すのかと問えば、そうではないと否定された。
「……仰せの意味が、分かりかねます」
「明日、朝参のあとでお前の宮に引き取れ」
「なぜわたしの宮なのですか」
「もとはといえば、お前が拾ってきたんだろう。……というのは冗談で」
佳了が目くばせすると、それまで黙って控えていた鳴が、心得たように口を開いた。
「あの方は、お世話をされることに、むいていらっしゃらないのです」
鳴は柱木の社で五年ほど侍女を務めており、白妙の信頼もあつく目端がきくので、子葉の世話を任されたそうだ。
紹介されたときは、とても礼儀正しく謙虚な斎子に感激し、誠心誠意仕えようと決めた。
けれど、優秀な侍女はすぐに困惑することになる。
次話→鳴を困惑させる子葉の行動とは一体…。そして告げられる嵐の予感。