王さまと
「子供だな」
「陛下!」
とがめる声に、王は目をすがめてそっぽをむいた。
白崔国の王、蔡佳了の房である。
完全に私的な空間である房には、彩花、佳了、そして斎子の三名が、板の間に敷布をならべて車座になっていた。
国王の私室で官吏の立会いもなく、上座下座も決めないばかりか正装ですらない。儀礼にのっとれば、全てがありえない会談である。
しかし、ことを大きくしてはまずい事情があり、彩花は誰にもはからず王のもとへこの天上人を連れてきた。
房のまわりは厳重に人払いをし、窓も扉もすべて閉ざしている。明かり取りの天窓は、あいかわらずの霧で用をなしておらず、密談にはふさわしい薄暗さであった。
「つまり、斎子どのは昨夜、御領の屋敷を抜け出し柱木の洞で眠ったところ、目がさめたらなぜか我が白崔国の柱木の枝まで落ちてきていた、と」
朝議の後、重い冠と上着を脱ぎ捨て、親しい友人を迎えるていどの軽装で、佳了は背に流した黒髪をかき上げて唸った。
「これがくそ真面目な彩花の話しでなければ、寝言をいうなと叩き出すところだな」
ここが地上にある国の一つであり、王の住む王宮だと聞いた斎子は、しばらくぽかんと口を開けていた。しかしほかに行く宛もないので、彩花のまねきに応じて、おとなしくこの房までついてきたのだ。
よほど素直な性質らしく、佳了が問うことにはためらうようすもなく答えている。そこから分かったことといえば、佳了が要約した一文につきるのだが。
一方で、ともに落ちてきたという御領の栗鼠、小望は佳了の顔を一目見て警戒したのか、斎子のそでから出てこない。
気持ちは分かる、と彩花は心内でうなずいた。
脇息にもたれ、男のようなものいいをする白崔国の王は、まちがいなく女人。それも、百官すべてが認めるとびきりの美姫なのだ。
さすがに政の場で庶民のような言葉は使わないが、この地が出るとたいていの者は、まず影武者を疑う。
「斎子どの、名はなんという」
「まだありません。昨日はお父さまが斎子に名を与える祭の日でしたが、わたしはまだ名をもらえませんでした」
「だから、悔しくて屋敷を抜け出したと」
敷布に座した斎子が、唇をかんでうつむいた。それを見て、佳了はいたずら小僧のように笑う。
「見ろ、すねて家出してきただけの子供だ」
「お戯れもそのあたりになさってください。この方は、父神のご息女なのですよ」
「家出中のな」
「陛下」
たしかに世の理で、柱木を持つ六国の王たちは斎子より一段高い身分を持つ。しかし斎子はその身の半分が神なのだ。
木から落ちた斎子を救うため、彩花が体を投げ出したのは、地上の民としての本能のように感じた。それを命じるなにかが、この斎子にはある。
それが半神であるがゆえのことだと彩花は考えたのだが、どうも王となると感じかたが異なるらしい。
実にぞんざいな扱いである。
「まぁ、家は分かっているんだから、話は早い。女巫に引き合わせ、御領へお返しすれば万事解決だ」
「しかし陛下、たしか御領との境界は決まった日にしか開かない決まりでは?」
「斎子がこちらへきたんだから、今日がその日なのではないのか?」
二人がそろって顔をむけると、斎子は首を横に振った。
「御領の扉が開くのは朔の日だけです。それが昨日の祭の日で、お母さまたちが朝に御領へおいでになるときに開いて、夜にお帰りになると閉まります」
「では、お前は扉が閉まる前に転がり落ちたのか?」
「それは、たぶん。わたしにもよく分かりませんが……」
斎子が自信なさげに語尾をにごしたとき、人払いを命じて外に立たせていた佳了の侍女が、来客を告げた。
「陛下、白妙さまがおいでになりました」
「とおせ」
次話→王の部屋を訪れたのは、斎子の母!?