わりと雑に生きてます
正房は、食事をとる場でもある居間を中央にして、個人の書斎と寝台のある房が左右対称に連なっている。
彩花は居間より東側に足を踏み入れたことがなかったが、締め切られている扉のむこうは果果が万事整えているはずだった。
「子葉どの。果果は侍女ですから、父神になさるような挨拶をされては驚いてしまいますよ」
ひとまず居間へとおした子葉を、彩花は円卓の椅子に座らせた。
「目上の方には礼をつくすものと、御領では教わります」
「……鳴も子葉どのより年上では?」
子葉は侍女である鳴に、果果にしたようなうやうやしさは見せていない。愛称で呼ぶていどには、親しくしていたはずだ。
「鳴鳴には、姉のように接してくれといわれましたので」
その言葉から、鳴もあの挨拶を受けたに違いないと彩花は思った。子葉の意向を汲み、姉妹のような距離感におさまることが、侍女にできる最大の譲歩だったのだろう。
子葉にとって身分の基準は年齢であり、生まれや職業ではないらしい。非常に単純ではあるし、尊い考えかただ。
残念ながら、地上では通用しないが。
「子葉どの、今後は果果にも鳴と同じようにお話しください。陛下よりおあずかりした子葉どのから主人のように扱われては、果果が困ってしまいます」
「果果さまが困るのですか?」
それはわたしが困ります、と子葉は眉間にしわをよせた。つんと上をむいた唇が、難題に小さな頭を悩ませていることを示している。
「ですが、この宮のことは果果さまから教わらなければなりませんし。失礼ではないですか?」
むしろ主人として接してやるほうが果果のためだ。しかし、それをいっても子葉は理解できないだろう。
彩花は子葉が納得できそうなところへ導いてやった。
「鳴が姉でしたら、果果はこの国にいる間の乳母と思し召しくだされば」
「乳母……乳母ですね。分かりました」
解決策を示されて、彩花を見上げた子葉はほっとしたようにうなずく。
果果には、あとからうまくごまかしておかなければならない。
彼女は社がどういったところか詳細までは知らないから、多少風変わりでも社の教育方針で育った姫だといっておけば、子葉が本当は御領からきた斎子などとは夢にも思わないだろう。
子葉の存在について、しばらくおおやけにしない。それが佳了の方針だ。
人と神の結びつきの象徴ともいえる斎子の滞在となれば、国を挙げての慶事となる。けれど子葉はたまたまこの地に落ちてきただけで、父神が白崔国を選んで遣わしたのではない。父神も子葉本人も、この訪問にはなんの意図もないのだ。
「斎子の御幸を受けた栄誉ある王として祝賀の儀を行い、朱氏を牽制してもよかったがな」と悪い顔でつぶやきもした佳了だが、可能な限り平時の態勢で、朱氏の出方を見極めたいというのが本音のはずだった。
そのために、さわぎのもとである子葉の存在は、しばらく表に出さないほうがいい。
いや、あるいは――。
「失礼いたします」
縁から鳴の声がして、彩花は浮かびかけた可能性にひとまずふたをした。