第一印象は大切です
寒山宮は、寒々しい名前に相応しく寂れた宮だ。
中庭は下男が木々を手入れし、果果が石畳を掃き清めて何とか王宮の一部である矜持は保っているが、裏にまわって見れば煉瓦は色あせ、瓦は輝きを無くしてくすんでいる。冬になれば、所々から隙間風が吹きこんでくる始末だ。
ここに暮らしている彩花は、屋根があれば十分だと思ってろくに修繕してこなかったが、玄関先で高い庇を見上げる子葉のようすに、急に痛んだ宮のあちこちが気になった。
事実、荷物を抱えた鳴の笑みが引きつっている。とても斎子を住まわせる場所ではないと思われているだろう。
「お帰りなさいませ、若さま」
さいわい、彩花が下手な弁解を口走るより先に、果果が出てきた。
いつもの前掛け姿で駆けてきた果果は、軒先に立つ子葉と鳴を見て相好を崩した。きのうのように手のつけられないほどではないが、興奮して口元が震えている。
「子葉どの、寒山宮の雑事をまかせている果果です。ご用はなんなりとお申しつけください」
「お世話になります、果果さま。子葉です」
彩花が果果を紹介すると、子葉は驚くほど優雅に礼を取った。体の前でそでを合わせ、わずかに膝を落として会釈する。
女巫が公の場で見せるのと同じ、最も上位の立礼だ。
彩花の顔を見るため草の上にしゃがみこんだ子供とは、まるで別人のような淑やかさである。
果果が卒倒するのではと、彩花は危ぶんだ。
侍女という立場上、果果は礼儀作法には厳しい。武人として粗雑に育った彩花に、王宮へ上がれるだけの作法を叩きこんだのも彼女だ。だからこそ、子葉の礼がどれほど高位の者に対する儀礼なのかも知っている。
果たして、貴族の姫だと思っていた相手から最上の礼を尽くされた果果は、胸元を押さえて言葉を失っていた。この調子では、子葉が「ほうきはどこですか」などといい出したら、心臓が止まってしまうかもしれない。
「子葉どの、中へどうぞ。果果、茶菓子を頼む」
「お手伝い致します」
同じ侍女として同情しているのだろう。彩花が子葉をうながして宮の中へ入るのを、鳴が呼吸もままならない果果の背を支えながら見送った。