入居の条件は
「子葉」
手招きされ、子葉は彩花から離れて佳了に身をよせる。軽やかな動きに翻った衣の微風を受けて、彩花はやっと背をのばし、盆を胸の高さまでおろした。
「お前を、彩花の宮にあずけることにした」
「彩花さまの宮?」
短いうちにあちこち移されることに不安はないのか、子葉はただ不思議そうに首をかたむけている。
この無邪気さが気に入っているのだろう。佳了は頬をゆるめて、小さな頭をなでまわした。
王という立場上、そばに仕える侍女を特別扱いしてかわいがることもできず、愛玩動物も飼っていない佳了にとって、子葉は気楽に接することのできる貴重な相手だ。
二人の様子を、ほほえましく眺めていた彩花はしかし、佳了がにやりと笑ったのを見逃さなかった。
「この彩花には王宮の一角に居を与えているんだが、そこを差配している者が高齢でな。さらには金がなくて侍女もまともに雇えないものだから、世話が行き届かないと嘆いている。趙鳴とともに、助けてやってほしい」
案の定、彼女の口から飛び出したのは、手が空いていたら額をおおいたくなるような言葉だ。
確かに果果は引退していてもおかしくない年齢ではあるけれど、あと十年は辣腕をふるいそうだし、他に侍女を雇わないのは金がないからではない。破格の報酬を約束しようと、彩花の宮で働こうという侍女が現れないだけだ。
「お助けするとは、なにをすればいいのですか?」
「そう難しいことではない。掃除や衣の管理。炊事は苦手なんだったか?まぁ、他にも色々な雑事があるだろう」
彩花が脱力しているうちに、二人のあいだで話しは進んでいく。
「お掃除、しても良いのですか?」
やはりそれか。
家事ができないことが、この子供にとってはそうとう不満だったらしい。
「社には、そういう仕事をする者がすでにいるからな。彩花のところなら、手が足りぬから好きなようにするといい」
「はい!陛下、いつ彩花さまの宮へうかがうのですか?」
「朝参を済ませたら、すぐに。行くか?」
「行きます!」
大きな目をきらきらと光らせた子葉が、驚くほどの勢いで彩花を振り仰ぐ。
「彩花さま、小望を一緒に連れて行ってもいいですか?」
「……もちろんです」
「ありがとうございます!」
ぱあっと広がった表情は、彩花が初めて見る、喜びに満ちた笑顔だった。
子供とは、こうして笑うのか。
「まさに『花が咲くように』だな」
にやにや笑いながら、佳了が彩花の肩に腕をまわしてくる。
それを解くことも忘れ、社の中へ走って行く子葉の背中を見ながら、彩花はまぶしげに目を細めた。