柱木の森2
ならされた小道の先は、森の中でも少しひらけた丘のようになっている。
背の低い柔らかな草が地面を覆うその場所には、天を支える柱木と、女巫や神官が住む社があった。
二人が森を抜けて到着したとき、子葉は社の階でひとり、柱木の幹を見上げていた。
御領にある父神の社を模したといわれる木造の建物は、煉瓦を積んでつくる白崔国の建築様式とは趣を異にしている。
建物だけでなく、女巫の白と紅の衣裳や結い上げない髪型も御領に倣っているといわれていて、以前はどこまで本当かと疑う気持ちもあった。
けれど初めて子葉を目にしたとき、身に付けた衣で社の関係者だと推測できたほどだから、やはり地上の社は御領の一部としてあるのだろう。
子葉は御領ふうの襖と袴姿で、着丈の長い上着をかさねていた。儀式で見る女巫は歩くのも苦労しそうなほど布をかさねた衣裳なので、子葉の格好は軽装のうちに入るだろう。
しっとりした髪は肩の辺りでひとつにくくっている。そうすると、子供らしくまろい頬がよく見えた。
まわりに侍女はおらず、膝の上に乗せた小望に木の実を与えながら、柔らかそうな背を指先でなでている。
ふさぎこんでいると聞いていたが、思えば子葉が本来どのような気性なのか知らない彩花の目には、その様子は普通のおとなしい子供としてうつった。
ただ、佳了に気付いた子葉が小さく手を振ったのには、おやと思う。
彩花が都を離れている間も、朝参に訪れる佳了と毎日顔を合わせていたのだろう。挨拶を交わす姿も親しげだ。なんと小望までも、あれだけ警戒していた佳了に頭をなでられることを許している。
さすがの人たらしだと感心しつつ、彩花は子葉に礼を捧げた。両手がふさがっているため、盆を捧げるような、どこかおかしな格好になる。
「子葉どのに拝謁を」
「彩花さま」
階の下にいる彩花のもとへ、しゅるしゅると絹が擦れる音とともに子葉が降りてくる。目の前に立つも、顔を見るのに盆が邪魔だったらしい。いきなり幼い子供のようにしゃがんで、彩花の顔をのぞきこんだ。
「遠くへ行っておられたとお聞きしました。ご無事で戻られてよかったです」
たっぷりとした衣のそでが起こすかすかな風が額をかすめて、思いもよらないところから現れた深い緑の瞳が、彩花から返すべき言葉を奪っていった。
子葉は七日前に会ったきりの彩花の不在を気にかけ、帰還に安堵しているようだった。屈託なくむけられた感情は、いい表すことの難しい不明瞭な、戸惑いのようなものを彩花に与えた。
「何だ、子葉。彩花が戻ったのがそんなに嬉しいか」
彩花が呆けていると、佳了が乱暴に子葉の頭をなでてたずねる。
「お礼を、申し上げていなかったので」
乱れた髪も直さないままうなずいて、子葉は彩花にむき直ると、ぺこりと丸い頭をさげた。
「先日は、木から落ちたところをお助けいただき、ありがとうございました」
「いえ……」
ようやく、かすれた声が出る。危うく今日の神饌もひっくり返すところだった。
「いま思えば、あのまま社でお任せするべきであったかと。子葉どのを王宮へお連れすることも、必要であったのかと自省しております」
数回、空咳をして、その失態を隠すように別のいたらなさをならべ立てる。
後ろめたいことが見つかりそうになった子供が、あわててへたな言葉をかさねて大人の気をそらそうとするような、ばかばかしい行為た。
「そうなのですか?」
子葉の問いは、彩花ではなく彼女のうしろから現れた白妙へむけられた。
「わたくしにお知らせいただいても、子葉の逗留には陛下のご協力が必要でした。領軍将として、まず陛下にご報告なさった楊将のご判断は、道理に適ったものでしたよ」
むかい合って互いに頭をさげる二人がさぞ愉快だったのか、白妙はそでで口元を隠しつつもくすくすと笑った。
女巫に続いて王の出迎えにすがたを見せた神官たちも、微妙な表情で社の影からこちらをうかがっている。
彼らとは儀礼的な挨拶を交わすだけなので、佳了がうなずけば静かにその場からいなくなった。
神官の務めは国内をめぐって信仰を語ることであり、朝廷に仕えることではないため、王のあつかいには驚くほどのそっけなさがあった。そのことも、この森の居心地をよくしている理由のひとつかもしれない。