柱木の森
中途半端な長さになってしまったので、二話同時にアップします。
柱木の森に入るには、門前で番をする神官に武器を預けなくてはならない。
それは王も例外ではなく、佳了が護衛の丁武陵に懐剣を渡す間に、彩花も腰に下げた剣を外した。
それから桶に用意された水で手と口を丹念に清め、ようやく門をくぐる資格を得る。
神官が捧げ持ってきた神饌の盆は、彩花が受け取った。
漆器に盛られた米や果物を見て思い出したのは、子葉を受け止めるために放り出してしまった分だ。神官に片付けを任せてしまったが、翌日は二日分の量を供えたのだろうか。
気にはなったが、神官たちがそれについて何も言及しないということは、うまく処理されたのだろう。
「では、行ってくる」
「は」
佳了の護衛として房と湯殿以外はどこにでも影のように付き従う武陵も、ここでは主の懐剣とともに帰りを待つことになる。
彩花に一礼した武陵が門柱のわきへさがるのを見届けて、神官が閂を開けた。
「いい天気だ」
鳥のさえずりしか聞こえない木立の中を歩きながら、佳了は大きく伸びをした。
彩花も、少し顎を上げて水気の多い空気を吸いこむ。王宮の庭園にも多くの果樹や灌木が配され手入れされているのに、これほど澄んだ空気は作り出せない。
生きている緑の匂いがする。
門から社までの道のりは、ほぼ南北に延びる一本道で兎や栗鼠などの小動物としか出会わない。聞こえる音も、人の囁きではなく鳥の囀りだ。
佳了にとって、人目から解放される貴重な時間だった。
もちろん、彩花にとっても。
「母上が、逃げ場所にこの森を選んだのも分かる気がする」
枝木のあいだから空を探しながら、佳了がそんなことをいった。
柱木の森は、地上にあって御領の一部とされている。
神の妻と数名の侍女、王宮への仕官より神に仕える生活を選んだ神官のみが住み、世の繁栄を祈り日々の平穏を感謝する、人の世のしがらみから外れた場所。
たしかに、現実からの逃避先には理想的だ。
「ただ、人を呪っておいてさっさと逃げ出す了見は理解できんがな」
佳了は亡き母に静かな怒りを吐き出して、森の奥を見据えた。
そこにはまだ弱々しい朝の木漏れ日が揺れる小道が続いている。
彩花はただ黙したまま、姿勢よく伸びる王の背に従った。
次話→七日ぶりに会った彩花に子葉は…