大事なことは手短に
「お姿が見えないと思ったら、ほうきを持って庭に降りていらっしゃるし、必要な衣を仕立てようと反物をご覧に入れれば、ご自分で仕立てるからと裁縫道具をご所望になる。炊事はお得意ではないようですが、それでもかまどのそばに座って、じっと膳の用意をご覧になっておいでなのです」
ついには洗濯にまで手を出しそうになって、子葉を止めてくれるよう、白妙に半泣きで訴えたのだという。
「ははは!」
「笑いごとではございません、陛下。仕事をお断りすると、とても悲しそうなお顔をなさるので、わたくしどもの心が痛みます」
「と、いうわけだ」
子葉の、およそ貴人とは思えない行動に絶句する彩花へ、佳了は苦笑いをむけた。
「わたしも思いちがいをしていたのだがな、彩花。斎子というのは、確かに神聖な御領に属する貴人だ。しかし女巫や神官のように祈る者ではなく、父神とともに働く者らしい」
ひととおりの手習いは仕込まれているし、立ち働くことを苦にしない。そう育てられてきたために、上げ膳据え膳の環境になじめないらしい。
御領で当たり前にこなしていた雑事を禁止されて、ここ数日はすっかりふさぎこみ、柱木の根元で空をながめてすごしているという。
「わたしも、王になるべく教育された身だ。政務を取り上げられたら、いったい何をすればいいか途方に暮れるだろうな」
子葉とちがい、ほうきも針も持てぬわ、と佳了は笑った。
「とはいえ、一年は地上で暮らさねばならん。仕える相手がいれば、気もまぎれるだろう」
「では、陛下の近侍になさればよろしいのでは」
「わたしの近くに置けば、無用な注目を浴びる。武陵も、わたしと子葉の両方を守るのはごめんだろうよ」
その点、彩花の近くに置けば、子葉は世話をする相手ができて落ち着くし、身の危険も彩花が払う。
「家事はひと通りできるそうだ。どこぞの王女を嫁にもらったとでも思え」
「わたしを殺す気ですか!」
彩花は悲鳴を上げた。
相手は父神が溺愛する娘だ。冗談でも嫁などという言葉が耳に入れば、彩花は八つ裂きにされかねない。――天におわす尊き神が八つ裂きという処刑法を選択すれば、だが。
「陛下、下手をすれば父神の不興を買います」
「そう、子葉はもろ刃の剣だ。父神は白崔国によき風を約束したが、それは『無事に』子葉が御領へ戻ることが条件。傷ひとつ負わせても、国が滅ぶ危険がある」
「ですから、社で」
「社に閉じ込めておけば、確かに体は無事だろうがな。……心を病んでしまえば、同じことだとは思わないか」
内面の平穏も与えるとなれば、安全を確保できる場所で、子葉を働かせることのできる者にあずけるしかない。柱木の社では、子葉の身分を理解しすぎているがゆえに、鳴のいうとおり柔軟な対応が望めないのだ。
神に仕える神官が、神の娘に洗濯などさせられるわけがなかった。
「お前しかいないだろう」
「陛下……」
今度は頭を抱える。
不首尾の代償は、己の首ではなく国の破滅。これは、いまだかつて経験したことのない超弩級の厄介ごとだ。
「なぁ、彩花。このまま子葉が鬱々としていてもいいと?」
「いえそれは……」
「社のすみで泣き暮らしていてもいいと?」
「だから……」
「まだ子供だぞ。あわれだとは思わないか」
「……分かった。分かりました。子葉どのはわたしの宮でお預かりし、お好きなようにおすごしいただく。それで結構です」
「決まりだ。趙鳴を一緒に行かせるから、そう悲観するな」
頼んだぞ、と佳了がいえば、鳴はにっこり笑って低頭した。
「精一杯努めます」
結局は毎度のようにいいくるめられ、彩花は頭痛をおぼえながら退出を願い出る。
「彩花」
「はい」
戸口で呼びとめられた彩花が振り返ると、つまみ上げた金平糖を天窓に透かしながら、佳了がなんでもないような口ぶりで告げた。
「朱淵尭が戻ってくる」
彩花の視線に、非難の色がにじむ。
すぐ気づいて足元へ目を落とすが、敏い王は肩を竦めて不敬を受け流した。
「喪が明け次第、という約束だったからな」
「揚々とかえり咲きですか」
「しかも、年ごろの娘が一緒らしい。にぎやかになるぞ」
「司馬老師のやつれる姿が目に浮かびます」
「まったくだ」
放り投げられた砂糖の粒が、佳了の舌にぽとりと落ちた。
次話→子葉を預かることになった彩花。侍女に準備を頼むのだが、とんでもない誤解が。