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前夜、大きな木の上にて


 長いこと待ったのだ。

 もう我慢できない。



 目的地に辿り着き、名無(なな)しは足をとめた。


 夜も更けたころにひとりで屋敷を抜け出し、篠笛(しのぶえ)と琴の音から逃げるように歩きつづけて、ようやく柱木(はしらぎ)のざらざらした幹に手をついたときには、草を踏み分けた(くつ)が湿って指先は冷たくなっていた。


 名無しの背丈(せたけ)の何倍もある柱木は、ずっとずっと下の、人が住む地上から生えていて、名無しの暮らす神の御領(ごりょう)をささえている。

 御領にはほかにも赤や黄の柱木があるけれど、名無しは目の前にある白の木が一番好きだった。

 いい匂いのする、爪の先ほどの小さな白い花をつけて、満開をすぎたころに風がふくと、まわりが見えなくなるほどに舞い踊る。名無しは春になると、きまって白の木のかたわらに座りこみ、乳母(うば)が迎えにくるまで一日中でも花の散るさまを眺めていた。


 けれどいま、枝には緑の葉がしげるばかり。その葉も夜の暗がりに溶けてしまい、名無しのしずんだ気持ちをなぐさめてくれない。

 名無しは鼻をすすりあげて、ぼうと橙に光る鬼灯(ほおずき)をかかげた。


 太い幹をまわりこみ、枝を何本か数えた先に、ぽっかりと空いた(ほら)が見える。そう大きい洞ではないが、あそこなら夜風も急な雨も防いでくれるだろう。

 あれを今日のねぐらと決めて、名無しは鬼灯を地面に立ててから一番近い枝に手をのばした。



 世界には天と地があり、父なる神が定めた(ことわり)で命が(まわ)っている。

 地には王が治める六つの国で民が生活をいとなみ、父神がおさめる天の御領には、(やしろ)で務めを手伝う斎子(いむこ)たちが暮らしていた。


 斎子は父神と地上の民である母たちのあいだに生まれた娘で、生まれたときから御領の大きな屋敷で育つ。そして年ごろになると名をもらい、社で父のそばに仕えることができる。けれど名無しは、十四になってもまだ名を貰う祭に呼ばれなかった。

 他の姉妹たちはすでに立派な名をもらって、父がいる社に奉仕しているというのに、この年まで「名無し」なのは己だけだ。

 乳母の話しでは、今年は十を数えたばかりの妹まで社に呼ばれたらしい。


 ことあるごとにお願いしても、いつも父は「次は必ず」と笑って名無しの頭をなでるだけ。実際に、その約束が守られたことはなかった。

 名付けの祭のために地上からやってくる母たちや、たくさんいる姉妹たちは、そんな名無しを(あわ)れんで優しくしてくれた。

 祭の後には、「来年はきっと呼ばれるから」と、(きぬ)の帯や瑪瑙(めのう)のかんざしが名無し宛に送られてくる。でも、そんなもの嬉しくもなんともない。


 名無しがほしいのは、祭のための衣や髪飾りではなく、社に呼ばれて父から与えらえる名前だ。それは、名無しにも父の関心があるという証拠だから。



閲覧ありがとうございます。


次話→家出した名無しが出会ったのは?

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