共闘の手を
今日は雲が多い。
ひそひそ話もしっかり聞こえるほど内壁は薄いが、外壁は厚いので、雷がすぐ横で鳴っても恐れるほどの大きさはない。しかし昼とも夜ともつかない暗い雲の谷間を越えているときに、瞬間だけ光る稲妻は少しばかり吃驚する。
「グライダーの窃盗犯が捕まったって」
エルロイが足で扉を蹴飛ばして入ってきた。
小さな手に大きな新聞を広げていて、視界は悪いだろう。しかし迷いのない足取りでてくてくと歩を進めていって、お茶を入れていたマーロに容赦なく激突した。
「わあ、驚いた」
「マーロ、邪魔」
「ごめんね、エルロイ」
慌ててカップを置いて、マーロはエルロイの頭を心配そうにさすった。
髪をいくらかくしゃくしゃにかき混ぜられてから、エルロイは新聞紙をリーダに渡してみせた。
「かにゃん」
「…ええ、間違いないわ。あの用心棒だとか言ってたやつよ。グライダーに忍び込んでいたなんて、不覚だったわ」
しかしリーダは受け取ったそれをすぐ横のソファでくつろいでいたかにゃんに渡した。記事を見て、かにゃんは不機嫌そうに眉をひそめた。
「葵の怪我大丈夫かなあ」
「エルロイの薬、治療用のも持って行けば良かったわ」
「銃創じゃあ大した効能は発揮しない。ハムに診てもらうべき。痛み止めを持っていただけマシとエルロイは思う」
遣り切れなさそうな溜息がかにゃんとマーロの二人から同時に出た。カ不足が悔やまれる。
「…リーダ」
部屋の隅からタールマギがやってきた。
かにゃんは驚きのあまりソファから転げ落ちてマーロの細長い足に抱きつき、彼を薦った。
「気配を! もっと気配を出しなさいよ! 居たのね!!」
「これを」
タールマギはそんな彼女はお構いなしでリーダに何かを差し出した。
外で誰かが任務活動をしていないときは基本的に机に置きっばなしにしている連絡機だ。着信を示す青いランプが点滅している。
『あー、テステス、…反応がありませんね。使い方本当に合っているんですか?』
『聞かないでよ。使ったことはないの』
『あー、誰かいませんか? 反応しないならまず葵の髪の毛を切ります』
『やってみなさい。アーヴィンの前髪をハゲにしてやる』
思わず時計を見てみると夜も深い25時。
連絡機の持ち主であるリーダよりも真っ先にかにゃんが飛びついて、声の主を問い詰めた。
「葵! 葵なの?!」
『うわっ、うるさい声です』
『かにゃんね! あの時はありがとう。ほらね、繋がったでしょ。約束通り誉めてください』
機械を通して聞こえる声は雑音交じりでノイズが走っており、鮮明ではなかった。しかしお互いに声の判別は出来たようだ。
次々に体調や状態を聞きまくるかにゃんの合間合間にマーロも加わって、アーヴィンが静止するのも構わず葵はそれに嬉しそうに答え続けていた。
「私が置いていった連絡機ね!」
『そうなの。使い方が分からなくってちょっと手こずったけど、良かったあ。連絡が取れて』
「リネはどうした」
相変わらず連絡機を抱えているかにゃんから取り上げることはせず、リーダは横から声をかけた。
少しばかり力を込めてマーロを退かそうとしたけれど、マーロはそのリーダの腕に抱きついて葵の無事を喜ぶので、それ以上邪険には出来ずリーダは甘んじて腕の重みを受け入れていた。
『えーと、今は寝ていて…』
『彼に話すと面倒そうです。ある程度話がまとまってから協カを依頼するつもりです。その前にドーラ号と調整しておく必要があると私が判断しました』
どこかで聞いた声だ。
先日、短い間だったが遣り取りをした相手に間違いない。
あの時はこちらは連絡機越し、あちらは無線機越しで更に音質は悪かったが、話し方の癖も加味して考えるとその人当人だろう。
ぶっきらぼうで頑固で意地っ張りな性格が見える。
「こんばんは、特待のボスだな」
『こんばんは、ドーラ号のリーダー。正確には特待ドラ科のボスです』
「葵、変わりないか」
『変わりあるよ~。やっぱりリーダはリーダーたり得るなあって、しみじみ』
『どういう意味ですか、葵』
特待と言えばドーラ号では敵対視する者も少なくない相手だが、葵は順調に友誼を育んでいるようだ。
連絡機を握るかにゃんは警察組織は志を共にする存在と認識しているはずだが、心なしか不愉快そうに首を傾げて眉を顰めた。
リーダはかにゃんの手から連絡機を取り上げて、自分の腕に付けた。
「それで、用件は?」
息を呑むような音がかにゃんの方から聞こえた。
マーロは後ろ髪を引かれるような思いでそろそろと距離を取った。お仕事の話をしている時はなるべく関わらないようにするべきだと言われている。
部屋の隅に戻ったタールマギが、どこかに何か指示を出していた。おそらく相手が持っている連絡機の位置情報の探知と録音をヤットラーに命じているんだろう。
書類を机にとんとんと落として揃えるような音が聞こえて、その後ようやく、本題に移っていった。
***
「ドーラ号は話に乗ってくるかしら」
通信が終わったのを見届けてから、葵は予め用意しておいた飲み物をアーヴィンと自分の分、机に置いて腰掛けた。
こんな時間なのに、窓の外ではまだ動いている飛行機がある。空は暗いが外は管制塔の明かりが変わらず辺りを照らしていた。
「あちらのボスは話の分かる人間のようです」
アーヴィンは片耳だけイヤホンを付けて、録音していた会話を聞き直しているようだ。
「ただ、一枚岩ではない、という印象でした」
「ふうん」
「そうなんですか?」
「分かんない。前のリーダーとは少し方向性が違う、というようなことは聞いたかも」
記憶を辿ってみたが概ね一丸となって取り組んでいるイメージだ。
リーダが首を吊ろうとした時もほとんどの団員が必死で止めていたし、鬼ごっこの時なんてリーダとタールマギ以外の団員はいる、とリネが言っていた気がする。確かに考えの違いはあるのかもしれないが、仲が悪かったり話し合いが出来なかったりする類ではないように思う。
「ボスは乗り気のようでした」
「本当?」
「声を聞けば分かります。それに、前のリーダーということで分かりました。ここ最近は過激な犯罪行為は少なくなっていますし、対象とする人物も裏を探れば納得できるだけの罪状が隠されていました。方針が変わった理由はいくつか考えていましたが、ボスの変更が理由だったんですね」
大きな画面にばーっと文字が表示されてきたが、あまりの文字量に目がちかちかして葵にはほとんど読めなかった。
どうやらドーラ号の行動履歴のようだ。
「ボスが代わって活動内容に変化が出るということは、ある程度はきちんと団員を従えられている証拠です。統率が取れているとは思っていましたが、進行方向が変わっても集団性を失わないということは、その場しのぎの適当な回答はしてこないでしょう」
「えーと」
「協力するという回答があったら、真面目に働いてくれるということです」
要するに反対意見をないがしろにしてボスの独断で強行はしないだろうということらしい。
アーヴィンはどうやら作戦中に勝手な行動をする者が出るのをとても嫌っているようで、それを懸念していたらしい。
果たして夜が明ける頃に回答は得られた。
その頃には葵も部屋で熟睡をしていたが、数時間後には船内にいる全員が集合して、喜びに満ちたアーヴィンから今後の計画を朗々と語られることになったのだった。
***
大地だ!
雲じゃない!
人工的な建物がある!
わー!
と言って、梁が熱いコンクリートの上をごろごろと転げ回ってシェリマニマーニが前転やバック転をして興奮していた。
ドーラ号が着陸するのも随分久しぶりだ。
着陸したところで、あまり大きな顔をするわけにいかず、息を潜めているのが通例だった。しかし今回はお呼ばれして着陸しているのだ。なんと停泊手続きも正規ルートで通過済み。正規ルートで! まあ、記載されている機体名と責任者名は捏造だそうだが。
30人以上乗っているのもちゃんと申請されている。この船からぞろぞろ降りてきて大地を喜んでいても、咎められることははいだ。
「初めまして、アーヴィンだな。ドーラ号を代表して伺った。リーダだ」
「ユノー」
「本人だ」
アーヴィンは挨拶も返さずにこの話している人間が連絡機で話したドーラ号のリーダーその人かをユノーに確認させた。
現在不在中のマリアンヌから遠隔で声帯震動を識別するアプリケーションを作成、インストールしてもらって、あちらが話すのを待ってから応じるつもりだった。
それにすぐに気付いた後ろのかにゃんはちょっとむっとした態度で腰に手を置いたが、アーヴィンたちの後ろに座っている葵に気が付いて機嫌を好転させた。呑気に手を振り合うかにゃんと葵に、リーダは呆れ気味に溜息を吐いたが、その顔は綻んでいた。
「リーダ、本当に特待と手を組むんですか?」
葵の隣に座るリネは不安そうにリーダに話しかけた。
拘束はされていないが、リーダたちの方へは行かないように指示されているらしい。リネは立ち上がりたそうにちらちらと葵を振り返っていた。自分で繋いでしまった手によって姉とは別行動が出来ない。
「皆とも話し合ったが、結局は我々は警察官になり損なった存在と言っても過言ではない。あなたが権力に屈せず正義を成そうというのであれば、協力しない選択はない」
「まあ、私が権カそのものですからね」
アーヴィンは得意げに引き出しから額縁を取り出した。
そんな存在は知らない。
何があるのだろうと葵とリネは立ち上がって覗き込んだ。
ぱっと見ただけでは何によるものなのかは分からないが、表彰されたらしき勲章や何かの資格を示すバッチ、礼状のようなものが飾られている。
「アーヴィン、人に見せつけるものではないぞ」
「権威を示す時は目に見えるようにするのが一番効率的です」
「君は何で机に座っているんだ?」
「低俗な質問はやめてください」
立つなという命令をすっかり忘れて椅子から離れた葵にアーヴィンは額縁を手渡して、じっとりした目付きでリーダを見返した。
改めて飾られているものを見てみると、最高責任者とか権威保持者に認定するとかそんなことが書かれたものばかりだった。今まで自称権力者だとどこかで思っていたが、事実だった、らしい。
「それで? その権力とやらは議員の悪事をぜーんぶ世間に明らかにしてくれるわけ?」
かにゃんは意地悪そうにアーヴィンに聞いた。
リーダはあくまで穏やかに話し合いの席に着く代表者で、タールマギが参謀で、かにゃんは場を乱す役回りなのだろう。ユノーはそう捉えた。いちゃもんを付けてくる下っ端を連れてくるのは極道なんかもよくやる手だ。
「ええ、詳らかに丸裸にします」
アーヴィンははっきりとそう答えた。
「これがうまくいったら、契約しましょう。私のさらなる手柄取りに協力してください。報酬は支払いますし、あなたたちは大きな顔をして正義を執行できます」
かにゃんが疑うように顔を歪めたのが、アーヴィンの後ろに戻った葵からでもよく分かった。
もうアーヴィンは取り繕うのはやめたようだ。
「俺たちは今までも犯罪を犯してきた。それについてはどう処理をする」
「報酬から差っ引いて恩赦とします」
「それにしても急だ。信用に値しないと判断する者は多い」
「…」
ズボンの裾をちらちらいじりながら、アーヴィンはちょっと黙った。
「…イルインの情報を抜き取ってくれたお礼です。これで貸し借りなしです」
リーダはばっと葵を見た。目が合って、葵も少し驚いているような表情をしていることが分かった。
イルイン、の言葉の意味がすぐに出てこず、悶々と記憶を辿っていると、葵がさり気なさを装って、「黒い―――緑のない国での情報を盗ったこと?」とアーヴィンに聞いたので、ようやくかにゃんや梁、エルロイが先日持ち帰った紙の束を思い出すことが出来た。
「あの中に、君がいたのか」
「私はあらゆる国の機関からのあらゆる権限と全幅の信頼を得るために何でもしてきました。何でもです。そしてそれが実りました」
リーダの言葉を無視して、アーヴィンは続けた。
「ドーラ号を丸ごと面倒を見るのくらい、そう難しいことではないんです」
「それは、」
「私たちはどうしようもない人間ですが、一応世間一般的に後ろ指を指される人間ではありませんし、一応正義に従事しています。人を救うこともあり、恩赦認定行為の対象です。頭を地に着けて懇願するなら迎え入れてやらないこともありません」
畳み掛けるようにつらつらと言葉を紡がれて、リーダはちょっと困ったようにタールマギを振り返った。
信頼の置ける右腕は目を合わせた後、少し首を傾げてまた前を向き直った。相変わらずの無表情で彼の目に目の前の少年とも見える特待のボスがどう映ったかは分からなかった。
「君はいくつだ?」
「結果を得るのに歳は関係ありません」
アーヴィンはコップを両手に抱いてちびちびと飲み始めた。
正面から見るとコップの底と前髪の帳でほとんど表情が見えない。拗ねた子供に見えてリーダは再び戸惑った。
「リネも協力すると言っています」
「! そうなのか?」
「言ってません!」
驚いたのか飛び跳ねるように立ち上がって、リネはぶんぶんと首を振った。
手を繋がれているものだから葵も自動的に立ち上がる羽目になって、リーダに近付こうとしたリネに引っ張られて二、三歩前に出て行った。
「リネ、今のままではあなたは一生、葵から振り向いてもらえませんよ」
アーヴィンはお尻を軸に体をくるりと回転させて、リネに向き合った。
「あなたがきちんとした行政機関で働いて今までの罪を償い真っ当な人間になれば可能性はあります。葵は平和な日本で過ごしたステレオタイプな日本人よろしく、相手の仕事や立場によってまず相手をカテゴライズしレッテルを付けて、好ましくない分類をした相手にはその後関わらないタイプです」
「ちょっと」
真正面からではないが遠回しに否定されている気がしたので、葵は不満そうにアーヴィンの言葉を断ち切った。
見返してくる紫の瞳が「文句があるならどうぞ」と言いたげだ。
「葵があなたに付けた『犯罪者』と『誘拐犯』と『キチガイ』のレッテルを剥がさない限り、葵が好意的になることは有り得ません」
「そ、そんなはず…、姉さまは俺のことを愛して」
「本気でそう思っていないことくらい自分でも分かっているはずです。ねえ、葵、リネが私の組織において犯罪行為抜きで社会奉仕すれば、あなただってその頑なな態度を改めるでしょう?」
すぐさま否定すると思ったのに、リネは返す言葉がなくなったように黙り込んで頼りない表情で葵を何度も見た。
葵は考えることにした。
これを否定しては、リネは拗れに拗れて超悪者になるかもしれない。でも肯定したら…、リネの贖罪が済んだ時に彼と正面からきちんと向き合って、自分に好意を持っている相手として付き合っていかなければならない。
リネが罪を償ったとしても決して葵にリネと付き合う義務などないのだが、責任感の強い葵は自動的にそう考えてしまった。
回答には細心の注意を払わなければいけない、と思ったのに、周囲から執拗なほど視線が注がれて、葵は焦った。
すぐ隣のリネの視線よりもアーヴィンやらリーダやらの視線の方が痛い。かにゃんに至っては否定を決して許さない鋭いまなざしをしている。
「そ、…………………………………そうね………」
その声は消え入りそうたった。
しかし全員に確かに聞こえた。
リネははち切れんばかりの大声で「すごく頑張ります!!!」と叫んだ。
男性部屋での謹慎を命じられたはずのトントが廊下から走ってきて、どこから持ち出したのかクラッカーを何本もぶっ放してリネの喜びを賛美した。手を取り合って喜ぶトントとリネを見ていると、葵は自分の顔から感情が抜け落ちていくのが分かるようだった。
「リネはうちの重要な戦力だ」
奇妙な七色の髪の男と飛び跳ねるリネを見て、リーダは親のような目をしていた。
さしずめかにゃんは母親だろう、
「我々も協力する。そのつもりできた。よろしく頼む」
リーダはアーヴィンに近寄って手を差し出した。
いつも白い手袋をはめているが、その右手は肌を晒していた。
アーヴィンはコップをユノーに渡して、珍しく正座に座り直して、その手を取った。
「ええ、よろしく。ドーラ号」
なんだかユノーまで親の顔をしている気がする。
今にも男泣きしそうだ。
朗らかな気持ちでこの場を謳歌している人々の中で、自分だけが納得いかないまま流されているような気がして、葵はこの後の身の振り方を真剣に考える時間がほしいと切実に思うのであった。




