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(番外)

いつもと方向性が違うので、心を強く持って読んでください。

一文字も読まなくても今後に全く影響ないです。

 柔らかい物腰に甘い声。

 物憂げで伏し目がちな細い瞳。

 薄い唇。

 風に透き通る柔らかな髪。

 長い指。骨張っていて力強い腕。

 いつも歩測を合わせてくれるすらりとした足。

 男性なのに細くくびれた腰。


 視界に入った時に少し目を惹かれるだけだったのに、手を取られて階段を降りた時、すっかり虜になってしまった。

 はっきりと心が盗まれる感覚があった。あなたの口から私の名前が出てくるなんて、それまで考えてみたこともなかったのに、一度きりその声で聞いてしまってから、毎晩毎晩もう一度と、そのことばかり。

 だから、あなたに心を打ち明けた時、同じ気持ちだったと聞いて、心から嬉しかったのよ。

 すごくすごく幸せで、私ったら、泣き虫を存分に発揮してしまったわ。

 でも、あなたも同じように幸せそうに笑ってくれて、抱きしめてくれて、そのまま朝まで一緒にいてくれて、とっても嬉しかった。

 だから私もあなたみたいに、幸せな時は笑おうって決めたのよ。


「おばあちゃんの具合が悪いみたいなの。ちょっとお見舞いに行こうと思って。週末は会えないかもしれないわ」

「そう…。確か遠くに住んでいるんだったよね? 僕もご挨拶に行きたいなあ」

「えっ、…でも、その、そうすると、おばあちゃんは古い人だから、誤解されちゃうかも…」

「誤解?」

「その、将来を考えて付き合っている人だって、思っちゃうかもしれないわ」

「じゃあ、ますます行かなくちゃ」


 あなたって本当にとんでもない人なんだから、私びっくりしちゃったわ。

 あの時の私、みっともなかったでしょう? 真っ赤になって黙り込んじゃって…。泣かないように必死だったのよ。こんなに幸せなことが起こるのかしらって。

 おばあちゃんはすぐにあなたを気に入って、あの日からずうっと、連絡を取る度にお似合いだって煩いくらいだったのよ。私とっても気持ちが良かったわ。そうでしょ、そうでしょ、私には勿体ないと思っていたけど、私たちお似合いでしょって。

 あの時の私、ちょっと調子に乗っていたのね。


 友達の集まりにも何度もあなたを引っ張っていったわ。あなたは場違いだって言ってくれたのに。皆に褒められたかったのよ。そして自慢したかった。私の彼氏ってこんなに素敵な人なのよって。

 皆は最初はちょっと嫌そうだったけど、すぐにあなたを受け入れたわよね。あの後、色んな子から素敵じゃないって褒められて、次も呼んでいいわよって。


「ねえ、彼、素敵だったわね。やったじゃない。あんたがあんなのを手に入れるなんて」

「えへへ…、そうでしょ。私も夢みたいなの」

「優しいし知的だし、すっごく話しやすいし、ねえ、離すんじゃないわよ」

「うん。もう将来も約束しているの」


 お母さんもお父さんもすぐあなたの虜になったわ。

 私のお父さんは教員として厳格な人で、身寄りのないあなたを警戒していたけれど、おばあちゃんがよく話をしてくれていたおかげもあるかしらね。その日の夜には一緒になってお酒を飲んでいたわね。あなたはまだ未成年だったのに、飲め飲めって、ずーっとご機嫌だったわ。お母さんも呆れていたのよ。


 でも、まさかその日のことを録音して警察に持ち込むほど怒っているなんて思わなかったわ。

 私に一言でも帰りたいって言ってくれれば…、いえ、それは私も悪かったわね。父が婚約者に無理にお酒を勧めるなんて、あなたがいくら嬉しそうに見えたからって、考え無しだったわ。

 お父さんは辞職して、毎日お酒ばかり飲んでいる。お母さんがおばあちゃんに助けを求めたけど、あんないい娘の恋人に飲酒させるなんてって取り合ってもらえないばかりか、とうとう勘当されてしまったわ。

 あの時、あなたを酷いって責めたけど、あなたも悲しそうに、あの後体を壊したって打ち明けてくれたから、やっぱり私が悪かったんだって、私も両親とは縁を切るわって約束したんだったわね。あの時のあなたの嬉しそうな顔、今でも夢に見るわ。親よりも自分をとってくれた喜びだって、私、信じていたわ。


 それ以来、なんだかちょっとおかしくなったわ。


 私の友達が次々にあなたの恋人は自分だって言いに来るのよ。あんたは遊び相手だって。私が初めにあなたを紹介したはずなのにね。

 まるで自分の方があなたとの付き合いが長いみたいに、いいえ、出会う順番が違っただけで自分こそがって言ってきた子もいたわ。あなたが素敵すぎて、皆夢でも見たんだわって思ったの。とても許せなくて、あなたはおかしくなっちゃったのねって、片っ端から友達をやめたわ。あの時も怒っているけれど長年付き合った友達を失って泣いている私を、あなたはー晩中慰めてくれたわね。

 でも、きっとあの子たちが言っていたのは本当だったのね。一度きりでも、あの子たちを抱いたのね。


 お母さんが泣きながら電話をしてきたわ。

 おばあちゃんが亡くなったんだって。

 私の知らないところで何度もおばあちゃんに会いに行っていたのね。お見舞いだって言って。あなたが医者の卵だったなんて聞いたこともなかったわ。違う大学に通っているけど学んでいる学問のジャンルは同じだって言っていなかった? 純文学が好きだって言ったじゃない。

 おばあちゃんからは一銭も貰っていなかったんですって? 一緒にご飯を食べる時も、自分で食材を買ってきて、台所を借りるねって言って、光熱費使ってごめんなさいとか言ったんですって? おばあちゃんは筆まめな人だったから、日記に全部書いてあったわよ。

 おばあちゃん………、おばあちゃん、喜んでいたわ。

 最期に生涯で一番素晴らしいお医者様に会えたって、

 体が楽になったのは単に麻薬めいた薬を打っていたからだけよね。心臓が痛くなくなったのは、副作用が大きすぎて使用禁止になった薬が投入されていたからだって説明を受けたわ。

 でも、おばあちゃんはあなたに感謝していたわ。

 彼の勉強の良いサンプルになれたかしらって。孫の婚約者が、あんな人で良かったって。

 どうしてお金を取っていかなかったの? まだ見習いだからいらないだなんてどうして言ったの? まだお金目的だったら分かりやすかったわ。私とのデートでも、私は一度も自分の財布を開いたことなかったわ。何が目的だったの?


 私と結婚するなんて確かに一言も言っていなかったわね。私が、私が舞い上がっていただけね。

 あなたは結婚を餌に私にお金を要求することもなかったわ。

 でも、でもあなたは詐欺師よ。

 とんでもない人だわ。

 私から何もかも奪っていったわ。

 あなたが他の人からもいくつも訴訟を起こされているって聞いて、私、涙が止まらなかったわ。

 たった一人ですらなかった。

 あなたは、あなたなりの愛だって言ったけど、あなたの愛は、あなた自身に向いたもので、あなたの心を満たすための愛であって、私じゃなくても良かったんだわ。


 どうしたの? 私がこんなにボロボロ泣いているのに、退屈そうね。拘留中は女の泣き顔なんて見られなくて愛の行き場に苦労しているんじゃないかと思って会いに来たの。ちょっとは私を必要としてくれるんじゃないかって打算があったわ。まだ私、あなた以外に体を預けた人はいないのよ。馬鹿みたいね。本当ね。私、馬鹿みたいね。あなたはもう、私の泣き顔なんて、飽きちゃったのよね…。




「トント」

「うん…? なあに、ネエサマちゃん」

「変なカクテル作ってないで、普通のコーヒーをいれてよ。飲み物の前でぼーっとしている暇があるなら食器を洗ってよ。それからロを半開きにしていると気持ち悪いから閉じてよ。ロの中が乾くと風邪を引きやすくなるわよ」


 こんっ、と使い終わった後のようなコップが二つほど目の前に置かれた。

 先ほどまで作っていたはずのカクテルは、すっかり内容物が沈殿してしまっている。すぐにかき混ぜないといけなかったのに、失敗したようだ。


「ボク、そんなつもりなかったんだけどなあ。ボクなりに一生懸命相手のことを考えまくって色々したんだよ? どうしたら一番いい泣き顔になるかなって」

「何のことかよく分からないけど、とにかく気持ち悪いわ」

「飽きていたわけでもないんだよ。あの時は同じ刑務所内に可愛い~ぃ子がいてさあ、その子に夢中だったんだ。面会なんて引き離されちゃうだけのつまらない時間だったんだよ」

「キモいわ」

「んふふ、大丈夫、ネエサマちゃんが泣く方法は考えてないよ」


 眉を顰めて、じっとりとした目付きが見据えてきた。

 ほらね、彼女が泣く方法なんて考えなくていい。彼女はもっといい顔を持っている。


「ボク、髪の毛染めたんだ」

「そうなの?」


 ぱちぱち、と黒い瞳がニ三度瞬いた。


「まあ、変な髪の色だもんね。生まれつきのわけないよね」

「変かなあ」

「変よ」

「似合ってない?」


 七色ほどに分かれた髪の毛を指差してみると、彼女は体を右に左にずらしてみながらマジマジと頭部を観察した。


「ううん、トントらしいかも。そんなのが似合うのなんてトントくらいかもね」

「あ! あー! 姉さま! 今、今、トントを褒めましたね! 何て言ったかは聞こえなかったけど僕には分かるんですから! あー! どうしてトントばっかり! 僕も、僕も頑張っていますよ。今日はパソコンが足し算を勝手にしてくれるという方法を覚えたんです。頑張っています!」

「うるっさいなあ…」


 泣き顔がねえ、堪らないんだ。笑顔よりもよっぽどいい。

 何度でも心を蘇らせる。

 怒っている人というのも、なかなか魅力的だ。波打つ感情の渦に、相手の心に、瞳の中に、納まりきらないくらい自分がいるって考えると、それだけで


「はあ…、気持ちいい…」

「キモいのよ!!」

「あー! 雑巾を! 雑巾を投げつけるならリネに投げつけてください!! トントばっかり! 姉さまはトントばっかりです! わー!」


 しばらく、愛の行き場に苦労しない。

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