特殊組織犯罪対策機構
特殊組織犯罪対策機構―――通称特対とは、組織犯罪の中でも類を見ない、情報が少ない、歴史が浅い等の理由で、専門家の少ない特殊な犯罪組織に対応する為の国際的な組織で、複数国が援助し合って発足した、人種を問わず職種を問わずあらゆる人物で構成された組織である。あらゆる犯罪に対して対策が生まれる昨今、新時代に合わせて進化する犯罪手段に対抗する上で、専門知識を持ったプロフェッショナルを集めている。警察関係者に関わらず、技術家、武道家、研究者、医者、前科者でも、知識や技術に特別な才能があればスカウトしてくるという噂だ。殴って引き摺って縛り付けて脅して強請ってでも協力させるという噂もある。
その存在は謎に包まれているが、関係者が唯一漏らす情報、紙コップに入った安物のコーヒーを握りしめて、同度も繰り返し呟くことがある。
この人材不足どうにかならないの―――。
「マリアンヌ、ボスはミルクをお望みだ」
「彼の言う適温はわたくしには計りかねます。この業務は私には適任ではないようです。女性を給仕係と認識する思考はジャパンですら時代遅れと笑われております」
「…………ジャック………」
「何も言わないで、ユノー。俺はボスのあの目を見たら死んじまう」
「お前、よく毎日生きているな…」
世間から義賊と呼ばれ、盗賊団と呼ばれ、空を旅していて楽しそうだなあと子供達に言われている犯罪組織、通称「ドーラ号の人たち」を捜査する「ドーラ号の人たち科」は四人構成だ。全員何かしらの技術に卓越した人物なのだが、どのような職種でも与えられた業務の他に雑用が伴うものだ。プリンターのトナーを補充したり電球を交換したり壊れた椅子を直したり掃除をしたり………。これも大切な仕事だ。しかし、一心に一つの物事を極めたプロフェッショナルにとっては、自分にしかできない仕事を差し置いて誰にでもできる仕事をやるようなことは困難なのだ。
「ジャック、ボスは人の目を見て話すタイプではないのですから、見ないで渡せばよろしいのよ」
「マリアンヌは怒られたことがないからそんなことが言えるんだ! 人を責める時だけは滅茶苦茶見るの! あのもっさりした固形物みたいな髪の隙間から、真っ黒な瞳が覗いているの!!」
「髪は固形物ですよ」
「ボスの瞳は紫色だぞ」
「どうでもいいんだよねえ!!!」
結局ジャックは泣きながら72度のミルクを入れた。
72度だと信じていたのはジャックだけだった。彼らのボスは75度のミルクをチビチビ飲みながら、もっさりした髪の隙間からじい―――っとジャックを見つめていた。
「アーヴィン、許してやってくれ」
「怒っていません」
「許して、アーヴィン!」
「怒っていません」
必死に頭を下げるジャックと、その隣で彼の背広の背中を大きな手で優しく撫でながら一緒に頭を下げるユノーを、この科のボスたるアーヴィンはじっと見つめていた。
彼はまだ他の仲間達から少年と呼ばれるほど幼かったが、誰もがボスと認めるだけの実力があった。
この組織にいるのに相応しく、産まれも育ちも一部の者しか知らない。ここで働く者は皆、表向きは別の勤務先で仕事をしていることになっている。世間からこの組織に関与していることを知られないように、親兄弟にすら徹底的に隠す秘匿性が求められているのだ。
その点、彼は、彼を詮索する身内も、友人もいなかった。
アーヴィンは身長が140センチもない頃に先進国の警察幹部がぽんっと連れてきた存在だったが、正体不明の彼を国家機密に関わらせるのはおそろしかったようだ。しかしその知識量と記憶力や推理力に関する能力値は凄まじく、手放すのも借しいとなり、この組織に投げ込まれた次第。人間性を閻魔様に捧げることによりありとあらゆる能力をカンストさせたタイプ。
「ドーラ号は先日、ポルトハーバートモート上空にいたようです。あの国のセキュリティ情報を得て解析してください」
「承りました。わたくしがいたします」
紅一点のマリアンヌは代々警察官僚を勤めた名門家の産まれ、サラブレッドだ。サイバー犯罪に特化し、犯罪者の心理を知る為に他国の警察組織の回線にハッキングして、痕跡を残さずに去ることもできたはずなのに、若かった彼女は全ての電子データに自分の名前(本名)を記載し大問題となり、ここに来た。情報収集能力に長けている。
「よろしくお願いします、マリアンヌ。ジャック、あなたはレンジに貼り付いている暇があるなら団員の名簿の整理をしてください。先日嵐に追突した影響で資料が散乱しています」
「やったら許してくれる? 許してくれる?」
ジャックも若いメンバーだ。
ここでは新参。弱腰だがこれでも前科者だ。美術品や骨重品を主に贋作を作って売っていたしがない小犯罪者だったが、ある時愛読していた稀観本が彼の手による贋作だと知ったアーヴィンが怒りのあまり彼を呼び寄せた。データ整理を主にやっている。今のところ役に立っていない。
「ユノー、このミルクを72度にしてください」
「俺がやるしかないのか…」
最年長のユノーはこの科が発足する際にアーヴィンと共に配属された最古参だ。自国の為に努力を惜しまない、体術に長けた警察官だった。机の上に置いた座布団の上で膝を抱えてピクリともしないアーヴィンの身辺警護の為に、アーヴィンを連れてきた警察幹部が周囲の引き留めも振り切って無理矢理配属した。デスクワークは不得手だが、アーヴィンからの信頼は厚い。各国警察との橋渡しも彼の重要な役目だ。
要するに掃き溜めだった。
それでも誰よりもドーラ号に近い存在だ。生活環境の整った小さな飛行船で、故郷に帰る暇もないまま、毎日粉骨幹身、ドーラ号のことばかりを考えて
「電話です。ユノー」
「ハロー。こちらドラ科ユノー。えっ、近くを飛んでる飛行機に容疑者が、降りた国で確保するべきでは、いや、空中で乗り換えるというのはな、簡単ではないんだ、………確かに装備は積んでいるが、いや予算を与えると言われても、そちらに向かっていたらドーラ号に追いつけなく、いやまあ細かい座標は分かっていないが最近立ち寄った場所は暫定できて、おい待て、ミルク代は削らないでくれ、ミルク代を盾に取るとは卑怯だぞ」
組織的な犯罪集団とは言え、緊急性も凶悪性も低くその対策に積極的な国はあまりない。
「ユノーはノーと言えない日本人です」
「…………………………俺は日本人じゃない…」
「アーヴィン、そんな物言いはよくありません。ユノーの努カをわたくしは評価します」
勢いよく切られた電話を持ったままユノーは肩を落とした。
マリアンヌは仕事の手を止めて、ユノーの手から受話器を受け取り、静かに置いた。
「よろしいではございませんの。お給金を得る良い機会です。このままでは来月にはわたくしの私用の携帯が未払いで止まってしまうところでした」
「今月の給料をまた使い切ったのか? マリアンヌ」
「じいやがいけないのです。家と緑を切られて以来、わたくしの口座の面倒を見てくれなくなったのです。ユノーはどちらの会計士と契約されていらっしゃるの?」
「その会話はどうでもいいので空を降りてからやってもらえますか。ユノー、座標が届きました」
「承知。旋回するので総員注意しろ」
声の届かない資料室でジャックが大量の資料をぶちまけながらひっくり返りつつ、特対はドーラ号から遠退いていった。
プロフェッショナルが集まると名高い特殊組織犯罪対策機構、彼らの名は、ドーラ号にももちろん届いていた。
***
葵は期待に充ち満ちた。
助けが来る可能性があるのだ。
特対がこの船に追いつけば救い出してもらえる!
我らの敵にあたる人物達の情報を聞いて目を輝かせる姉を見て、弟の顔は死人になった。
「な、な、な、何でその人達のこと知りたがるんですか」
「帰れるかもしれないから!」
「帰れるって何の話ですか! 姉さまのお家はここです! きょうだいなんだから僕が住んでる場所が姉さまが住む場所です!」
「うるせええ。親と犬のいる場所が私の家じゃい」
葵は思わず語尾を荒げて全速力で走り出した。蔵書室と反対側のドーラ号の端っこは空を仰げる憩いのテラスだ。外の風は入ってこないが。そこまで行って広い空を眺めて、希望を見出していた。
空を臨む彼女の爽やかな笑みにかにゃんは喜びと共に一抹の寂しさも覚えていた。リネは一抹どころではなかった。
犬の存在が姉にとっての家の要素と知ったリネは早速四つん這いになって姉の足下をうろつき、「自分が姉と言ったじゃないですか」と泣きじゃくった。そのあまりに哀れな様子に団員たちの視線は生温かかった。葵は見てもいなかったが。
そんなリネを鋭利な足で踏み付けて、エルロイがやってきた。
「新しい任務。メェル、マリソン、かにゃん、リネ、梁、集合」
「踏んでます! 刺さっています」とても痛い!」
テラスにいた何名かがさわさわとエルロイの元に集まり始めて、彼らは消えていった。
(新しい任務。着陸するかしら、いえ、それよりも、出口が開いたタイミングでマーク号で逃げた方が良いかもしれない。走って逃げるよりは速いし、空に飛び込むよりは生き残れる)
助けの可能性が、葵の脱出する決意を強くした。
もう四の五の言っていられない。毒される前に毒沼から抜け出さなければ。
問題は、マーク号を使うとして、その使い方をどうやって学ぶかだ。
葵は蔵書室でエルロイがマーク号に乗っていたのを思い出した。
蔵書室はドーラ号の二階から三階までぶち抜いた構造で、縦に長い壁は、角の細い窓を除いて一面本棚だ。一応可動式のはしごが付いているが、エルロイはマーク号を飛ばして背の高い本棚の整理をするのが通常のようだった。たまに浮いたままのマーク号に腰掛けて空中で読書している。
そうして早速、蔵書室でエルロイが帰ってくるのを待ち、話を持ちかけてみた。
「何か企んでる」
「そうなのですか?! 姉さま!」
「違います」
「違うそうです! エルロイは失礼です!」
秒でバレた。
来るまでによくよく考えたいいわけを―――本を探したいだとかちょっとずつ読みながらお気に入りを見つけたいだとか表紙で選ぶとか―――思いつく限り軒並み述べてみたが、エルロイはそれをじっと聞いて、すぐにそう言った。
しかし葵を探して犬並の嗅覚で蔵書室へやってきたリネによって罵倒され、エルロイは葵を追求することもなく、二人を蔵書室から叩き出したのだった。葵が何を企んでいるか、さほど興味もなかったのだ。
「エルロイは目敏い方だった…」
「なんて失礼でしょう! 姉さまは色々なご本が読みたかっただけなのに! 逃げ出すとかそういう理由では決してないのに決っっして! ね! そうですよね! 姉さま?! もうエルロイと仲良くすることないですよ、ね! 姉さま!」
「黙れ、この野郎。絶対に抜け出してみせるからな」
「姉さまは俺の姉さまなのですから、離れることはできません! すぐに分かります。絶対に絶対に絶対に、絶対に離れられませんから」
リネは葵のカーディガンの裾をあらん限りのカで握りしめて引っ張っていた。葵はもう取り繕うこともそれに物怖じすることもなく、ただ前を向いて次の手を考えて歩みを進めた。
この男の言葉に流されて、この男を慰めるために誤魔化しの言葉を吐いたりするから、自分も誤魔化され始めてしまったのだ。
そう考えた。
「次の任務場所は、エルロイの産まれた場所だそうです」
「ヘえ」
「緑のない国と呼ばれているそうです。とても特殊な国…国と認めている政府はとても少ないので、地域と言うべきかもしれません。僕たちが戻ってきたらきっと土産話を聞きたくなりますよ。もちろん、何か名産品だって買ってきます。待っていないと酷いですよ。損をします。きっとです」
蔵書室にいる顔を年齢も性別すら不明な謎の黒い妖精についてその故郷について、葵はとっても興味を惹かれたが、そのことは表に出さないように気を付けた。自分が振り向くと信じてそんな話を始めたに違いない。でももう、そんな手に引っかかる不用心な一般人ではないのだ。
囚われ人のプロフェッショナルになるのだ。そして、必ず脱出する。
***
緑のない国―――正式名称はない。
元々は、医学を学んでいた研究者が、人から邪魔されないところで学びを深めたいと望み、志を同じくする仲間と共に荒れ果てた僻地で引きこもって勉強をし始めた場所だった。学問に必要な図書と研究機器と静かな環境を備えた大きな屋敷はやがて学問を究めていく人たちにとっての憧れの地となり、人嫌いの人が集まり始め、年老いた研究者たちは屋敷を学校として改築してからは、生徒が集い、閑散としていた土地にぽつぽつと家が建ち始めた。作物も育たない、天候も予測が付かない、海に面した部分は崖ばかりで目に楽しい自然もない。そんな土地に、気取らない家ばかりが建ち、学問にしか興味のない人間が集まり始めた。
そうして徐々に岩ばかりだった地は街の形を成し、学校の校長となった人が住む人々を統括し始め、国のようになってきた。
この国に住む条件はとても単純だ。パスポートと論文を提出するだけだ。学歴も年齢も国籍も問われない。どうやら五人ほどから了承印を貰えれば、誰だってこの国に入れるのだ。入れるのは50年に一人と言われているそうだが。
観光目的ならもっと簡単だろう。塀もないし警備兵もいない。来る者を値踏みはするが拒むことはない。手段は地続きになっている隣国から徒歩で入るのみだ。10時間ほどで付く。車での来国は避けたい。荒野に散らばった石がタイヤをパンクさせる事故が発主しているが、緑のない国はもちろん隣国も自国外のことなので助けてくれない。
国際活動はあまりない。この国に住む人の中には諸処へ旅することもあるが、どの人も中でどんなことをしているのかと聞かれても、ただ素晴らしい勉強をしていると言うばかり。
知る人ぞ知る、知識の宝庫だ。
この国にドーラ号が気を取られている内に、葵が逃げ道を見つけられることを祈ろう。
相変わらず誰だか分かってないけど評価とかBKMありがとう!ありがとうございます!ありがとう!誤字脱字報告もありがとう!ほんとごめんな!ありがとう!ごめんなさい!ありがとうございます!!




