元「お部屋」
葵の趣味ばっちりの部屋とはならなかったが、景色は一変した。
ベッドは天蓋がなくなってごくごく普通のダブルベッドだ。高級枕が二つ並んでいるのが目に眩しい。
ピンクの遮光カーテンは白を基調にした水色の刺繍が施されたシンプルなカーテンに変わり、壁紙も花柄から白に変わった。絨毯は取り除かれてごくごく普通の木目柄の床になった。アンティークの鏡は消えてごくごく普通の三面鏡。ごくごく普通のタンス、凝ったデザインの堅い椅子と机は消えて、こたつと白いソファが置かれた。窓から一番遠い壁は一面本棚になり、既に何冊かの本がぽつぽつと置かれていた。
「ソファとこたつって! どっちかでいいでしょう!」
「ええ、どっちも必要だよ。こたつは葵のお国のものだよ。ソファは僕が泊まりに来た時に絶対必要だよ」
「大きすぎよ」
「リーダと僕が一緒に寝るんだからこれくらいないと」
「こたつで寝なさいよ、もう!」
「エルロイ、この本の言葉、何語? 私は読めないんだけど…」
「エルロイが読むからここに置く」
「ここはエルロイの本棚じゃないんですよ! 姉さまの本棚なんです! 私物は置かないでください!」
「うるさい」
「この小さい枕、葵が使うの?」
「エルロイが使う」
「どうして僕と姉さまの枕の間にエルロイの枕があるんですかッ!! おかしいでしょう!!」
「あれ、リネの枕だったの? 葵、窓から捨てとこうか?」
「いいの? かにゃん。助かる~」
丸一日かかった模様替えは夜遅くに一段落し、付き合ってくれた団員にお礼を言った。引越祝いとは違うが、食堂で慰労会をしよう!と盛り上がる団員達の誘いを丁重に断って、葵は早々に部屋に戻ることにした。
「もう騙されないんだから。あの人達は悪い人、悪い人、悪い人……」
葵は先日まで彼らに絆されかけていたことを反省し、不必要な交遊を持たないよう心がけることにしたのだ。普通の食卓ならまだしも、宴会の賑やかな空気に流されてしまう可能性がある。
窓に映る自分を見ながら懇々と言い聞かせた。
額を押し当てるほど窓に近付きすぎていたせいか、後ろに男が立っているのに気付かなかった。
「悪い人とは誰のことですか?」
「ヒイッ」
「団員のことですか?」
心臓が骨と皮膚を打ち抜いて出てくるのではと思うほど、激しく鼓動した。
振り向いてみると想像以上に近くにリネが立っていて、葵の視界をリネが埋めていた。
「誰かに、乱暴されたんですか? ひどいことをされたとか? 言われたとか、覗かれたとか、悪戯されたとか、何かあったんですか?」
少し高い位置からリネは首だけを曲げて葵を見ていた。
人と人とが話す距離ではない。葵は距離を取りたかったが、あいにく後ろは夜空の広がる窓だ。横に移動したいが、片方はリネの体があって狭く、もう片方はベッドが横たわっている。葵とリネとエルロイのらしい枕が並んだダブルベッドだ。こいつの前でダイブするのは何故か受け入れがたい。
「ちがいます」
「言ってください。姉さまの悪しき敵は僕が排除します!」
「いえ、特に、何もされてません」
「何故敬語なのですか? 敬語は嫌です! やめてください。あ、もちろん、折り目正しい姉さまも大好きです。でもほら、僕は弟なのですから、敬語を使うのはおかしいです。やめてください」
「敬語やめるから出て行ってくれる?」
「出て行ったら敬語をやめてくれますか?」
「うん」
「分かりました!」
リネはすぐに離れて部屋を出て行った。
とっても聞き分けが良い。
今までこんなあっさりと消えたことがあるだろか。それほど敬語が嫌だったのだろうか。これは切り札にな
「戻りました!」
葵は思わず膝から崩れ落ちた。
バンッと閉まってバンッと開いた扉のリズミカルな勢いに背中をどつかれた気分だった。
「リネは聞き分けの良い弟になりました」
毒気のない爽やかな笑みで手を差し出す男を見て、悪知恵を覚えたのだと察知した。
こちらももう少し知恵を働かせないと、敵はドヤ顔であちらの要求ばかり強要してきそうだ。
リネに手を引かれて立ち上がって、改めて部屋を見てみると、すっかり変わったのがよく分かった。
前の住人の形跡など一つもない。まっさらな部屋だ。お姫様が寝ているような寝台も、お姫様が着ているようなロリータな服を纏ったマネキンも、お姫様がお茶をするようなテーブルもない。目に優しい空間になった。
「結構変わっちゃったね、前の家具とか服とか、まだ使えるものがあったのに」
「ここは姉さまの部屋ですから」
離さずにいた葵の手を、リネは力を込めて握った。
「僕の、姉さまの部屋ですから、姉さまに相応しくないものは、あってはいけない。です。あれらは相応しくありませんでした」
ゆっくり話すリネの顔を葵は歓察してみたが、リネは気付いていないのか、葵の顔をちらりとも見ずに、部屋のどこか一点を見ながら一言一言噛みしめるように話した。
手の力は強さを増して、痛みを感じたので引いてみたら、リネはもう片方の手で葵の手首をガッと掴んで手を組み直した。指の間にリネの指が入ってきて、手の甲に爪を立てられるようにぎりぎりと締め付けられる。
悲鳴を上げたかったが無表情のままその手を見つめているリネの顔ががあまりに怖かったのか、音にはならなかった。
「この部屋は始めからこうでした」
手を見つめ続けていた顔は、瞳だけがゆっくり上を向いて葵を見つけた後、不自然なくらいぎこちない動きでゆっくり顔を上げた。
ギギギと硬い音が聞こえてきそうな動きだった。
「前の住人なんていませんでした。そうですよね?」
ちょっと新しいリネだ。
どう対処するのが正解か葵には分からなかった。
おそらく否定は良くないだろう。葵は無言でこくこくと領いた。
「ああ、よかった! やっぱりあれは、とっても怖い夢を見ただけだったんですね! 俺の姉さまはあなたです! 産まれた時からずっとそうです!」
リネはぐるりと表情を変えて、子供のような笑顔になった。口も目も緩みきってふにゃふにゃだ。手の力もまるでなくなって、両手で葵の手を持ってぴょんぴょん跳びはねる姿はさっきの人形のような無表情とはまるで別人だ。
ちょっと、選択を間違えたかもしれない。
葵はそう思った。
お部屋と共に、彼の記憶もまるっと模様替えしたようだ。
誤字脱字報告ありがとうございます!
どなたから頂いたのか分からないので今回も読んで頂けていると信じてこの場を借りて御礼申し上げます。
ありがとうございます!
手で書いたのをアプリで読み取っているのでどうしてこうなった?みたいな間違いが多発しています。
すみません!
それを乗り越えていつも読んでくれている方もありがとうございます!
ありがとう!すみません!気を付けます!ありがとうございます!!




