報復
廊下ですれ違う団員に挨拶されるようになった。
食堂で隣の席に誘われることが増えた。
廊下で立ち話していると不意に背中を叩かれることもある。
仲間を看病して、捕らわれても戻ってきて、挙げ句団長の大切なお友達の大切な楽器を取り戻してきた。もはや戦友と呼べる存在に格上げされたらしい。
何なら夕飯のプリンを与えてくれる。
自分がしたことながら、自分で外堀を埋めているような気分だ。
「葵はあの国で日本に戻れるって言われていたのに、僕のキィを持って戻ってきてくれたんだよ!」
追い打ちをかけるようにマーロがそれはもう嬉々としてその話を広め回り、葵は慌てて止めようと思ったが、天井から降ってきた黒い手に羽交い締めにされて掃除用具ロッカーにぶち込まれたせいでそれは叶わなかった。
「田中さん?! 何するんですか! ご無事だったんですね! 何よりです! でもマーロを止めないと! あっ、言い忘れていましたが、その節はお世話になりました」
「忙しい女だな、クソが、今日のわーは高橋。そうお呼び」
「あっ、田中さんではいらっしゃらない。別のリストバンドさんでしたか」
葵はあの国で起こった様々な出来事に頭が混ぜ返され、手と声だけでしか存在を確認できない田中のことをリストバンドの妖怪と思っている。
「あの国でのことは秘密にするんじゃないの」
「ああ…、そうでした。でも」
「王子様がこーんな酷いやつだったからって説明したら、マーロの番ちゃんが死んだことも言わなきゃいけなくなるよ」
「うーん、それ、どうなんでしょう。言ってあげた方が…」
「わー、酷い女。マーロのことを傷付けたいんだ」
「ち、違いますよ。でも、後になって、葵は知ってたんだねってなるよりは」
「ふーん、保身でマーロのことを傷付けたいんだ」
「う、…………うう~」
狭いロッカーの中、箒とちり取りと掃除機に囲まれながら、葵は両手で顔を覆った。
この妖怪は言葉選びに容赦がない。
「え、ちょっと、なにさ、泣くほどのこと言ってないでしょ。卑怯じゃない」
「そうですよね、たな…、高橋さんは泣く目もないのに…」
「なんだおまえ。あるわ」
「リストバンドにも目はあるんですね、知りませんでした」
ロッカーを僅かに開けて飛び込んできた手がばこんと頭を叩いた。
すぐにバタンと閉められて、「とにかく、余計なことは言わないの」と言い残して声は消えていった。
何を隠そう、リネと同じくらいの熱量でマーロが葵の帰還を喜んでいて、そのマーロを見てリーダはそれは幸せそうにするので、田中―――高橋はこの状況に水を差したくないのだ。新参者が余計なことを言わないよう天井から床下から壁の隙間から注意深く観察していた。
「姉さま! 探しましたよ。何故こんなところに」
しばらく後、リネがロッカーを開けて葵を引っ張り出した。
中から開けられないことに気付いた葵のしくしくとした弱々しい泣き声に団員の一部が良かれと思ってリネを呼んだのだが、葵はもちろん、出来れば他の人間が良かったと思っていた。
ロッカーから出ようとリネが手を貸して、葵の左腕をぐっと引っ張ったその時、
「痛っ」
「えっ! え、どうしました? すみません、すみません!」
カーディガンの下の左手首が腫れて赤くなっている。
あの暑い国で地下迷宮を彷徨っている時に転んで手をついていたことを思い出した。帰ってきてしばらく、疲れなどにかまけて気付いていなかった痛みが、自覚するとどんどん湧いてくる。
「ど、どうしたんですか! これ」
「あー…、あの国にいた時に、そういえばちょっとね」
「あの国の人間にやられたんですか?!」
「えーと、いや、えーと」
地下での鬼ごっこは黙っていた方が良いだろうが、かといってあの腐れ王子を庇うようなことはしたくない―――。
「そう、王子にちょっと押されてね。まあ、私が躓いちゃっただけなんだけどさ」
冗談のような軽い調子で葵は笑いを交えてそう言った。
しかしすぐに足首を痛めた時のリネの狼狽ぶりを、夜中の侵入を思い出して、ベったりとした看病が始まるのではないかと、取り乱し始めるのではないかと葵はハッとして冷や汗をかいた。
「そう………、押されて」
だが、リネは随分冷静な顔をしていて、真顔でじっと葵の手を見ているだけだった。
「エルロイに見てもらいましょう」
いつもよりワントーン落ち着いた調子でそう言うと、葵の右の方の手を取って歩き出した。
取り乱して吠えている時よりも、遣いつくばって号泣している時よりも、通常ではない違和感を強く感じて、葵は手を転り解くことも忘れて前を行く背中に黙って従った。
***
今日の目覚めは静かで、穏やかで、不穏だった。
扉を開けた先の部屋でいつも自分を待ち侘びている男がおらず、いや、それはもちろん思わぬ喜びであったはずなのだが、シンとした部屋は主の不在に戸惑っているかのようだった。
でも自分が彼の所在を詮索するのもおかしいと思い、すぐに「あいつがいない、ヤッター!」という気持ちに切り替わった。
弾む心で無駄に廊下を散歩したり、蔵書室に行ったりしてみて、誰にも監視されていない時間を満喫していた。色々な団員から話しかけられ、顔なじみもちょっと増えたところで、かにゃんが慌ただしく近寄ってきた。
「葵、あんた、リネを見ていない?」
「え? いいえ。朝からいなかった」
「かにゃん、いたか?」
「いいえ、いないわ」
廊下の角から出てきたリーダもリネを探しているようだ。
どうやら次の任務について関わる団員を集めて話し合いたいそうだが、メンバーの一人のリネと連絡がつかないらしい。
「マーク号が一台ないようだ。外に出たのかもしれない」
リーダは耳に付けたイヤホンのようなものに指を添えながら、腕に巻かれた時計のようなものを確認していた。
その横に、葵がポルトハーバート・モートで世話になったリストバンドも添えている。
「田中さん」
それを見て葵はリーダの腕に向かってにこやかに手を振ってみたが、何の反応もなかった。
かにゃんがちょっと首を傾けて、訝しげに葵を見ただけだ。
「どうする? リーダ」
「まあ、夜に招集をかけるさ。連絡機は持って行っているはずだ」
団員が無断で外出するのはそう珍しいことでもない。
かにゃんもちょっとした買い物をしに短時間外出することは多いし、どこの上空を飛んでいるか分かるやいなや飛び出していく梁のような好命心旺盛な団員もいる。
リネにしては珍しいが、何か姉の為に買い物にでも行ったんだろう。
色気づいて可愛いな。
等とその場は団員たちが笑って葵をからかって、葵は随分不快な思いをした。
しかしその夜、もっと心を暗くすることが起きた。
遅くになって帰ってきたリネが葵に差し出した麻袋の中には、人間の左腕が入っていた。
「う、う、う、うわ―――――、えっ?! うわ―――!」
「うるさい。何で葵じゃなくて梁が叫ぶの、うるさい」
「きゃああああ――――、えっ?! え、えっ、えっ? 腕? えっ、きゃあああ―――!」
「かにゃん、うるさい。せめてエルロイから離れて」
蔵書室のすぐ近くにある小広間はくつろぎの場所のはずだった。
そこでかにゃんや梁や、珍しく蔵書室から出てきたエルロイと歓談しているところだった。
どこか昏い瞳のリネが、普段の服装とはまるで違う薄汚れた真っ黒な服装で帰ってきて、輪を作っていた葵たちの中心に満面の笑みで置いたのがこれ。
切断された部分はまだ赤々として中心に白い丸が見え、骨ごと綺麗に切れているのがよく分かる。皮膚も血管も何もかもが真っ直ぐすぱんと切れて、そこからあふれ出る赤い液体がどくどくと麻袋を汚していた。まだ指先まで血が通っているような息づくような肌色で、人差し指、中指、小指に太いリングをしている。きらきらと大きな輝きを持つその指輪に、葵は見覚えがあった。この褐色の肌に。
「ハー、メド………?」
しかしそれを指摘する余裕もなく、バサッと姿を現したそれに葵は息を呑み、震える口を押さえることしか出来なかった。
差出人は笑顔でそれを葵の膝先までずりっと押し出し、自身も目一杯葵に近付いて顔を寄せた。
間近に迫った空色の瞳は、光を失ってなお生き生きとしている。
「姉さまに差し上げます!」
「え………、いや、いらな」
「手の調子はいかがですか?」
「あ、え、エルロイに治療してもらって、もう痛まな」
「お可哀相に! 苦しい思いをされましたね。リネがきちんと責任を取らせてきましたよ!」
二人の周囲はにわかにざわつき始めて、身を乗り出すリネの上体と、できる限り反らして遠のく葵の上体の隙間に梁が恐る恐る顔を突っ込んで、指先をちょっと摘んでカない腕を持ち上げて確認した。
そうして四つん這いのまま虫のように下がっていき、エルロイを抱き込んで壁まで逃げたかにゃんに「本物っす」と報告し、二人を含む小広間にいた数名の団員は高低様々な大声を上げた。
葵も抑えきれない叫声が喉まで来ていたが、目の前の男がそれを許さない。
褒められるのを待つ犬のように大きな笑顔で頬を赤らめているのに、暗い目が真ん丸に見開かれて自分を映している。正座する葵を閉じ込めるように左右に置かれた手が行く手を阻んでこの場から立ち去ることも出来ない。葵は口を押さえて震えたまま、とても長く感じられる時間の中でリネと至近距離で見つめ合っていた。
「ちょっと、リネ! これ、誰のなのよ! 何の任務なのよ!」
「? 先日の砂漠の国の王子のものです。曲がりなりにも偉い人だから殺すなって言われていたので、殺さずにおきました」
足を細かに震わせてエルロイを腕にしっかり抱えながら走り寄ってきたかにゃんに対し、リネは真正直に応えた。
これがやはりハーメドの腕だと分かって、とうとう葵はふらりと床に倒れ込んだ。
「姉さま?! 大丈夫ですか! どうなさいました?」
「葵」
かにゃんの腕からするりと抜けて、エルロイが小さな足で葵に寄っていく。
少しだけ意識が遠のいたが、葵の心はすぐに現実に戻ってきていた。
いつの間にやら横に回り込んできていたリネが、エルロイの細い腕から葵を取り戻して、再び自分と向き合うように葵の姿勢を正すと、「喜んで頂けたんですね!」と顔を綻ばせて手を取った。
自分の顔がどれほど血の気を失っているのか、ガンガンと痛む頭が教えてくれているようだ。
喉まで来ていた叫びは行き場を失って脳内を巡り、目に到達したかのよう。じんわりと涙が押し寄せてくる。
この顔のどこが喜んでいるように見えるのか。
「姉さま、誉めてください」
リネはその顔をぐいっと葵に差し出した。
葵は目でかにゃんやその他の団員に助けを求めた。
腰にまとわりついてきゃーきゃー言っている梁を振り払ってかにゃんが勇ましく立ち上がり、麻袋を丸めて持ち上げると小広間の隅まで届くように号令をかけた。
「解散! かいさーん! 他言無用なんだからね! リネ、リーダの部屋まで出頭なさい! 梁、これ持って行きなさい」
「絶対にヤダ、ヤダ――――!」
「エルロイが持って行く」
泣き叫ぶ梁を細く尖った足で踏み付けて、エルロイがかにゃんから麻袋を預かると、さっさと小広間から出て行った。
かにゃんはリネを蹴飛ばして葵から引き剥がそうとしたが頑として譲らず、仕方なく葵も連れてリーダの部屋へ移動となった。リネは部屋に着くまでの間、何故行かなければならないのか何度もかにゃんに問うていた。腕をエルロイに奪われたと憤慨もしていた。リネが言葉を重ねる度に葵の顔色が失われていくので、かにゃんはそっと葵の耳を塞いでやった。
***
「え…、なにこれ、え………。マーロ、あっち行ってろ。なにこれ…」
一足先に到着したエルロイから麻袋を渡され、中身を確認したリーダは戸惑いの中で辛うじてマーロを遠ざけることを思いついたが、別室に下がろうとしたところにちょうど到着した葵を見て、マーロはすぐに戻ってきた。
入室したリネは明らかに不愉快そうにしていて、葵の顔色は死んでいた。それだけで説明は不要だった。
部屋の中央に立たされたリネは、かにゃんによって離されていく葵の後を追おうとしたが、リーダによって止められた。
船長室の中央で船長と向き合うのは、お叱りを受ける時の基本姿勢だ。
「心外です。まだ姉さまからお誉めの言葉も預かっていないのに」
「この腕の説明をしろ」
リーダは二人の間に小さな円卓を置いて、その上に麻袋を置いた。
周囲の皆のために中身はむき出しにならないよう口を閉めてある。
「砂の国の王子のものです。姉さまの腕を傷付けたので、切り取ってきました」
「え、葵、そうなの? 可哀相に。僕に見せてみて」
横の方で葵の手を取るマーロを感じて、リネは素早くそちらを睨み付けたが、リーダの一喝で渋々向き直った。
「殺すなって言われたから、一応殺さないように気を遣ったみたいよ」
かにゃんがリーダの後ろから先ほどのリネの言葉を反芻した。
「言いつけを守りました」と胸を張るリネを見て、リーダは深い溜息を落として頭を抱えた。
「殺さなければ良いという問題ではないだろう!」
「悪いことをしたからです! 仲間が被害に遭ったら10倍返しだったでしょう?!」
「それは先代の話だ。俺はそれを許した覚えはないし、もしするとしても俺の許可を取るべきだ」
「リーダは誰の許可も得ずにマーロの仲間を探して悪い奴らしか集まらない闇市場にパイプを持ったりしてるじゃないですか。本来なら俺たちの静粛対象ばかりの輪の中に! それはいいんですか?! 船長は特別ですか!」
「うーん」
「負けてんじゃないわよ」
威勢を失ったリーダの裏腿をかにゃんが容赦なく蹴り上げた。
リネに論破されかけているリーダから一歩前に出て、彼女は腕を組み直してリネと向き合った。一回り大きく見える。
「相手が悪かったわね。世界でも有数のお金持ちの王子様なのよ。ドーラ号がやったと知れたら私たちは義賊の冠を取り上げられるわ。尤もな理由がないんだから」
「理由はあります! 姉さまを傷付けたんだ!」
「手首を落とされるようなことはしてないわ。悪意はなかったんだし」
そうよね? とかにゃんに言葉を振られて、葵はこくこくと額いた。
「しました! 本当は命を取ったって足りないくらいです! リーダ、あいつはマーロの郷を燃やした一味だったんでしょう? ほら、マーロの報復にだってなりましたよ!」
「うーん」
「リーダ!」
「それを知った時は、俺も殴りたかったからなあ」
「なんとか言ってやってよ、マーロ」
「ありがと、リーダ。その気持ちが嬉しいよ」
部屋の中心でかにゃんが苛ついたたように靴を鳴らしながら溜息を吐いた。
エルロイはとっくに興味を失って、リーダの執務机の上で膝を抱えて空を見ている。
「でも、僕の家が燃やされたからって、もしリーダが王子様のお家を燃やしたら、リーダのこと嫌いになっちゃうかもなあ」
マーロはすぐ横の葵に、同意を求めるように頭をコツンとぶつけた。
その様子を目で追っていたかにゃんがふとリーダに視線を戻すと、あまりに絶望を顕わにした表情をしていたので、怒りを忘れて同情が湧いてきた。
「そうね……、私が、もしも彼に悪意を持って手首を傷付けられたとしても…」
葵はマーロのカを借りて、自分の考えを整理し、何とか言葉にしようと努力した。
そしてきちんとリネの目を見て、きちんと伝わるように、なるべく冷静に、ゆっくりと話した。
「そのお返しに手首を切り落とすような野蛮なこと、とても許せない。それを喜ぶような人間だと思われているなんて、酷い侮辱だわ」
その後のリネときたら酷い様相だった。
狙撃された対象の如く膝からぐしゃりと崩れ落ち、立たない足腰でゾンビの如く葵に這いより、足に絡みついて許しを求めた。顔から出せる体液を全て足に擦りつけられているような不快感から葵はとうとう悲鳴を上げて泣き叫び、周囲は彼らを引き剥がそうと挑んだが、このままでは葵の股が裂けてしまうと思い取り止めた。
カ自慢のダンがリネを持ち上げてみたが、葵ごと宙に舞い、彼女の下着を御披露目する事態となった為、かにゃんがダンの逞しい腕にピンヒールを刺してやめさせた。
「許してください、許してください、姉さま! ぶ、ぶ、ぶ、侮辱、だなんて、とんでもない、俺は、俺は姉さまが喜んでくれると、いえ、いいえ、そんなこと思っていないです! すみません。お願いします、許してください。嫌わないで。俺を捨てないで。許して、許して、許して、許してください、姉さま、姉さま、姉さま。愛してる、愛してる、許して、お願いします。お願いします!」
「いやいやいや無理無理無理、無理だってば、離してよ!」
「嫌だ! やだ、やだやだやだあ! きらっ、嫌いに、なったんですか。だから離れろなんて………っ、お願い、嫌わないで、許すって言って、愛してるって言ってください!」
「絶ッ対に嫌!」
ドーラ号の船長室が揺れる中で、ニ人の大声を聞いて団員たちが扉の外で野次馬をしだした。
重量軽減のため、ドーラ号の壁は薄い。喧騒は瞬く間に船中に広まったのだ。
リネの絹を裂くような泣き声と縋り付く様はエンターテイメントとして楽しまれていたが、葵とかにゃんに足蹴にされてなお諦めないその姿は団員たちの同情を誘い、葵に「もうとりあえず愛してるって言ってやったら?」と提案する者も出てきた。
「嫌っつってんでしょ! 外野は黙っててよ! それかこの男を剥がしてよ!」
「葵の言う通りよ! すっとこどっこいどもが、見てないで油でも持って来なさい!」
「苦しみから逃れる一時しのぎのために自分の心を偽らないところ、エルロイはとても良いと思う」
「今は葵への批評をする時と場合ではないのよ、エルロイ! 鎮静剤でも打ってやってよ!」
男たちが二人の周囲でどうしたものか迷い足踏みをする中、かにゃんだけがなんとかしてリネと葵の間に割り込もうと奮闘していた。
エルロイはその横で葵に拍手を送っていた。
やがてかにゃんの言葉を聞いてマーロが大量のローションを持って現れて、小瓶やチューブを全てひっくり返してリネにぶちまけた。
廊下からその様子を見ていた梁が「俺のじゃん!」と泣いていた。
「ごめん、油じゃ危ないしもったいないかなと思っていたら、ダンがもっと良いものがあるって教えてくれて」
「じゃあダンの使ってよ!」
「俺は一つも持ってねーよ。女が持ってるだろ」
「ゴムレベルの身だしなみでしょオ?!」
廊下で行われる女好きの男たちの言い争いなど、誰も興味がなかった。
摩擦を失った肌同士はするすると流れるようにほつれていき、リネが何度もがいても葵の足にとっかかることはなかった。唯一指がひっかかったスリッパを掴んだまま、マーロとリーダに引き摺られるように床を滑っていき、二人はようやく離れ離れになった。
つるつるの床からなんとか立ち上がり、かにゃんは葵を抱きかかえるように風呂へ連れて行き、リネはダンによって牢屋に投げ込まれた。
温かいお風呂で皮が剥けるほど強く足を洗って、マッサージチェアに揺られて、ミネストローネの予定だった夕飯が急通豚汁に変更になっていた事実を知って、葵の涙もすっかり乾き、その夜は温かな気持ちでベッドに沈んでいった。




