7話 出立準備
遅くなりました。
「ううっ…」
岩の隙間から差し込む朝日に眼を擦りながら、センリは目覚めた。
ここは、例の洞窟の中。
日付にしてはあのクソ迷惑な老人に組み倒されてから5日目、という所だ。
あの老人が去った後、センリは、悩んだ。
老人の言葉を信じるか、信じないか。
とりあえず確かめたところ、自身に掛かったという呪いに関する老人の言葉に嘘はなかった。
無論、いくつかは確かめようが無かったのだが。
しかし、これで老人の事を信頼しきれるか?と聞かれればそんなことは無い。
むしろ呪いについての知識が正確すぎて疑わしい。
だが、無視できない程度には信憑性を帯びたのも事実だ。
故に、センリはここ5日間、必要以上の警戒をしながらも老人が言う通りこの洞窟で過ごしていた。
あえて入口を隠さず、少し奥に入ったところに魔術を用いて岩を生み出し壁を作り、魔術師団が入ってこないか確かめたのだ。
今のところは誰一人として侵入者は居ない。
またその間の食料はあの老人が洞窟に置いていったらしい麻袋の中にあった保存食を使用していた。
その他にもこの麻袋にはランタンやらコップやら皿やらが入っていて、食料含めどれも目算で6日分程あった。
移動を考えれば恐らく老人の言う「しばらくの間」とは5日程度なのだろう。
これもまた老人への信用を高める一方、上手いこと操られているような感覚を拭えなかった。
しかし、閉じこもっていて何もしないのは問題だ。
少なくともこれからは逃亡生活。
天秤の城を管理する神威教からはもちろんのこと、王宮からも刺客が送り込まれるかもしれない。
そのため、現状の最重要課題は可及的かつ速やかに強くなることだ。
老人の言葉を丸々信じるのであれば西の城塞都市にいけば“師と同胞”が見つかるらしいが、そもそもそれがどう言った類のものなのか、本当に信頼できるのかは定かではない。
それに、そこに向かうにしても道中で狙われる危険だってある。
なので今のうちから強くなる必要があるのだ。
そこでセンリは、癪に思いながらも老人のアドバイスにある「魔力回復量の増やし方」を実行することにしたのだ。
いや、決して信用したわけでなく、洞窟に引きこもった現状でできるのがそれだけだったのだ。
その増やし方とは恐らく普通の魔術学校の授業では習わない類のものだろう。
しかし、入学式での話が気になり、センリは教師に直談判したのだ。
すると話していた教師も噂を聞いた程度らしく、この学校で唯一その増やし方を詳しく知っているという教頭の元に通されたのだ。
そこで渋渋と言った感じに教えられた方法は確かに授業でいえるような内容ではなかった。
端的に言えば、その「増やし方」とは
死にかけることだ。
まず第一に、原則として
「魔力容量よりも魔力が減った状態では魂から溢れ出す魔力と空気などの周囲物質から取り込んだ魔力が魔力容量まで人の魔力を戻す」のだが、魂から溢れ出す魔力というのは魔力容量同様、個人差がほとんどなく、増やすこともできないらしい。
なので、魔力回復量を増やすには「周囲物質から取り込む魔力」を増やさなくてはならない。
ではどうすればいいか、と言えば
「自身の体に魔力が浸透しやすくする。」
つまり、魔力と人の肉体の境を薄くする…ようは死にかければいいのだ。
人は死ねば肉体は魔力に還元される。
だから、そのギリギリまでいけば肉体は魔力そのものに近づき、魔力の浸透率も上がるのだ。
さらに魔力を使い続けても少し上がるらしい。
まあ、そりゃ身体の方が魔力の扱いに長けてくれば浸透率も自然と少しは上がるのだろう。
これらを思い出してから、思った。
「相性が良すぎでは?」と。
俺にかかった呪いの一つは、“不死”。
しかしそれは“死なない”のではなくどちらかと言うと“最速蘇生”に近い。
致命傷の尽くを再生し続ける、ならば俺にとって“死にかける”事は決して難しくない。
だって、死ねばいいのだから。
死ねば蘇生してくれるから、ギリギリを狙う必要が無い。
リスクがまるまる消え去った形だ。
おそらく死に続ければほぼノータイムで魔力の回復ができるようになれるかもしれない。
だが、出来るか、と言われれば出来なかった。
やろうとはした。
呪いである“呼象”と“全知”を使い、獄級魔術である“獄炎”を呼び出したりもした。
しかし、無理なのだ。
いざやろうとすると身体がすくみ、震え、目の奥にあの青い炎がチラつくのだ。
別の魔術ではどうかと色々と試した。
しかし、無理なのだ。
何度やろうとも、あの“苦痛”を思い出してしまう。
1日中葛藤し、この方法は断念した。
論理では無い。
心が拒絶している今の状態で無理やり続けるのは危険と判断したのだ。
なので、残りの4日間は呪いの研究に費やした。
これは非常に有意義かつ成果があった。
まず一つ。
“全知”の発動条件についてだ。
薄々分かっていたが、トリガーは「意識的思考」。
これが知りたい、と願いながら単語やら映像を思い浮かべるとそれについての情報が得られる。
しかし、どうやら“全知”と言うだけあって古今東西あらゆる情報に検索がかかるらしく、半端な単語やなんとなくの想像では脳が焼けるのではないかという程の情報が流れ込んでくる。
少なくとも、戦闘中にこれを使うのはきついだろう。
次に“呼象”についてだ。
“呼象”は何となくで使っていた面が大きいため詳しいことが全くわかっていなかったが、色々と実験の結果、“呼象”は「俺が名称と能力を理解しているもの」を呼び出すことが出来ると分かった。
これは大きな気づきだ。
なにせ、今までは“全知”により得た知識をそのまま“呼象”に転用していたが、これによって一々“全知”を発動させなくても“呼象”を使えることが分かったのだから。
現状、俺が“全知”を介さず“呼象”呼び出せるのは
『神罰刀 ギャラク』、“獄炎”、
そしてここ数日の実験の中で新たに知識を得た『魔剣 ロード』、『冥錠 ハイド』、ラナの催煙だ。
ここ数日での追加が少ないのは、本当に“全知”は漠然とした物を調べるには使い勝手が悪く、「魔剣」という単語で調べても莫大な量の知識が溢れ、辛うじて名前を拾えたのがこの二つだけなのだ。
『魔剣 ロード』は柄頭に紅い宝石のはめ込まれた直剣、『冥錠 ハイド』は柄に三日月の彫刻が刻まれた小刀だった。
しかし“全知”、恐ろしい。
「魔剣」を調べた際に知識が多すぎて脳が悲鳴をあげ、それだけで使用が数日出来なくなった程だ。
この呪いはもはや諸刃の剣と言っても過言ではないだろう。
第三王都での戦闘中に倒れなかったのが不思議でならない。
ちなみにラナの催煙はあの老人が残していった袋に入っていたメモに書いてあった名前だ。
どうやら状況から鑑みるに俺が眠っている間にラナという植物を燃やし、その煙を吸わせたらしい。
“全知”で調べると、効果は思考の曖昧化だった。
どうやら特定の出来事に関して鈍くなるらしい。
催眠、もしくは暗示の下地のようなものだ。
効果は一日近く続くらしい。
無論、精神が強かったり何かしらの刺激によって暗示が解けることもあるらしいが。
元に、俺もそうだったのだろう。
それともう1つ、“呼象”で呼び出したものはそれ自体には魔力を使わないものの発動には魔力を使う、と分かった。
なんとなくだが、
魔術で言えば魔法陣を呼び出して、そこに自分で魔力を込めて発動させている、という感覚だ。
呼び出すこと自体には魔力を消費しない辺り、これはやはり“呪い”なのだろう。
と、ここまでがこの5日間の成果だ。
魔力回復量を増やせなかったのは残念だが手数は増やせた気がする。
また俺個人としても魔術師見習いとは言え、火、水、土、風、天の初級魔術を扱える。
“全知”を使えば魔術の知識も増えるのだろうが、また膨大な量の知識が頭に溢れるのは避けたい。
そもそも、今必要な即発系の攻撃魔術は割と初級〜中級魔術に偏っているのだ。
中級魔術はいずれ学ぶ必要があるだろうが、上級や獄級はいいだろう。
上級は規模がでかくなるだけだし、獄級は魔法陣に割く魔力量が多すぎて即時発動が出来ないので、戦闘ではあまり使えない。
これらは後々、名前と能力だけ覚えて“呼象”で呼び出した方が使い勝手がいいだろう。
そんな感じで、戦闘に必要な知識や術を蓄えられた。
あとは明日、西の城塞都市に向かうだけだ。
城塞都市は王国全体で見ればまだまだ首都圏に当たるため、第三王都からそこまで遠くはない。
馬車に乗れれば一日だ。
きっと指名手配やら何やらはされていると思うが、ラナの催煙があれば問題ない。
あの老人が残したものに頼るのは腹立たしいが。
そう思いながら、洞窟の床に寝転がる。
硬い寝床に慣れず、初日は全く寝れなかったが最近では疲れが取れないながらも眠れるようになってしまった。
その事を少しだけ寂しく思いながら、センリは眠りにつく。
明日への一抹の不安を残しながら。
読んで頂きありがとうございます。
感想などありましたら是非コメントして頂けると嬉しいです。
第一章開幕です。
初っ端から説明回ですが次回か次次回からようやく物語を動かせそうです。
よろしくお願いします。