5話 邂逅
遅れて申し訳ありません。
ちょい長めです。
目が覚めたのは、眠りについてからさほど時間が経ってからではなかった。
洞窟から見える月の位置は東寄りだが、ほぼ頂点。
真夜中だ。
洞窟に着いてから3、4時間程度。
あれほどの戦闘をした後の十分な休養とはお世辞にも言い難い。
にも関わらず、身体は不思議と軽かった。
ゆっくりと身体を起こす。痛みはない。
体内の魔力はどうだろうか?
感知するため、感覚を研ぎ澄ます。
このくらいは魔術師見習いの俺でもできる。
(…?違和感がある。)
自身の後ろ。すなわち洞窟の奥の方に違和感がある。
なんというか、魔力を察知できないような。
どういうことだろう?さらに感覚を研ぎ澄ました、瞬間。
「!?」
身の毛もよだつほどに戦慄した。
なぜって?
その魔力を察知できない穴は人の形をしていたのだ。
もはや、本能だろう。
即座に『神罰刀 ギャラク』を後ろに振り抜く。
渾身の力をこめた、つもりだった。
ガキンッ!!
「ほほ、そう焦りなさるな。」
かなりの至近距離からの不意打ち(?)を受け止められたことと、かけられた言葉の含む柔らかさへの動揺と懐疑を悟られないように注意しながら後ろを睨みつける。
ギャラクに込める力は弱めなかった。
「…なっ…!」
そこには衝撃光景が広がっていた。
そこに居た、ひょろりとして気の良さそうで優しげな好々爺が向けられたギャラクを指2本で挟み、受け止め
「判断の速さと武器は素晴らしいが、武器の扱いがなってないな。
相手の実力判断の方は経験不足だろうが。」
などと言って飄々としていたのだ。その上
「呪い持ちと見て追ってはみたが、どうやら手遅れだったかもしれんな。」
と訳の分からない事を言って俺の全力の刀を押しとどめながら考え事にまでふける始末だ。
「…お前、何者だ?」
抑えきれない怒りの漏れだした声で聞く。
もちろん、答えなど期待していなかった。
その上で答えなかった場合は全力で攻勢に出ようと考えていた。
しかし、この好々爺の反応は意外なものだった。
「おお、そうか。
自己紹介がまだじゃったな。
わしゃ五年前まで第一王都で近衛騎士団の団長を請け負っとった者じゃ。」
「…なっ!!!」
先程人形の察知の穴を見た時とは比べものにならないほどの皮膚が粟立つ感覚を覚える。
近衛騎士団とはその名の通り国王やその親族を守るために候補者の中から毎年選ばれる五名の騎士達のことだが、これだけ魔術が浸透したこの世界では通常はどうしても近接専門の騎士と遠近両用の魔術師では魔術師に軍杯が上がってしまう。
では、その上でなお国王を守る役目を任される騎士とは?
それはすなわち、獄級魔術師を制するほどの実力を持っているという訳だ。
(…逃げなければ。)
直感で感じる。
ここにいてはダメだ。
目の前で延々と話している相手は、俺の全力を見切り、指二本で止めるほどの実力者。
そして、今の俺は処刑を生き延び、第三王都を破壊し、逃亡したこの国のお尋ね者。
ここにいては、また、捕えられてしまう。
そう思った途端、あの青い炎に焼かれる痛みを思い出す。
(「怒れ」)
焼け爛れる肌、蒸発する目、熱せられた空気が肺を焼くあの感覚。
(ああ…あ…ア…ァァ…)
「辞めてからは第三王都でのんびりしとったんじゃがな、どうやらお前さん、“禁忌”も何も…ん?おい、聞いてるのか?」
好々爺が心配そうにこちらを覗き込んでくる。
それすら、怒りと恐怖に心を潰されたセンリの目には、恐ろしく見えた。
「あ…ああああああ!!」
耐えきれなくなり、ギャラクを握り直し、必死に、洞窟の出口へ向かう。
出口までは僅か数m、この程度ならいくらなんでも逃げ切れる。
洞窟を出たところで別に大して変化はない。そこまで辿り着けたとしても、結局はどこかて捕まってしまうだろう。
だが、今のセンリの頭ではそれにすら気づけずにひたすら洞窟の出口を目指して、走る。
好々爺の背後に見える、あの“苦痛”から遠ざかるために。
しかしセンリは見誤っていた。
近衛騎士団の元団長の実力を。
完全実力主義の勝者達の頂点に君臨する者を。
センリの脇を一陣の風が吹き抜ける。
「どこへ行こうというのかな?」
「なっ!」
出口まであと1m、という所で前から声が掛かる。
まさか追い抜かれ、前に立ち塞がられるなど思ってもいなかったセンリは混乱する。
(いつの間に追い抜いた!?
そもそもどうやって…まさか走って!?)
信じられなかった。
しかし、服以外ほとんど未武装であり、魔術の行使では立ち塞がるまでの時間はあまりに短すぎる。
それ以外に可能性はなかった。
(クソがっ!人外かよ!!)
心の中で舌打ちし、月に背を向け前に立つシルエットを見やる。
老人、と呼ぶにはあまりに猛々しい気配と、前にいるだけで後ずさりしたくなるような暴力的なまでの存在感。
先程までの好々爺の面影など、その立ち様には微塵もなかった。
その姿に勝機など見えるはずもなかった。
しかし…
(「怒れ」)
「…む?」
老人が不思議そうにセンリを見やるがもはやそれはセンリの眼中にはない。
センリの思考は、既に“あの苦痛”に埋まっている。
そう。
ここを超えなければ、またあれがくる。
…逃げなければ。早く、早く早く一刻も早く。
(逃げなければ…!)
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
獣のような声を上げ、思い切りギャラクを振る。
渾身の力と自身の持つ魔力全てを注ぎ込んで。
それはセンリの振るった中で、まず間違いなく最高速度、最高威力の一撃、のはずだった。
「…遅いな。」
(…は?)
老人を剣が引き裂く瞬間、そんな声が聞こえた気がした。
ギャキンンンンッッ!!!
「…っっっ!」
防がれる。
指ではなく、剣で。
いつの間にか老人の手には、ほぼ直剣で先が僅かに反れている、惚れ惚れするような刀が握られていた。
(あんなもの…っ!どこにっ!)
今の今まで剣などどこにも持っていなかったのに。
だが、センリに深く考える余裕などない。
全身全霊の一撃を防がれたのだ。
第二撃など、想像もしていなかったのだ。
こちらの次の動きは、ない。
なら、隙と見た老人の攻撃がくる。
脚力だけで瞬間移動を思わせる移動速度。
俺の剣を指で止める程の動体視力と反射神経。
そして、全力のギャラクを魔力ごと受けてなお折れぬ名刀と、その腕力。
防げる術など、センリには、ない。
死。
(嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)
あの処刑ではなぜか死ななかった。
なら、この老人の一撃でも死ぬことはない、と?
そんな確証、どこにある!?
いや、そもそも。
この老人に刀を振り上げられ、振り下ろされる刹那に、自分の死を見ないものなどいるはずがない。
走馬灯。
死を覚悟したその目に映る世界は、酷くノロマで緩慢となる。
センリを襲った感覚は、まさにそれだった。
センリの目には、老人が刀を振り下ろすのが酷くゆっくりに見えた。
その間延びした世界で、脳は必死に生きる術を探し出す。
(「お前はただ望めばいい」
「それだけでお前の手には全て揃う。」)
その結論に辿り着けたのは、やはり本能のなせる技か。
とにかくセンリは必死に願う。
(死にたくない死にたくない死にたくない!)
(なにかを守るものを…)
(あの剣の一撃から、我が身を守る術を!!)
脳に情報が洪水となって流れ込む。
しかし最初のそれに比べれば、可愛いものだった。
二回目ともあり使い慣れたのか、センリはある確信をもって溢れる情報の中から一つを選び取る。
すなわち、それがここにくるという確信を持って。
ガツンッッ!!
洞窟に金属音が響き渡る。
しかしそれは人の身体が切れた音では、決してなかった。
「っ!…ほう、これは!」
老人が思わず声をあげる。
それも無理はない。
魔術師の防壁魔術では決して防げないはずの剣撃を防がれたのだ。
そう、センリを中心に球状に現れたいくつもの魔法陣が重なり合い、淡く青く光る防御壁はただの防壁魔術では無い。
(『アガネの守院』)
『アガネの守院』
古代、守の女神 アガネが創造したという大寺院の防御力を模して造られた古代魔術であり、既に世界から失われた最上位防壁魔術。
それが、センリの願いの元、再びこの世に具象化されたのだった。
**
ある目的のため、ここまで処刑されかけた少年を追ってきた老人──元近衛騎士団団長は初めて見るその魔術に、二度ほど剣撃をぶつけ、まるで傷つく様子のないそれに、驚き、そして悟っていた。
これは無理だ、と。
少なくとも、今の装備では突破不可能だ。
(諦めるか。)
ちらりとそんな考えが脳裏を掠める。
…いや、ダメだ。
ここでこの少年を見捨てたら、恐らく取り返しのつかない事になる。
なんとか、なにか勘違いをしているらしいこの少年を落ち着かせ、話をしなければ。
無論、この老人とて馬鹿ではない。
自身の身の上を明かせば逃げられる可能性も十二分に考えていた。
しかし、実力主義的な側面を持つ近衛騎士団の元団長というのが祟り、考えついたプランがそれよりになってしまったのだ。
少年が突如走り出した時は一度力でねじ伏せ、その後に腹を割って話そう、
という近衛騎士団団長として、今まで不安を抱える仲間におこなってきた励ましと説得をそのまま流用したプランに。
とんだ失敗だった。
かくして途方に暮れる老人は、しかし一つの可能性に思い当たる。
それはもはや多数の魔術師と戦ってきた経験則とも言えるもの。
強力な魔術にはそれ相応の魔力がいる。
こんなもの、経験則とすら言えないかもしれない。
ある意味常識だ。
だが、今目の前の状況にはそれなりに価値を持つ常識だ。
この見るからに硬そうな防壁魔術は間違いなく今まで見た中での最高の硬度を持っている。
なら、それの維持には膨大な魔力が必要なのではないか。
そう結論づけた老人の選択は待ち、だった。
どの道、老人の目的的にはこの少年の実力を把握しておく必要がある。
ちょうど良かったのだ。
「よっこらせっ、と。」
洞窟の出口に座り、未だこちらを防壁の中から睨みつけてくる少年と向かい合う。
もし、この魔術が解けても暴れようとしたら?
そんな可能性が老人の頭を掠める。
しかし、そんな考えはすぐに捨て去った。
なぜって?
問題にもならないのだ。
いくら“禁忌”を持っているとはいえ、それをまだ扱いきれていない少年に負けるはずがない。
これは、別に奢りでも自信でもなんでもなく、ただの経験からくる実感だった。
なに、なんとかなるさ。
いざとなれば一度ボコしてもいい。
目の前のまだ幼くすら見える少年を見やり、一抹の罪悪感に浸りながら老人は考える。
老人の目的的には、この少年にこちらの実力を把握してもらっても一向に構わないのだ。
**
センリは、迷っていた。
それは今も尚我が身を守っている『アガネの守院』を解くかどうか、ではなく。
この目の前の老人を信頼するか否か、という事だ。
先程からこの老人は洞窟の出口に座り、永遠と話しかけて来ていた。
初めは世間話に始まり、この国の今の状況と彼の思想、そしてそれを話し終わるとあろう事か俺になにか質問はあるか、と聞いてきたのだ。
しかし、老人の話自体には別段、質問したい、と言えるほどのものはなかった。
彼の口から語られたこの国──現在、世界はこの一国に統治されているため、実質この世界──の現状というのは別段気になるようなことでもなく、
この国の国教──いわばこの世界の宗教──である神威教の教皇とこの国の国王の対立関係が深まっていて、ここ数年特にそれが深刻である、というものだった。
この程度、第三王都でもよく話されているような日常であり、別段興味を持てないのは当たり前と受け取って頂きたい。
それにその老人の思想、というのも近衛騎士団元団長らしく
「教皇や宗教とて国が安定しているからこそ発展したもの、その事を忘れずに国王には引き続き忠誠を誓って貰いたい。」
というものだった。
しかし、第三王都での噂をよく耳にしていた自分としては難しいように思う。
この国は別段、神威教を推奨している訳では無い。
一応国教ということになっているが、無宗教だろうと罰などない。
さすがに別の宗教を生み出すとなれば許可をとる必要が出てくるだろうが、それ自体を禁止している訳でもない。
割となんでもありなのだ。
これは国の国王に代々、国民の自由と神威教が力を持ち過ぎないように、という意味で引き継がれているらしい伝統で、このことを神威教はあまり快く思っていないらしい。
そういうわけもあり、国王権力と神威教は基本仲が良くないのだ。
しかし、この話で先の誤解も解け、俺はこの老人への警戒心をだいぶ緩めていた。
無論、未だ信頼できない所もあるし、仲良くする気もない。
だが、天秤の城や公開魔術処刑を請け負っている神威教と仲が悪いのなら別段敵というわけでもない。
少なくとも今俺をどうこうする気がないというのは分かったので気持ちが落ち着いたのだ。
「ふっ、ようやく落ち着いてくれたようじゃの。」
老人が笑う。
やはり笑うと先の気迫が嘘のような穏やかな顔になるらしい。
それに対し、俺は
「ああ。さっきは悪かったな。」
とだけ返しておく。
このぶっきらぼうな態度は、ある意味牽制だ。
現状的になめられては困る。
それに敵でないだけで味方という訳でもないのだ。
そういう意味で、この喋り方に落ち着いた。
「よいよい。勘違いさせるようなことを言ったのはわしの方だしな。
所でセンリよ。本当に質問はいいのか?」
「ああ、いい。爺さんから聞いたこの国の現状は俺の耳にも入ってたし、な。
今更聞くようなことでもねーよ。」
「いや、そうではなくてだな…」
口ごもる老人。
だが、意を決したかのように先を続けた。
「わしは、お前さんの“禁忌”についてもある程度事情は把握しているのだ。だからそれに関する質問にもある程度は答えられる。」
絶句した。
「…本当か?」
「ああ。」
老人の返事に迷いはなかった。
ならば、聞けることは聞いておきたい。
俺は自分の現状に関する知識を何一つ持っていないからな。
「ではぜひ教えてくれ。まず、“禁忌”とはなんだ?」
「ああ、“禁忌”というのはな…」
その後、老人から話された真実は、まさに衝撃という名に相応しいものだった。
読んでいただきありがとうございます。
感想などありましたら是非コメントしていただけると嬉しいです。
ここからは隔日投稿を予定していますが都合上それでも間に合わなくなってしまう事も出てくると思います。
気長にお待ちいただければ幸いです。