3話 殺意の源泉②
やつに向け、刀を振る。
刀の振り方なんて、知らない。
それでも、刀を振る。
何回も何回も。
魔剣である『神罰刀 ギャラク』の持つ力は、斬撃の射出。
こちらが“切る”という意志をもって行う斬撃を刀を降った方向に飛ばす。
つまり、刀を一度も振ったことのない俺の斬撃は狙いが定まらずあっちこっちに飛んでいってしまう。
それでも、刀を振る。
近づかないのは、大司教の持つ杖もまたギャラクと同じ、魔術が埋め込まれた武具だったからだ。
噂に聞いた程度だが、杖の先に触れた相手の意識を奪えるらしい。
なるほど。
俺はあれで捕えられたのかもしれない。
同じ目に遭わないためにも近距離は避けるべきだ。
しかし…
「っくそ。」
周囲から魔力の流れを感じる。
こちらの斬撃が上手く狙えないと気づいたのか、周りにいた魔術師たちが魔術による攻撃を仕掛けようとしているのだ。
数はたったの5人。
だが、そこから打ち出される魔術を避けきれるか、と言われればそんなことは不可能だ。
「ちっ!」
大司教は後回しだ。
まずはあの魔術師共をぶった斬る。
「おらぁぁ!」
魔術が発動しそうな魔術師から狙いを定めて斬撃を飛ばす。
一番魔法陣の輝きが強いのは、右から二番目。
俺の意思によって放たれた白い光を放つ斬撃はほぼ真っ直ぐに狙った魔術師の元へ飛んでいき、わずか一秒を数えずに、そいつに到達する。
ズシャ。
聞き心地の良くない音がなり、
「ぎゃあああああ!!」
狙った魔術師は悲鳴をあげた。
見事斬撃はその魔術師を上半身と下半身に分割したのだ。
「おっし!」
当たった、当たった、当たったぞ!
初の感触に不謹慎と分かっていながらも喜びを隠せなかった。
「師団長!!」
一人の魔術師が起動しかけの魔術を打ち切り、切断された魔術師の元へ駆け寄り、その魔術師に向け魔術を発動しようとしている。
状況的に、回復系だろう。
せっかく一人をやったというのに、復活されては元も子もない。
そう判断し、駆け寄った方の魔術師に向け、斬撃を放つ。
…失敗。
ギャラクから放たれたそれは、狙いの魔術師の脇を抜け、後ろの家屋に被弾した。
「キャーー!!」
家屋の中から悲鳴が聞こえた気がした。
途端、ツキンッと胸に刺すような痛みが走る。
「ぐっ…!」
一瞬動きを止めてしまった。
その一瞬を逃さず、三人の魔術師達が一斉に魔術を打ち込んでくる。
火弾、氷槍、石礫。
単純だが攻撃力が高く、即効性のある魔術が次々と襲いかかってくる。
意識を集中させ、防壁魔術を起動させようとする。
自身の中にある魔力を糧に魔法陣を展開し、そこにさらに魔力を注いで…
しかし、十分な量の魔力を注ぐ前に魔法陣の方が自壊してしまった。
魔封鎖の効果が残っていたのだ。
さすがは大罪人の拘束具に選ばれるだけのことはある。
この調子じゃ、少なくとも今日は魔術を行使できないだろう。
「ちぃっ!」
仕方なく襲いくる魔術を辛うじて避けながら、三人の魔術師に向け、無茶苦茶に斬撃を放つ。
それは一つも彼らには当たらず、しかし彼らの後ろの家屋を破壊した。
今度は悲鳴は上がらなかった。
しかし…
「…っ。」
また、痛み。
さっきよりも鋭く、突き刺すような、痛み。
しかし、止まらない。
止まればまた、狙われる。
必死に動き続ける。
できるだけ、後ろの家屋の事なんか、考えないように。
(「怒れ」)
そうだ、考えるな。
今は、あの地獄のような苦痛と、あれを与えたこいつらへの殺意だけを、感じろ。
胸の痛みが遠のく。
とたん、身体が軽くなった気がした。
その勢いのまま、未だ回復魔術をかけ続けるヤツに、もう一度斬撃を放つ。
今度は逸れなかった。
ブシャッ。
その斬撃は、魔術師の頭と体を切り離し、絶命させた。
悲鳴すら、あげさせなかった。
これで、二人。
残すは三人だ。
ギロッと三人の魔術師を睨む。
容赦などするつもりもなかった。
来るならかかってこい、と。
そういう意志を込めたつもりだったのだが、はたして彼らの反応は意外なものだった。
「に、逃げろぉ!」
前の二人の惨状を見て、精神的に参ってしまったのだろうか。
内一人が俺に背を向けて逃げ出したのだ。
残る二人もわたわたとそれに続く。
どうやら奴ら、かなりギリギリの精神力で戦っていたらしい。
だが、逃げる奴らを「はい、そうですか。」と逃がすわけがない。
横一列になって逃げる彼ら全員に狙いを定め、長めの斬撃を放つ。
10m近くにまで伸びた斬撃は若干逸れながらも逃げる彼らを追随し、わずか数秒で追いつく。
グシャ。
その斬撃は三人の内二人の体を横に切り分け、残り一人の脇腹を掠めて正面の家にぶつかった。
(なるほど。)
斬撃を長めにすれば、多少狙いが外れても当たりやすくなる。
これは、有効だ。
剣術なるものが使えない俺にとって、この気づきは使える。
(さて。)
脇腹を裂かれ、痛みに蹲っている最後の魔術師の元へ歩み寄る。
すると近づくこちらに気づいた彼はサッと顔を恐怖に歪めた。
「ま、待て。いや、待ってくれ!ください!
頼む!!私には帰りを待つ妻がいるんだ!」
…何を言っているんだ?こいつは。
「娘もまだ小さいんだ…いつも遅くにしか帰れない私を頑張って起きて待ってくれている…私は…帰らないといけないんだ!」
突然の自分語りにどうしていいか分からず、とりあえず俺の口から出たのは、
「…そうか。」
という半分困惑の言葉だった。
しかし初めて口を利いたと分かったらしいそいつは、バッと顔を上げ、俺と目を合わせてきた。
「わ、分かってくれるか?
も、もしお前が、いや、貴方様が私の話を少しでも分かってくれると仰るのなら、どうか助けてくれないでしょうか!
頼みます。頼みます頼みます頼みます!
私は…私はまだ死ぬわけにはいかないのです!」
随分卑屈に来たものである。
まあ、死を前にした必死さにはいかんせん未だ新鮮な自己体験があるため否定はしきれないのだが。
(それを願ったついさっきの俺は、それでもそのまま殺されたんだけどね。)
本音を言うなら、話も聞かずに殺してしまいたかった。
しかし、聞いてしまった以上、無視もできない。
なぜなら、さっきから殺意と一緒に胸の痛みまで強く、鋭くなっているのだから。
(「怒れ」)
殺意と、胸の痛みが拮抗する。
しかし、目の前で土下座をし、必死になって俺に縋っている彼の姿にさっきまでのみっともない自分の姿を重ねてしまえば、ああ、もうダメだ。
(ああ、クソっ。)
殺意が遠のく。もう、殺せない。
「…分かった。行け。」
思わず、そう言ってしまった。
すると彼は顔を上げ、顔を涙でぐちゃぐちゃにして、安堵したような表情で
「あ、ありがとうございます!」
と言って、立ち上がった。
俺もそいつから目を逸らし、後ろを向く。
奴の幸せそうな顔を見てしまえば、また殺意が止まらなくなるかもしれないから。
(我ながら甘ちゃんだな。)
でも、これでいいのかもしれない。
先の四人の殺害の方が、間違っていたのかもしれない、そう思ってしまうような感情を抱いてしまっていた。
俺が許せば。
それで、きっとこの恨みの連鎖は止ま…
「グハァッ。」
気づけば口から血が溢れていた。
胸が痛い。
錯覚ではなく、現実的に。
胸を見下ろせば、そこには深々と氷槍が突き刺さっていた。
犯人?問うまでもない。
振り返ったそこにいるのは、先程まで涙で顔を濡らし、安堵に浸っていた魔術師だ。
今はもうその顔に、安堵なんてものは無いが。
「どう…し…」
ダメだ。力が入らない。
足から崩れ落ち、地面に這いつくばった俺に、その魔術師は何度も何度も、氷槍を突き立てる。
「死ね!死ね死ね死ね死ね!この大罪人が!
神の冒涜者が!禁忌なんかに触れて、イキがってんじゃねえぞ!」
「…グ…ガハァッ。」
また、口から血が溢れる。
グサッグサッグサッグサッグサッ。
何度も、何度も、刺される。
しかし、もう痛みは感じなかった。
感じるのは、虚無感と、肉体の再生能力が傷付けられる速度を上回っていく気持ち悪さだけ。
(俺はさっき、何を思ってこいつを許したんだっけ…)
もはや思い出すことすらできなかった。
(「怒れ」)
ああ、そうだな。
やっぱりそうだ。
こいつらは…
(「理不尽を…」)
無実の人間を、何の疑いもなく獄炎で焼き、助けられてなおそれを改めようとしない、そんな奴らだ。
そうだ。何を躊躇っていたんだ。
(「怒れ!」)
これは、“復讐”だ。
今となっては意味のない攻撃を続ける魔術師に向け、感覚だけで手に握られたギャラクから斬撃を放つ。
「ひ、ひいぃぃぃ!」
大きく外れたそれは、家屋にすら当たらず空へ消えていく。
だが、それだけで魔術師は攻撃をやめ、逃げていく。
まったく。
どこまで、救いようがないんだ。
逃げるそいつに、再び斬撃を放つ。
白いそれはまさに空を切って一直線に進み、
グシャ。
彼の首をかき切った。
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四話は今日の21時に投稿予定です。