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彼女に、思いがけないことを言われました。


 結局それから三日。


 週の明けた今日も、彼女は教室に来なかった。


「どうしたんだ……?」


 正直心配だった。

 しかし連絡しようにも、ラインすら知らないのでどうしようもない。


 クラスの女子に軽く声をかけてみたが、誰も知らないらしい。

 あまり深く突っ込むと、それはそれでこっちがなんでそんなに気にしているのかがバレる恐れがあった。


 ここ最近ちょっと会話するようになっただけで、話しかけなかった今までと何も変わらないのに、味気ない。


 何もできない、理由も分からない程度の関係。

 そんな自分にイライラしながら、スマホの画面に目を向けた。


 表示しているのは、俺が書いた短編のスクリーンショット。


 彼女のアドバイスに従って『自分の体験からお話を書く』という言葉から、書いてみたものである。


 我ながら大した出来栄えでもなさそうだし、実体験を元にしているから少し気恥ずかしかったが……。


 投稿サイトに登録して、四苦八苦しながら出してみたら、ポイントが入ったのだ。


 しかもそれが、思いのほか好評だったようで、感想までもらった。


 少し、いやかなり嬉しくて自慢しようと思った矢先に、彼女がこなくなってしまったのである。


「……なんかつまんねーな」


 せっかく一緒に盛り上がれそうだったのに……そんな風に思いながらふと目を上げると。




 ーーー校門のほうから、彼女が歩いてくるのが見えた。




「来た……!」


 非常階段の踊り場で思わず立ち上がる。

 なんで休んでたんだろう、風邪か何かか、と訊こうとしたが。


「あ、え……?」


 近づいてきた彼女の目が腫れぼったく、目元が赤くなっているのを見て、疑問が吹っ飛んだ。


 泣い、てる?


 そう気づいて、俺は一気に混乱して青ざめる。


「な、なんで泣いてんの!?」


 ちょっとパニックになりながら階段を降りて小走りに近づくと、彼女はこっちを見てまた泣き出した。


「何かあったのか!?」

 

 学校に来る途中に怖い目にでも遭ったんだろうか、と不吉な予感が頭をよぎる。

 しかし、鼻をすすり上げた彼女が言ったのは、意外な言葉だった。


「わ、私の、こと、勝手にネットに、書かれた……」


※※※


「……どういうこと?」


 学校のグループラインとか、裏チャンネルとかだろうか。

 そこで何かを書かれて、それがショックで休んでいたのか。


 イジメ、という単語が頭を過ぎる。


 実際、中学の時はたまに見かけた。

 自分が関わったことはなかったが、そういうのを軽い気持ちでやる奴らが絶対いるのだ。


 本人たちはからかってるつもりだったり、悪意があったり色々だけど。


 だが彼女は、クラスで浮いているというほどではない。

 同じように派手な見た目の連中と話していたりすることは多いが、仲が悪いようには見えなかった。


 それとも見た目だけで、実際は誰かにイジメを受けていたのだろうか。


「く、クラスで……なんかあったの?」


 俺が恐る恐るそう問いかけると、彼女は首を横に振った。


「とりあえず、座る?」


 日差しの下はそれなりに暑い。

 彼女がコクリと頷いたので、いつもの非常階段で日陰に座った。


「で……なんで休んでたの?」

「わ、私、ね」


 グス、と彼女が鼻をすすりあげて、手に握っていたタオルで顔を拭う。


「と、友達に一個、相談してたことがあって……」

「うん」




「それがね……好きな人の、こと、だったの」




 そう言って彼女は、少し微笑んだ。

 鼻の頭も赤いし、元々薄い化粧も落ちかけていたが……それでも、久しぶりに見た彼女の顔は可愛いと思った。


 だが同時に、俺はショックを受ける。


 好きな人のことを。

 それはつまり、恋愛相談だ。


 彼女に、好きな人がいる、という話なのだ。


 ぐら、と視界が揺らぐ中で、すぐに彼女の表情も強張って話を続ける。


「その、話を……勝手に、書かれて……」

「……ひでーな」


 なんとか、言葉をそうひねり出した。


 誰なんだろう。

 彼女の好きな人って、誰だ。


 ネットにそれを書いたやつがいる、というのと同じくらい、それが気になった。


 誰だ。そんで、それを書いたのはどこのどいつだ。

 混乱した頭で疑問と怒りに翻弄される。


 だが、しばらく黙りこくっている間に、少しだけ落ち着いた。

 またタオルに顔を埋めてしまった彼女の背中に、ためらいながら手を伸ばす。


 好きな人がいる子の体に触るのはどうなんだろう、と思いながらだったが、彼女は抵抗しなかった。


 細い背中をさする手に、ブラのホックの感触が当たり、さりげなく手を下にずらした。


 こんな時なのに。

 いや、こんな時だからか。


 温かく、少し汗で湿った彼女の背中に触れていることを嬉しいと感じる俺自身に、どうしようもない自己嫌悪を覚えた。


 ……俺ってほんと、どうしようもねーな。


 そんな風に思うとさらに頭が冷えたので、彼女に問いかけてみる。


「書かれたの、どんな話だったか、聞いても……? あ、内容とかじゃなくてその、状況っていうか」


 うまいこと言えなかったが、意図は伝わったようで、彼女は顔を上げないまま答えを返してくれる。


「その、相談してた子以外、誰にも言ってないのに……見つけちゃったの〜」


 話が書かれていたのは、小説の投稿サイトだったらしい。


 知らないアカウントの投稿。

 何気なくランキングで見かけたそのタイトルが気になって開くと、自分のことが書いてあったのだと。


「ランキング見ない、って言ってなかった……?」

「君が言ってたから〜……面白そうな小説を、タイトルが分かりやすかったから、見てみたって〜」


 そう言えば、そんなことを言った気がする。


「……だから、どんなのが分かりやすいんだろう、と思って〜……気になったのを見たら……!」

「それが自分の話だったのか」


 そりゃ驚いただろう。

 だが、俺は疑問に思った。


「でも、それが自分のことだってなんで分かったんだ?」


 小説なんていっぱいあるし、偶然なんてことはないとは言わないけど、ありえるだろう。


「本名で書かれてたとか?」

「名前はもじってあった、けど。でも〜」

「それが相談相手のかは分かんないんだろ……? その、相談相手には確かめてみたの?」


 彼女は、その言葉に首を横に振る。


「じゃ、やっぱりまだ分かんないじゃん」

「違う……あれ、絶対私のこと……だって〜……」


 彼女はますます体を小さくして、消え入るような声音で言った。




「この、非常階段の、話……だったんだもん〜……」




 

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