確信とそれから
「ラ、ラウル……緊張するね……」
リリエットが強張った表情でそう言ってくる。彼女がそうなるのも無理はない。入学式から5年が経ち、おれ達も10歳になった。そして、今日は学校の卒業式とともに覚醒の儀の日でもある。つまり、皆それぞれの進路が決まる日だ。しかし……
「だからって朝早くからうちに来るなよ……」
そう、彼女はまだ朝日も見えない程に暗いこの時間にわざわざ屋敷に忍び込んで俺の部屋まで来たのだ。そして無理矢理起こされてこの状況に至る。
「これが見つかったらいくらお前でも怒られるぞ」
「で、でも……」
まったく……心配性すぎるだろ。
俺の勝手な憶測だが、彼女なら何一つ心配はいらないと思っている。この5年で彼女は魔力に関してはすでに魔力量は俺を超え、魔力操作も俺より細かく正確にできるようになった。他の技能もすべて俺より圧倒的に上だ。そんな彼女がスキルはまだしも魔法適正が低いわけがない。
「大丈夫だよ。きっとリリエットなら良い結果になるさ」
「そ、そうかな」
「俺の確信に間違いなんてないんだよ」
「ふふっ、なにそれ。でもありがとう、おかげで緊張が和らいだよ」
「そうか、なら良かった」
うん、わかるわけがないよな。別に恥ずかしくなんてないし。
どうやら本当に緊張はほぐれているようだな。俺の場合はどんな結果でも目指すものは変わらないから大した行事ではないのだが、彼女にとってはとても意味の大きい行事だ。どれだけジタバタしたところで結果は変わらないが、心持ちはしっかりしていたほうがいいだろう。
「どうしてだろう、ラウルといるとすごく落ち着くんだ」
リリエットが俺に向かって微笑みながらそう言ってくる。どうしてだろう。こんな彼女がとても愛おしく感じる。地球で生きていたときにあいつらと一緒にいたときも似たような気持ちになったが、この気持ちは少し違う。あいつらとは友人として、仲間としてその関係をずっと続けていたいと思っていた。
しかし、リリエットは異性として大切に感じる。いつからかはわからないが時折そんな感情が俺の中で渦巻いている。今までに経験のないこの感情がどういったものかわかっていなかった。だが今わかった。これは恋だ。
始まりはただの興味だった。それも彼女に対してではなく彼女の才能に対しての。それから時間が経つにつれて才能に対しての興味が彼女に対してに変わり、そして興味からこの〈好き〉という感情に変わっていったのだ。たしかにラノベなどでもそうやって恋愛に発達する話がなかったわけではないが、まさか自分がそうなるとは思わなかった。
なぜこうも確信を持って言えるのかは自分でもわからない。しかし、この気持ちの正体に気が付いた俺は自然と口を開き、言葉を発していた。
「リリエット、俺は君が好きだ」
「へ……?」
「いや、好きというより愛している」
「ち、ちょっと、いきなりなに言ってるの!?」
「朝、学校で眠そうにしている君も、昼に一緒にご飯を食べている君も、学校帰りに笑顔で手を振る君もすべてが愛おしい」
「ス、ストップ!ストーップ!」
「な、なんだよ……」
「なんだよじゃないよ!突然面と向かってそんなこと言われたら驚くし、何よりも恥ずかしいに決まってるじゃないか!なんで君はそんなことを平気で言えるんだ!」
彼女は顔を真っ赤にしながら抗議してくる。しかしそんな彼女もかわいい。
「そうか?俺はただ自分の気持ちを伝えたかっただけなんだが」
「と、取り敢えず!君が僕のことを好いてくれているのはわかったから!」
「違うぞ、愛しているんだ」
「わ、わかったから!とにかくこれ以上何か言われたら僕の心臓がもたないから!」
「そっか、ごめんな。いきなり変なこと言って」
「べ、別に謝ることじゃないよ。実際僕は君に好かれていることがわかって嬉しいし、僕も君のことは大好きだけどさ、やっぱり物事には順序があるんだよ」
なるほど、たしかにあまりにも唐突すぎたよな。ちゃんとタイミングとかも考えたほうが……ってちょっと待て。
「今、なんて言った?」
「え?」
一瞬なんのことかわかっていなかったようだが、すぐに自分が何を言ったのかに気が付き、さっきよりも顔を真っ赤に染めている。
「あっ、いや、ち、ちが……くないけど……ってそうじゃなくて!えっと、その……」
「動揺しすぎだろ」
「うぅ……ラウルの意地悪!」
「ははっ、動揺しているリリエットも可愛かったけどな」
「もうっ!」
このときの俺は外面的には普段と変わらないように見えていたようだが、内心ではかなりドキドキしていた。そんなの当たり前だ。今までの人生で初めての恋で初めて告白したのだから。しかし、そのせいで背後にある扉の前に立っている者の気配に気付くことができなかった。
「あらあら、朝早くから仲良しねえ、でも、少し時間にも気を配ったほうがいいんじゃないかしら」
「母さん!?」
「サ、サテナさん!?」
「うふふ、リリィちゃんはともかくラウルの驚く顔なんていつぶりかしらねえ」
母さんはリリエットとも仲が良く、名前もリリィと愛称で呼んでいる。だがそれよりも。
「いつからそこにいたんだよ」
「うーんと……ラ、ラウル……緊張するね……あたりからかしら?」
「最初からじゃねえか!」
おいおい……いくらなんでも気を抜きすぎだろ俺……。
「う……、うわあああああ!」
突然、リリエットは立ち上がって窓から外へ駆け出す。そしてそのまま走り去ってしまった。
「……青春ねえ」
「やかましい!それよりなんで母さんが俺の部屋に来てるんだよ!ミラはどうしたんだ!」
ミラというのはうちのメイドの一人でいつも俺を起こしに来るのも彼女の仕事の一つだ。
「あぁ、あの娘は……というか今日は使用人全員休みにしてあるわよ?だって今日は大切な日だもの」
そ、そういえば兄さん達のときも全員休みにしていた……。
「それよりも朝ごはんができたから降りていらっしゃい。リリィちゃんとは後でまた会えるでしょうから安心なさい」
「わかったよ……」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「あ!ラー君おはよう!今日は頑張ってね!」
「おはようラウル」
「ラウル、よく眠れたか?今日はお前にとって大切な日だ。今更何をしても変わらないが心持ちはしっかりしておけ」
なんかさっき俺が思ったことをそのまま返された……。
そんなとき、突如一際大きな声がダイニングに響く。
「父上!こんなやつの心配する必要はありませんよ!」
こいつはクロート、俺の弟である。俺より2歳年下で彼も鮮やかな赤髪をしている。
「クロート!兄に向かってこんなやつとはなんだ!」
「僕はそいつを兄などと思っていません!」
「クロちゃん!そういうこと言っちゃ駄目っていつも言ってるじゃない!」
「姉上までそんなことを言うのですか!あいつは家族の中で一人だけ黒髪です!こんな不気味なやつをなぜ庇うのですか!あとクロちゃんと呼ぶのはやめてください!」
この言い合いはいつものことなので母さんも兄さんも静かに傍観している。母さんはなぜかこれを面白がっているし、兄さんはクロートには興味が無いのかあまり干渉しようとしない。なのでこれを止める者が俺しかいないのだ。
「みんな落ち着いてよ。お腹空いたからはやく朝ごはん食べよう」
「うるさい!なぜお前が仕切る!」
俺の発言に真っ先にクロートが反発してくるが同時に腹の虫が鳴る。するとクロートは顔を赤くし、自分の席に座る。それを見た母さんはクスリと笑うと全員が座ったところで声をかける。
「それじゃあ頂きましょうか」
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朝食を食べたあと、学校ヘ行き卒業式を行った。そして現在、卒業生全員で教会へ行き神父からの説明を受けている。覚醒の儀は教会にある神像に祈りを捧げるだけだ。順番もやりたい者からやるという単純なものだ。
しかし、当然一番最初にやろうという者はいない。しょうがないので俺が最初にやることにした。
皆が静かに佇む中、俺は神像の前まで歩いていく。
「おい……あれって……」
「たしかあのヒュルドラド家の……」
俺が出て行くことで周りがざわざわし始めるが気に留めず真っ直ぐ歩いていく。神像の前まで来ると、片膝をついて祈りを捧げる。
すると目を閉じているにも関わらずだんだん視界が白くなっていった。
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