修行してそれから②
俺と剣神が剣を構えて向かい合う。先に動いたのは剣神。一瞬にも満たない速度で俺の目の前まで移動し、剣を振り下ろす。振り下ろされた剣が数十もあるように見えるが、これは俺の目がおかしいわけではなく、異世界に存在するスキル、『陽炎』と呼ばれるもので、これは剣の軌道や動きの緩急などで幻覚の剣を見せて相手を惑わす技だ。
俺はそれに対して『瞬歩』という技を使う。『瞬歩』はさっき剣神が俺に近づくのに使った技だ。俺はこの技を使って後ろへ下がる。この『瞬歩』は直線移動しかできないので不意打ちや回避の際には強いがそれ以外はあまり使い道が無い。
俺は『瞬歩』を使って下がった瞬間、剣を横に振り風をおこす。その風は斬撃となって剣神に向っていく。しかし、それは簡単に弾かれてしまう。だが俺の目的は攻撃ではなく地面の砂を風で巻き上がらせることだ。俺はその砂にまぎれて剣神の背後に回り込んで斬りかかる。
剣神は即座に反応し剣で防ぐ。そして鍔迫り合いがしばらく続いた後、お互いに力を抜き、剣を鞘に戻す。
「うん、合格だ」
剣をしまった剣神がそう言ってきた。
「技も完璧だったし目くらましで後ろに回り込んだときも殺気を全く感じなかった。ちゃんと教えたことはマスターできている」
「ああ、世話になったな」
俺は今剣神による修行をすべて終えた。ここでは時間が進まないらしいが、精神的には何万年も経っているように感じる。というかここでは何万も経っているのだが。まさか技の修行にこんなに時間がかかるとは思わなかったな。
「いやいや、君は僕が思ってたよりも早く技を習得したよ。これでも結構驚いてるんだ」
この心を読まれることにも慣れてしまったな……。
「君は順応が早くて助かるよ」
「ところで、剣の修行はこれで終わりなんだろ?後まだ何かすることがあるのか?」
俺の質問にいつの間にかいた全神が答える。
「おや?ディスティアについての話は聞かなくていいのかな?」
そう言って全神が意地悪な顔をしてくる。そういえばこんなやついたな。ほとんど空気だったから忘れていたな。
「ひどい!?君の修行に僕もかなり手伝ったんだよ!?もっと感謝してくれてもいいじゃないか!」
「いや、ちゃんと感謝してるよ。ありがとな」
「あ、そ、そうなの?なら良いんだよ」
ちょろいなこいつ。
「あ!ちょろいとか言ったよ!ねえ剣神!どう思う!?」
「まあ間違ったことは言ってないね」
「あれ!?味方がいないよ!?」
「そんなことはどうでもいいからさっさと説明始めろよ」
「うん、ほんとに泣くよ?500年くらい引きこもるよ?」
「はあ……全神、からかって悪かったよ。だからさっさと話してくれ」
「これを許す僕って心広いよね。……なんかもう疲れちゃったから重要なこと以外は直接君の頭に送りつけるよ」
おい。適当か。
「一度しか言わないからよく聞いてなよ。これから君が行くディスティアは主に6つの国からできている。まあ遠い海の先に他の大陸とかもあるんだけどそれは今はおいておこう。その6つの国というのはまず、リーネア帝国、獣人国ガダル、妖精国アルヴヘイム、エデリア教国、魔人国グラウス、そして最後だけどちょっと国とは言い難いんだけどダイアという国があるんだ。国の配置はダイナを中心にして周りを囲っている感じかな。魔人国グラウスだけは大陸から少し離れた島にあるんだけどね」
その後も全神の説明は続いた。どうやらディスティアというのはラノベに出てくるテンプレみたいなのを片っ端から集めたようなものだった。普通に魔物や、冒険者ギルドなんてものもあるらしいし、さらに迷宮まであるらしい。但し迷宮は魔人国グラウスとダイナには無いらしい。
どうやらこの世界では数千年前に大きな戦争があったらしく、その際に魔人国の魔人族が拠点に使っていたらしい。そしてそこが戦場になることも多く、ほとんどの迷宮は崩れてしまったが、中には崩れないまま戦いの影響で魔物が活発化してしまったものもある。しかしそういった迷宮には失われた古代の武器や防具などもあるようで、冒険者は外の魔物の討伐と同時に迷宮の攻略もしているらしい。
今では種族間での争いも少なく、良好な関係を築けているのだとか。ちなみに俺は人間に転生することにした。他にも獣人やエルフなどいろいろ選べたようだが、なんとなく人間のままがよかった。
それとテンプレ中のテンプレである冒険者ギルドだが、これは大陸中にあり、様々な場所で依頼を受けたりできるが、本部はダイナにあり、冒険者になるには本部にある学校で冒険者になるための知識や戦術などたくさんのことを学ぶ必要があるらしい。その期間は一年間だという。どうやら迷宮に入るには冒険者になるか、それなりの地位がなければ入れないらしい。しかも冒険者なら入れるというわけではなく、冒険者のランク、E〜SあるうちのB以上なければいけないのだとか。
冒険者には宿とかの割引もあるらしいのでいつかはなろうと思うがなんか面倒だな。
他にもいろいろ教えられたが最後の方は全神が面倒くさがって俺の頭に直接情報を詰め込みやがった。俺が廃人にならない程度だったがそれでも結構痛かった。
「さて、そろそろ君を転生させるからね。赤ん坊になっても修行は怠っちゃだめだよ?」
「うるせえよ。こっちはお前のせいで頭が割れそうなんだよ」
「むしろ頭が痛いで済んでいることを自慢しなよ。普通だったら廃人になるレベルだからね。これも今までの修行のおかげ、そして修行を手伝った僕のおかげだよ!感謝しなさい」
こいつ……いつか泣かせてやる。そう決意した俺は痛みを我慢して立ち上がる。
「たしかにお前にも世話になったしな。礼は言っておく。ありがとう」
「うんうん。素直なのは良いことだよ。次に君と会うのはたぶん数十年後になるからね。それまで達者でね」
「また機会があったら修行をつけてあげるよ。それまでにもっと強くなっていることを期待しているよ」
「あぁ、ありがとう」
すると俺の視界が白く染まっていき、意識もだんだん薄れてきた。
「あ、そういえば言い忘れたけど転生の影響で性格とか変わっちゃうかもだけどあんま気にしないでいいからね」
そんな言葉を最後に俺の意識は途絶えた。
「産まれました!元気な男の子ですよ!」
最初に聞こえたのはそんな声だった。
「よし。この子の名はラウル。ラウル・ヒュルドラドだ」
「ふふっ……ラウル、いい名前ね」
「大丈夫かサテナ?」
「えぇあなた。私は大丈夫です。それよりラウルの顔をよく見せてくださいませ」
「あぁ、ほら、よく見てみろ」
うーん、何か喋っているのはわかるが自分の泣き声でなにを言っているのかがわからないな。それに眠くなってきたし。大泣きの次は昼寝か。まだ自分の家族を見るのは当分先になりそうだな。
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「あぷぁ?ぶぶぶ」
……そういえば転生したんだっけ。たしか泣き疲れて寝たんだったな。どれくらい寝てたんだろう。たぶん一日程度かな。まだ身体が成長してないから体力もないし動き回る筋力もないから暇だな。
しょうがない、まだ早い気もするが、魔力の鍛錬でもするか。
魔力とは産まれた瞬間からすでに備わっているものだ。魔力の使い道はたくさんある。魔法を使うのに使ったり、身体能力を強化することもできる。そしてこの魔力は人によって量が違う。当然多いほうが魔法をたくさん使えるし、普段の生活でも魔物との戦闘でも役に立つ。しかしこの魔力というものは産まれた瞬間からからずっと同じ量なわけではない。魔力は使えば使うほど最大量が上がるのだ。しかも魔力は空気中の魔素と呼ばれるものを吸収することで回復するため、魔力を使うほど回復量やスピードまで上がる。
これから俺が行うのは魔力操作というもので、これは文字通り魔力を操ることだ。これをすることで魔力の流れをスムーズにすることができる。そうなると何が良いのかというと、今はまだ使えないが、魔法の発動速度が上がったり、魔力は動かす度に少しずつ魔力を消費するので魔力強化にもなる。動けない俺にはぴったりだ。
魔力操作はまず自分の魔力を感じ取ることから始める。そこから広げていき、身体全体に行き渡らせる。そしたらあとは自分の思うように動かす。実は今なら俺は普通に立って歩くことができる。なぜなら身体強化をしているからだ。身体強化というのは結局身体に魔力を巡らせているだけなのだ。やっていることは単純だが、身体強化をすれば身体能力は何倍にもなる。まあ、生後一日で歩きだすのはまずいのでおとなしくしているが、普通の赤ん坊はどれくらいで歩きだすんだろう。取り敢えず半年も経てばいいのか?
どうやらそんなことを考えているうちに魔力を使い切ったようで、倦怠感とともに眠気まで迫ってきた。今日はここまでだな。自由に動けるようになるまで地道にやっていくか。
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