最後の対決!
そこは病院の入り口付近。
彼女はまだその入り口に足を踏み入れたばかりで、謎の声の持ち主は病院の入り口から奥の部屋へと向かっていく長い廊下の向こう側、彼女とは十メートル近く離れた辺りくらいの暗がりの中、逆光でぼんやりとした人型の黒い影の姿で、その場に立ちすくんでいる様子だった。
「だ、誰なの・・・?」
「フッフッフ、相変わらず間抜けなヤツだな。何が"ブルー・ライト・ヨコスカ"だ。それは"ヨコハマ”だ、馬鹿め」
「えッ!?ま、まさかあなたは・・・!」
驚きの表情で暗がりの影の人物を凝視する彼女。
すると、
「そうだ、オレだよ」
と、薄い闇の中から進み出て彼女の前に姿を現したのは、そう紛れもない、今や心身衰弱となりベッドの上で寝たきりのはずのアイツだった。
「そ、そんな・・・ッ!」
「フンッ!」
「一体どうして・・・!?」
何故男に自分の行動がわかったのか?
彼女は気が動転してそれ以上、全く訳がわからず、不意にこみ上げてきた恐怖のためガタガタと小刻みに震えつつ立ちすくむしかなかった。
「どうして?どうしてかだって・・・?」
しかしその理由は至って単純なことだった。
彼女自身は気付いていなかったが、彼女が着ぐるみ男の体の中から外へと出ている間、その間に彼女は散々に動き回ったその痕跡をいくつも残してしまっていたのだった。
「どうもおかしいと思っていたんだ。オレは布団から満足に起き出すことさえできないのに、
何故かしょっちゅうベッドの上のシーツが乱れていて。
それとベッドの横の冷蔵庫の中身」
「はッ・・・!」
「入っていた筈のデザートが無くなっていて、それも決まってプリンばかり。
それでピーンと来たんだ。
お前、プリン好きだったろ?」
「プ・・・!」
「それだけじゃない。お前オレの眠っている間にパソコンでインターネット見てただろ?
オレの見ない、お前の好きだったプロ野球のサイトの閲覧履歴が丸残りだ。
それにオレの携帯まで使ってお前の親に空のメール送ったろ?
来たんだよ、だから。
お前の母ーちゃんがオレの所まで、
一体これは何の連絡ですかって」
言われた彼女の頭の中はもう真っ白になった。
が、そんな彼女に向かって、男はさらに続けた。
「しかもお前、オレが目をつけている女どもに、オレが他の女に出したLINEの内容をスクショで送りまくっただろ?
他にもいろいろとオレに関するネガティブな情報をいろいろと吹き込んでくれたようだな。
今じゃ大学ではオレの評判はガタ落ちだ」
男の顔はもはや鬼の形相と化し、目の前の彼女をすさまじい形相で睨みつけていた。
「貴様ァ・・・、よくもやってくれたなあ・・・ッ!!!」
「!?」
次の瞬間、男は拳を振り上げて襲い掛かってきたが、その途端、彼女から全ての理性が吹き飛び、
「フォォォォォーーーーーッッッ!!!!!!!!!」
と、訳もわからぬ謎の狂声を発しながら、そして何と、彼女はその場から逃げ去ることもなく、
逆に廊下奥の男の方目掛けて突進していった。
「な、何ィ・・・ッ!?」
そして、ドンッ!と、勢い任せに男を両手で突き飛ばすと、そのまま猛ダッシュで病院の外へと駆け出していった。
「く、くそッ・・・!」
男は彼女に突き飛ばされた拍子に固い床の上に後頭部を打ち付け、暫く意識がうつろ気味だったが、しかし直ぐにまた起き出して、男もまた彼女の後を追って病院の外へと飛び出していった。
「待ちやがれッ!」
逃げる女と、追う男。
「ハア、ハア・・・!」
もともと運動の苦手な彼女の脚力ではとても男から逃げ切れる速さはなかったが、しかし男も長い病院生活でかなり足が弱っていた。
彼女は人通りも車の通りも殆どない、深夜の表通りの歩道を必死に走ったが、しかし未だ人気のありそうな建物の場所へと辿り着く前に、小さな空き地の手前へと差し掛かったところで足が縺れて転び、その場に倒れ込んでしまった。
「い、痛たたたたた・・・・・・」
そしてとうとうその間に、
「フン・・・ッ!馬鹿がッ!だからお前は間抜けなんだよ!」
と、後から追い掛けてきた男にとうとう追い付かれてしまった。
「や、やだ・・・!」
彼女は恐怖に震えながら尻餅をついてその場にしゃがみ込みこんでしまったが、それでも何とか彼から遠ざかろうと必死に後ずさりをした。
勿論、大声で誰か助けを呼びたかったが、喉が塞がり声がかすれてまったく大声を上げることができなかった。
「よくも今まで散々、このオレをコケにしてくれたな・・・ッ!」
男の目は真っ赤に血走り、狂気の形相を浮かべながら、
「もう絶対に許せねえ・・・ッ!
今度ばかりは本当にお前をこの手で締め殺してやるぜ・・・ッ!」
バシィ!
と、先ずは右手の平で力一杯、女の側頭部を張り倒した。
「キャアッ・・・!」
その勢いに、女は激しい痛みを受けながら、低い雑草の生い茂った空き地の地面へと叩き付けられる。
「い、痛い、痛い、止めてッ・・・!」
「うるさいッ!」
バシィ!
と、右手の次は左手で、そしてさらに続けざま、
ドガッ!
と、今度はサッカーボールを蹴るように、男は倒れ込む女の脇腹を蹴り飛ばした。
「う、うう・・・・・」
女は早くも虫の息。
しかし男は、
「フン、まだだ!まだまだこんな物ではオレが今まで受けた屈辱の憂さは晴れない。
もっとじっくりといたぶって、
ジワリジワリとなぶり殺しにしてやる!
フハハハハハ!」
と、冷酷な薄笑みを浮かべて女を見下ろしながら嘲り笑った。
そうして男は散々に彼女を暴力で痛め付けた後、
「ハア、ハア・・・、よしいいだろう。
これからはもう二度と、二度とそんな口を聞けないようにしてやるッ!
ハハハハハ・・・!」
と、再び彼女へ向かってジリジリと歩み寄っていった。
「(もうダメ・・・ッ!私、殺される・・・・・ッ!)
と、彼女が目をつぶって自らの最期を覚悟し掛けた時。
しかしその時だった・・・!
ギ、ギギギギギッ・・・!!!!!
と、それは夏場の季節に盛んに聞かれる、耳慣れたセミの鳴き声だった。
「うわッ・・・!」
よく飛ぶ力を失って地面に転っているセミを、死んだのかと思って手を触れようとするといきなり大きな鳴き声を発して驚かされるときがあるが、今、女に襲いかかろうとするその男の耳を驚かすように、突如して湧き上がったのが、男が不意につま先で弾き飛ばしたその足下のセミの鳴き声だったのだ。
しかしそのことが意外な結末を引き起こした。
長い病院のベッドの上の生活で足腰が相当に弱っていた男は、突如のセミの鳴き声に驚いて体勢を崩し、そのままバランスを失ってヨロヨロとよろめきながら、空き地から車道のほうへと飛び出していってしまったのだ。
そしてまさに、その瞬間の出来事だった。
キキーーーーー・・・・ッ!!!!!!!
「ア・・・ッ!」
と、彼女が声を上げるよりも早く、男の体は道の向こうから猛スピードで飛ばしてきた暴走車のヘッドライトの光の中へと包まれ、そしてその次の瞬間にはもう彼女の目の前かも消えて、車道の遥か遠くへと弾き飛ばされていった。
ブオ、ブオォォォ・・・・・ッ!
しかし男を轢いた暴走車のほうは、一瞬速度を落としながらも、結局そのまま止まることなく、道の遥か向こう、暗闇の彼方へと消え去っていってしまった。
「・・・・・・私、助かったの・・・?」
ピーポー!ピーポー!ピーポー!・・・・・
やがて駆け付けた救急車によって、彼女の身は無事に救出をされることとなった。
「大丈夫ですか?意識はハッキリとしていますか?」
担架から救急車内へと乗せ入れ、改めて傷だらけの彼女に向かって安否の状態を確認しようとする救急隊員の呼びかけ。
「どこかそこだけ酷く痛む様な箇所だとか、全く動かせないようなところはありませんか?」
「だ・・・」
「はい?」
「大丈夫・・・」
「ええ」
「・・・ンゴ」
「はい?」
「・・・・・」
人気の無い真夜中の車道を高らかなサイレン音を鳴らしながら突き進む救急車の中、全身に大きな傷を負い、病院へと向かって搬送される自分の姿を想像しつつ、彼女はさながら、丸で自分が壮絶な戦闘を繰り広げる戦場から名誉の戦傷を負い、動けなくなって仲間から戦場の外へと運び出される負傷兵のような気分だった。
「(サンキュー、蝉ニキ・・・。フォーエバー・・・・・)」
ピーポー!ピーポー!
暗闇の街道に、走り去った緊急車両の赤いネオンが赤々と怪しい光を放って尾を引きつつ、いつまでも道の上に残っていた。