恐怖の日々と退屈な平和
しかし着ぐるみと化したDV男の体の中は、今や彼女にとってまさに絶対の安全地帯となった。
しかも彼女は男の命の自由まで握っていて、こんなことは彼女にとって初めてのことだった。
いつめみじめに虐待されるしかなかっただけの自分が、反対にもう万能にでもなったかのような感じで、毎日がウキウキだった。
しかし唯一つ・・・、
たった一つだけ彼女にとって大いに不満なことがあった。
不満というよりそれは、とても耐え難い苦痛だった。
それは何かというと・・・、
「う~ん・・・!」
それはズバリ、“暇”なことだった。
「もー嫌ッ!ずっとこのままジッとしているだけだなんて、
私、我慢できなーーーいッ!!!!」
・・・・・・。
一見、大したことでないようでいて、しかし依然、人としての感覚を残したままの彼女にとってこれは実に深刻な問題だった。
彼女は男の体の中で、彼女もまた人間が睡眠を取るように意識を失う時間があり、だからその間はいいのだが、彼女が起きて目を覚ましている間。
寝ている時間が2~3日なら、目を覚まして起きている時間もやはり、2~3日だった。
しかし2~3日もの間ただジッと同じ場所でジッとして動かないなど、通常の人間にはとても耐えられないことだ。
一応、彼女は外の世界の情報に関しては、男が目で見る光景を、暗闇の空間からスクリーンのように見ることはできたのだが、しかし本当にそれだけ。
他には何もできなかった。
男は彼女に自分の栄養を取られてやつれ果てていったが、彼女もまた同様に男の体の中で、
「う~ん、う~ん・・・!」と、
退屈に悶々とうなされる毎日を送っていたのだった。
しかも、その男が大学で大怪我を負って倒れた後、入院生活を送るようになって、さらにその退屈は激しさを増す結果となってしまったのだった。
ただでさえ、長期の入院生活とは人にとって辛いものであるが、その患者の中に居る彼女にとっては尚更だった。
そしてそんな日々が続いたある日、とうとう彼女は・・・、
「ウキャーーーーーーーーー・・・ッ!!!!!」
と、遂に彼女は我慢の限界へと達し、勿論、男の寝入った深夜の隙を見計らってだが、たまらず背中のジッパーを開いて男の体の中から外の世界へと飛び出した。
決行は大胆に。しかしそこからの行動はどこまでも繊細に、慎重に。
そして病院職員達の目に捕まらないよう、姿を物陰に隠しながら、彼女は救急搬送用の病院出口からソッと、灯り輝く夜の街へと抜け出していった。
勿論、決して長居はできないが。
ほんの1~2時間くらいの間なら。
しかしそのほんの些細な時間のことながら、外の世界へと解放されて行動の自由を得た彼女は、さしづめめ真夜中のシンデレラだった。
普段ならば何の変哲も無い、普通の詰まらない街並みが、今の彼女にとっては全てが生き生きと輝いて見えた。
夜のひんやりとした冷たい空気の風が彼女の肌に心地よく吹き付け、とても気持ちが良かった。
夜中で通りは少ないが時折聞こえてくる走る車の音や、未だ就寝せずに部屋の灯りがついた家の中から漏れ聞こえてくる、テレビやラジオの音楽の音。
あるいは深夜営業の飲食店やバーの中で、友人同士、楽しそうに席を向かい合って話しをしている姿など、
どれもが今の彼女にとってはキラキラと輝いて見え、全てが新鮮だった。
男の体の中に入ってジッとしている間はとても窮屈で、そして何か仄暗く深い水の底にでも沈んでいるような、そんな鈍く重い圧迫感が常にあった。
今、現実の生の世界で外の新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、全ての音や光、振動を、直接肌身で感じ取ることで、彼女は文字通り、生き返る思いだった。
・・・と、そんな行動が暫く続いたある日のこと。
彼女はその日もまた、もういつしか癖のようになってしまっていた、街への秘密の外出をして外の空気を存分に満喫した後、
「街の灯りが、とてもキレイねヨ・コ・ス・カ♪ブル~ライト、ヨコ~スカ~♪」
などと暢気に鼻歌を口ずさみながら、再び元の病院へと戻ろうとしところ、
が、
その時だった・・・。
「フン、やはりそうか・・・」
と、不意にその彼女に向かって話し掛ける謎の声があった。
「え・・・?だ、誰・・・!?」