着ぐるみ彼女の決意
男の中で彼女は一体どうなってしまったのか?
勿論それは彼女自身にもわからない。
とにかく男の背中がチャックのようにパカっと開いて、彼女はその中へと潜り込んだ。
そうすれば男からの暴力を避けられると思って。
まるで着ぐるみのように。
しかしそうやって実際に入ってみて、男の体の中の彼女はまさに母親の胎内の中の胎児といった状態だったのだが、しかし人が毎晩眠りにつくように、彼女にもまた無意識の時間があるようだった。
それは彼女が目を覚ましたとき、男が見ている視界から入ってくる外の情報から窺い知ることができた。
それで大体、彼女が一度意識を失うと、現実世界の時間で2~3日程は経ってしまうようだった。
しかし時が経つに連れ、彼女は自分のお腹が空いてくるのがわかった。
「そういえば私もうずっと何も食べてないけど・・・」
どうしたらいいのかと迷っていたところ、ちょうど彼女の目の前にヒョロヒョロと細長い紐のような物が伸びてきているのがわかった。
「これってもしかして・・・」
そしてまた直感的に、彼女はその紐を手に掴んで、自分のおへそへとくっ付けて繋いでみることにした。
すると、
「おお~、こ、これは・・・・・」
まるで自動車の燃料タンクにガソンリンが注ぎ込まれるような感じで、彼女の空腹がみるみると癒されていくのがわかった。
そしてそう、そうして彼女が満たされる程に、逆に現実の男の姿がどんどんと痩せ衰えていくようになっていったのだ。
「そうかこれって詰まり、私が彼の栄養を吸い取ってしまっているんだ」
しかしそうすると、このまま行けば男はどうなるのか・・・?
「当然このままの状態が続けば彼はこの先・・・。 けど、でもその時は私のほうだって一体どうなってしまうんだろう・・・・・?」
それで彼女は考えた。また彼の体の外へと自分から出ていけないかどうかということを。
そしてあるとき思い切って、彼が夜に寝入った隙を見計らって、行動してみた。
男はかなりの酒好きで、一度酔えばベロンベロンになって容易に起き出すことはなかった。
ふつうに出来るだろうと思った。
彼女は始め、男の体の中にジッパーを開くようにして入り込んだわけだが、チャックの引き手の金具は内側のほうにもついていたから。
彼女は着ぐるみ状態の男の体の中からチャックの引き手を下のほうにクイクイと恐る恐る引き下ろしてみた。
すると、やはりまた彼の背中を左右に開くことができたのだった。
「おお~・・・」
そうして、始めはソロ~ッと、注意深く、彼女は首から上だけを外へと出すと、
依然、爆睡を続ける男の様子を窺いながら、
やがて、
「えいッ!」
と、体ごと外へと飛び出した。
「お~~~・・・!やった、出れた!」
出ても何の問題もなく、全てが元通りのままだった。
が・・・、
出るには出れたが、これから一体どうすればいいいのか?
このままこの男の元から逃げ出せばそれいいのか。それで今の地獄の境遇を完全に断ち切ることができるのか。
男は女の住所を知っていたし、合鍵も作らせて持っていた。
男は女が消えて騒動になることを恐れ、部屋の中にあった女の私物は皆、女の家のほうへと自分で戻してしまっていた。
だけでなく、男は早くも別の女性を何人か自分の部屋へと招きいれるようになっていた。
それ以外にも男が狙っている相手はたくさんいて、その相手女性すべてに、男は優しい態度で接して口説き落とそうと、まるで釣りの仕掛けを仕込むように、あの手この手でさまざまなモーションをかけまくっていたのだった。
「私のときと同じ・・・。やっぱり始めからみんな嘘だったんだ」
本当にこれでこの男から逃げ切ることができるのか・・・?
男は消えた女の家にもたびたび訪れ、未だにずっと探し続けてているようだった。
「・・・・・・・・・」
DVやモラハラを警察に訴えたとして容易に取り扱ってはもらえない。
すべてを終わらせるためには、事件化して男の本性を暴かなければ。
「私が、私が・・・!すごく怖いけど・・・・・!」
けれども今、自分がこうしてここいるという事実。
それが全てではないか。
これが果たして神が与えた奇跡なのかどうかは何も分からなかったが、しかし彼女は確かに、これまで散々、悪魔のように彼女を苦しめてきたこの男の生殺与奪の運命を握っていたことに間違いはなかった。
「いいわ、決めた!私は逃げない!」
と、そうして彼女はまた、男の背中のジッパーを閉じると、
新たな彼女自身の挑戦に臨むことを決意したのだった。