着ぐるみ彼氏
どうしてこんなことになってしまったのか?
気付いてみればいつの間に・・・。
今では顔を合わせばそのたびごとに、付き合っている彼氏からバカにされる毎日。
「お前はバカだ、バカだ」って。
ため息交じりに。それがもうまるで人ではない何ものかをみるような感じに、蔑んだ目で酷い罵声の言葉を浴びせられつづける。
こんなはずじゃなかったのに。
付き合う前はぜんぜん違った。
この人なんだって、自分の目の前に憧れる理想の彼氏が現れたんだって思っていた。
なんでも優しくしてくれて、全てを受け入れて、包み込んでくれる存在。
それでいつも「いいよ、かわいいよ」って、そんな生活がいつまでもいつまでもずっと同じように続くものだと思い込んでいた。そのときは。それが・・・。
彼は世間的に名の知れた大学に通っていて、不器用な私と違って何でも器用にできる人だったけど、最初のうちは何でも笑って許してもらえていたことが、付き合いが長くなるにつれてだんだんと、"え、そんなこともできないの?""そんなこと常識だろ"と、冷たく突き放されることが増えていって、そうしてそれが今ではもう・・・・・・。
もともとドジでバカなのは自分でもわかっていたことだったから、だから私ももう大人なんだからって、少しでも直していけるように気をつけていくようにしたつもりだったけど、けれども一つ直せば今度はそれがまた彼の気に障ることとなって、いつまでたっても私が怒られる続ける日々になってしまった。
私は自分なりに考えて、彼がどう思うかを先に想像して気を回して行動するようにしたつもりだったのだが、彼にとってはもはや、そういう私の心の動きそのものが、彼の気持ちを甚だしく害するものになってしまうらしい。
だからもう何をやってもダメ。どころか私が何かをすればするほど余計に、彼の怒りは荒れ狂う嵐のようになって私に襲い掛かってくる。
暴力もふるわれるようになって、髪の毛を鷲づかみにされて部屋中を振り回されたこともある。
私も別れたかったけど、もうそれからは怖くなってとても彼の元から逃げることもできなくなってしまった。
もしかしたら本当に殺されるんじゃないかって・・・。
それでもう嫌で、嫌で、何とか彼からの暴力から逃れる方法はないかなって、そんなことばかりいつも頭で考えるようになっていた。
そんなある日のこと・・・。
その時もまた、ベッドの上で鼾を掻きながら横になっている彼の寝姿をボーッと見ながら、そんな想いにふけっていたら、
ふと、
そうだ、もし彼の体の中に入ることができれば、もう殴られることもなくなるのに、なんてことが頭に思い浮かんで。
勿論そんな事はありえないけど、
けどそしたらその時に・・・、
「あれ・・・?」
と、わたしは彼の背中の首筋の裏のところに、キラッと光るある物の存在に気が付いた。
それは小さな金色の留め金の様な物だった。
私は恐る恐る、そっとその留め金に手を伸ばして、そして右手の人差し指と親指に軽く摘んでみた。
何でそうしたかっていうと、摘めそうだったから。(笑)
ちょうどバッグのジッパーに付いてる金具みたいで、だからそう、そうなの。
摘んでそこから、下に降ろせそうだったの。(笑)
それで私すごい興奮して、もう「エイッ・・・!」って、思いっ切り引っ張って下に降ろしてみたの。
そしたら・・・!
そしたら本当に彼の背中が“バカーッ!”ってパックリと開いて、何だか着ぐるみの袋みたいに割れてしまったの。
「え・・・?え、何これ、やだ嘘でしょ・・・・・?」
もう手に汗ビッショリ。
私はその時すごく怖かったけど、けれどもそれ以上に、その、未知なる不可思議現象との遭遇に異常な程の興奮を覚えていて、それで怖かったけど、意を決して私は彼の開いたその、背中の中の空洞を覗き込んで見た。
中は真っ暗で何も見えず、薄寒く、そしてどこまでも奥深くまで吸い込まれて行きそうな感じだった。
「・・・・・・」
そしてそれから幾ばくかの間を置いて、さらに私は重大な決断をした。
そう、思い切ってその空洞の中へと入ってしまうことに・・・!
「この中に・・・ッ!」
彼の中に、その中に入れるのなら、それは私がまさに、ずっと待ち望んでいたこと。
私は両手で彼の背中をシッカリと外側に広げつつ、先ずはそ~っと、片足から、
「だ、大丈夫かしら・・・・・?」
と、おそるおそる、顔を横に背けつつも薄目で確認をしながら、そしてそこから湯船の中の湯を片腕の先でゆっくりと掻き回すようにして、徐々に徐々に、自分の左足をそろりと空洞の奥のほうまで挿し入れていった。
「・・・・・・・」
左足はもう完全に入った。
「フ~、フ~・・・」
大丈夫何もない。
中は真っ暗な空洞だったけれど、どこまでも沈み込んで飲み込まれていってしまうような感触はしなかった。
どころかそれこそ、着ぐるみを着るようなフィット感があった。
これならこのまま全身を入れ込んだとしても、ブラックホールに飲み込まれるような事態にはならないで済むだろうと思った。
「よし、大丈夫みたいね」
私は一呼吸を置いてさらに、
「えいッ・・・!」
と、次いで右足のほうも彼の開いた背中の空洞の中へと入れ込んでいった。
「は、入った・・・!」
後は全身、そこからはもう私は一気に空洞の中へと自分の全身を沈み込ませ、そして今度はその彼の身体の中の内側から、ジッパーの留め金を引いて、再び“シャー!”っと上に引っ張って完全に閉じた。
「・・・・・・」
中では一瞬視界を失ったが、、しかしすぐにボーッと、薄ぼんやりとした光と共に目の前の視野が開け、周りの光景が見えてくるようになった。
するとそれは何と表現をしたら良いのか、胎児の頃の経験というか、勿論そんな記憶はないのだけれども、しかし自分からは何もできなかったものの、丸で映画館の暗闇の中からスクリーンの映像を眺めるような感じに、外の世界の様子を確認することができた。
ただ・・・、
「これはでも一体何なの・・・?私はどうなってしまうの?」
という根本的な疑問、それは何もわからなかった。
でも不思議な安心感があった。
ここに居る限り少なくとも私は彼からの攻撃を受けることはない。
私は安全だ。
やがて私はまるで優しい母親の胎内に抱かれるように、安らかな眠りへとついて、そのまま意識を失っていくのだった・・・・・・。
以前書いたものを手直ししたついでに、長かったので分割しました。