風呂上がり幽霊
祖母の家の近くに
「古賀よしたろう」
という人が住んでいました。
みんなは「古賀のおいさん」と、呼んでいたそうです。
歳は五十代、優しい人でした。
さて、祖母の楽しみの一つは、古賀のおいさんが風呂に入る事です。
と、言っても一緒に入る訳ではありません。
祖母は、おいさんが風呂に入る事を聞くとはるしゃんに尋ねます。
「ねえねえ、母ちゃん。おいさんに見せてもらってきてよかろう」
はるしゃんが答えます。「あんた、おいさんがいいよて言ったとね。……そうね、ならよかけどあんまり騒がんとよ。行ってきない。すぐ戻らなやきね」
祖母は友達と一緒においさんの家に行きます。
「おいちゃんどげぇ」
「おっ、今あがるぞ」
祖母達が縁側で待っていると、風呂上がりのおいさんがふんどしいっちょうで来ます。
そして縁側で祖母達に背中を向け、あぐらをかいて座ります。
「そ~ら、見れ」
おいさんの背中一面に、見事な彫り物が。
垂れ下がる柳に火の玉が飛び、この世の全てを怨むような表情をした女の幽霊が、たたずんでいます。
さらに祖母が風呂上がりに見たがる理由が一つあります。
風呂からあがってすぐのおいさんの彫り物、
その火の玉と幽霊の顔が薄赤くに染まるのです。
これが祖母が楽しみにしている事でした。
おそらく火の玉と幽霊の顔には墨が入っていないのでしょう。
お風呂に入り温もる事で血液の循環が良くなり、墨の入っていない部分の肌が薄赤くなるのだと思います。
若い頃はもっと真っ赤に染まっていたそうです。
彫り物を肌にいれる……
昔ですから現代のように機械彫りではなく手彫りでしょう。
痛みもかなりのものだったろうと想像できます。
それに耐えてまで彫り物をいれた古賀のおいさん。
そうまでして、なぜ入れたのか。
決意。
決別。
または他の何か……
おいさんが彫り物にこめた想い。私にわかるはずもなく。
知っていたのはおいさんと、背中の幽霊だけなのかもしれません…