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100個の願い事

作者: 月城こと葉

 むかしむかし、ずうっとむかし。おじいさんやおばあさんが生まれるよりもむかしのことです。


 神様の国に、一柱ひとりの神様がいました。威張りん坊で怒りん坊な神様は他の神様といつもケンカばかり。みんなの嫌われものでした。


 ある日、神様は国で一番偉い神様が大事にしていた宝物を壊してしまい、他の神様達からとてもとても怒られてしまいました。けれど、威張りん坊で怒りん坊な神様は謝りません。一番偉い神様は、威張りん坊の神様を呼び出して言いました。


「おまえは人間の国に行って、そこに住む者達の願い事を叶えなさい。願い事を百個叶えることができたら、神の国に戻ってくることを許します」


 威張りん坊の神様は、ぷりぷり怒りながら神様の国を出発しました。ぷんぷん、ぷりぷり。ぷりぷんぷん。神様は人間の国を目指します。ぷんぷん、ぷりぷり。ぷんぷりぷり。





 神様がもらったのは小さな小さな神社でした。そこが神様の新しいお家です。


 人間の村長さんがやって来て、神様にあいさつをしました。けれど神様はそっぽを向いて答えません。村長さんは「これからよろしくお願いします」と言って、お供え物を神社に置いて行きました。神様はお供え物から果物を取って食べました。甘くて、とろけて、ふんわり香りが広がります。こんなに美味しいものが人間の国にあるのが悔しくて、神様は怒りました。


「おいしくないおいしくない。こんなの食べられないよ」


 神様は果物を放り投げました。帰ろうとしていた村長さんは悲しそうな顔をします。


 神様はお供え物を全部捨ててしまいました。そうして、村長さんに向かって胸を反らせて言いました。


「わたしは神様なのだから、人間の食べ物なんかいらないのだ。おまえ達は、わたしのことを大事にすればそれでいい。おまえ達の願いを全て叶えてやろう。さあ、さあ、願え。さあ願え」


 村長さんは困った顔をして神社を出て行きました。外から様子を見ていた村の人達も、森の動物達も、みんな帰ってしまいます。


 あれあれ変だ、おかしいな。


 願い事を叶えるのは神様の仕事です。願い事を言うのは人間や動物達のすることです。


 どうしてどうして。どうしてみんな帰ってしまう?


 その日はもう、誰も神社へ来ませんでした。





 ある日、神様はこっそり村の人のお家にやって来ました。すると、話し声が聞こえてきます。


「神様は威張りん坊で怒りん坊。あんな神様に願い事をしても、それはだめ、これもだめと怒られてしまうだろう」

「せっかくお供え物もあげたのに、あんなことする神様なんて信じられない」


 神様はそれを聞いて、頭が熱くなりました。


「どうしてどうして。そんなことを言うんだったらおまえの願いは叶えないぞ」


 家に入って神様は言いました。村の人達は驚いて、ただただ神様を見つめるばかり。


 他のお家もおんなじです。神様はみんなに言います。


「おまえ達の願いなんて、叶えてやるものか」


 威張りん坊で怒りん坊な神様はぷりぷりしながら神社へ帰ります。ぷんぷん、ぷりぷり。ぷりぷんぷん。





 それからずっと、神社へは誰も来ませんでした。お掃除に来ていた神主さんも、お供え物を持ってきていた村長さんも、時々遊びに来ていた子供達も、近くに住む森の動物達も、誰も神様に会いに来てはくれません。


 神様の国にいた時も、友達はいませんでした。けれど、毎日誰かには会っていましたから、こんなに長い間一柱ひとりでいるのは初めてでした。ひとりぼっちの神様は、ぽろぽろ涙を零します。


 神様の国に帰りたい。けれど、そのためには村の人達や森の動物達の願い事を百個叶えなくてはいけません。ひとりぼっちの神様は、膝を抱えて泣きました。ぐすぐす、えんえん、うわんうわん。怒りん坊の神様は、悲しくて、寂しくて泣きました。





 その日は雨が降っていました。傘もささずに神様は外に出ます。雨も涙も混ざってしまい、どれがどれだか分かりません。そうして濡れた神様は、鳥居の横に何かが落ちているのを見つけました。


「おいおまえ、ここはわたしの神社だぞ。どこの誰だか知らないが、そんなところで寝るんじゃない」


 神様はそう言って怒りましたが、何かは黙って落ちています。


「おいおまえ、わたしの声に答えなさい。わたしはここの神様だ」


 落ちていた何かが顔を上げました。それはそれは美しい、女の姿をしています。


「わたくしは、山向こうに住む妖怪です。大きな戦いがあって、ここまで逃げてまいりました。あなたがここの神様ならば、どうかどうかこの子だけ、この子だけでもお救いください」


 女の妖怪はそう言って、胸に抱いていた子供を神様に差し出しました。それは小さな狐の子。今にも壊れてしまいそうな子供を抱いて、神様は女の妖怪を見つめます。


「わたしは神様だから、おまえの願いを叶えてやろう。ほらほら、願え。ほら願え。その傷治してみせようか」

「わたくしの願いは一つだけ。どうかどうかお願いです。その子を救ってくださいな」

「どうしてこれのことを願う? 自分のことを願えばいい」

「その子のこと、どうかどうかお願いします」


 女の妖怪はそれきり動かなくなりました。腕の中で泣く子狐を、神様はそっと抱きしめます。





 神様は、狐と一緒に暮らします。女の妖怪の願いを叶えたので、あとは九十九個です。


「神様、神様、見てください。どうです立派な人の子でしょう」


 狐は大きくなりました。化けられるようになったと言って神様を呼び出します。神様が外へ出てくると、どうでしょう。そこには人間の男の子が立っています。


「ああ本当だ、立派なもんだ。それなら寺子屋へ混ざっても気付かれないだろう」

「本当ですか。うれしいなあ」


 狐が喜ぶと、あらら、耳と尻尾が飛び出ます。神様は声を出して笑いました。狐は恥ずかしくて、変身を解いて神様に擦り寄ります。


「もっと上手になったら、神様のお手伝いもできるのに」

「手伝うことなんてない。この神社には誰も来ないのだから」


 狐と一緒にいると、威張りん坊で怒りん坊な神様も怒ることがありませんでした。楽しくて、うれしくて、毎日毎日しあわせでした。


 それでもやっぱり、神様は国へ帰りたいと思っていました。友達はいませんでしたが、神様の国にいるだけで元気がわいてくるのです。九十九個の願い事を叶えれば、神様は国に帰ることができるのです。けれど、願い事を言いに来る人は誰もいませんでした。


「神様、何だか元気ないみたいですね」


 狐がそう言いながら顔を舐めてきます。神様は狐を撫でて笑います。


「大丈夫大丈夫。今日もわたしは元気だよ。だっておまえと一緒だから」


 夜空みたいに真っ暗な髪を揺らして笑います。





 それから時間が経ちました。


 大きな船がやって来て、みんなの暮らしが変わります。ぺらぺらな服を着ていた人間達は、ふりふり飾りの揺れる服を着るようになりました。夜になると妖怪達が遊んでいた暗闇も、不思議な明かりに照らされて、人間の居場所になりました。


 そして狐は立派な大人になりました。


「神様、神様、見てください。どうです立派な人の子でしょう」


 澄み渡った空のように透き通っていた声も、今では深い海のように奥行きのある声です。その声は神様にとって、とても心地いいものでした。


 呼ばれて外に出た神様を待っていたのは、すらりと背の高い若者でした。


「ああ本当だ、立派なもんだ。これなら帝大に潜り込んでも誰も気付かないだろう」

「本当ですか。うれしいなあ」


 耳と尻尾が飛び出ることはありません。


「神様、神様。僕をあなたの弟子にして下さい」

「突然何を言い出すんだ」


 狐は変身を解いて神様に擦り寄ります。大きな狐は九本の尻尾をゆらゆらさせながら言いました。


「神様は人間の国から神様の国に帰りたいのでしょう。九十九個の願い事を叶えないと帰ることができないと言いましたよね。では、僕の願いを叶えてください。僕をあなたの弟子にして下さい」


 神様は困ってしまいました。神様の国にいた時、狐を従えている美しい女神を見たことがありました。けれど、彼女が連れていたのは妖怪の狐とは違う種類の狐です。


「おまえを弟子にすることはできないよ」


 金色の毛を撫でて神様は言いました。さらさら、ふわふわ、もふさらり。狐は首を傾げます。


「どうしてどうして。ここまで僕を育ててくれたのはあなたです。僕はあなたの力になりたい」

「だっておまえは妖怪だから」

「こんなにもあなたを思っているのに、どうして駄目なのです」

「わたしの声が聞こえないのか」


 神様は狐から手を離して、拳を握って言いました。


「おいおまえ、わたしはここの神様だ。けれどおまえは妖怪だろう」

「妖怪だから駄目だと言う。それならなぜ、僕を傍に置いているんです」

「ああおまえ、おまえは知らないだろうがな、おまえは母から託された。死にゆく母狐がわたしにおまえを差し出した。おまえを救えと母が願ったから、こうして面倒を見ているだけだ。これはわたしの意思ではない。おまえの母の願いを叶えたまでだ。早く帰りたかったから」


 狐はびっくりして神様を見つめます。金色の毛がぶうわりぶうわり膨れました。


「ああそうか。分かった分かった分かりましたよ。それなら僕はもう知らない。あなたのことなんて」

「何だと恩知らず」


 神様は頭が熱くなりました。久しぶりの感覚に、神様は少し戸惑いながらも言葉を紡いでいくのです。


「わたしは神様なのだから、大事にしなければならないぞ。恩知らずの妖怪め、どこかへ行ってしまえ」


 鳥居の向こうを指差して神様は言いました。狐は九本の尻尾をそれぞれ別の生き物のように動かしながら、神社を出て行ってしまいました。


 残された神様は力なく地面に座ります。威張りん坊で怒りん坊な神様は、とても久し振りに怒りました。けれど、怒りたかったのでしょうか。自分でも分からなくて、神様は膝を抱えて綺麗な目を潤ませます。


 だっておまえは妖怪だから。神様のお手伝いをするのは妖怪じゃない狐だから。おまえは妖怪だから、その仕事に就くことはできないの。それでも傍にいてくれるとありがたい。弟子にはできないけれど、一緒の時間を過ごしたい。


 言いたかったことなのに、口から出るのは怒った言葉。ひとりぼっちの神様は、悲しくて、寂しくて泣きました。しくしく、めそめそ、うえんうえん。ひとりぼっちの神様は、素直になれない自分に怒りました。ぷりぷり、ぷんぷん、ぷりぷんぷん。


 夜明けのように淡い色の髪が揺れました。





 ひとりぼっちの神様が泣き疲れて眠ってしまった頃、神社に狐が戻ってきました。九本の尻尾で神様を包み込むようにして、横に座ります。


「ああ、おまえか。戻ってきたのか」

「神様、願いを叶えてください。僕が集めてきた、人々の願い」

「え」


 狐はぼさぼさの毛を震わせて神様を見つめます。


「九十二個の願いを集めてきました。これを叶えれば、あとは七個です」

「おまえ……」

「では一つ目、思い人に告白することができない娘に告白をする勇気を与えてください。二つ目は、帝大合格を目指す青年を合格へ導く……」





 狐と一緒の神様は、九十二個の願いを叶えました。のこりは七個。これを叶えると、神様は神様の国へ帰ることができるのです。


 爽やかな空に浮かぶ雲のように白い髪を揺らして、神様は笑いました。やっとここまで来た。あともう少しで帰ることができる。そう思うと、自然と笑みがこぼれます。けれど、なぜだか寂しく思ってしまうのです。そんな神様のことを狐はじっと見ていました。


 あと七個を探してくると言って、狐は神社を出て行きました。


 あんなケンカをしてしまったのに、それでも自分のために動いてくれる狐のことを神様はとても大切に思うようになりました。これまで以上にです。そして、手放したくないと思いました。


 真っ白な髪を揺らす神様は、戻ってきた狐の姿を見て目をまん丸にしました。何ということでしょうか、狐は使い古した雑巾のようにぼろぼろです。


 神社から出ない神様は、外の世界が変わってしまったことをよく知りませんでした。人間の生活も動物の生活も大きく変わり、妖怪は排除されるようになっていたのです。雨の日、あの日に出会った母狐のように、狐はぐったりと倒れてしまいます。神様は狐に駆け寄って、ごわごわの毛を撫でました。


「おまえ、どうしてこんなことに」


 狐は答えません。神様はぼろぼろ涙を零して、狐の体を撫でています。


「願い事、狐の傷が治りますように」


 神様は大きな声で言いました。



「願い事、狐が元気になりますように」

「願い事、狐が嫌われませんように」

「願い事、狐が笑顔になりますように」

「願い事、狐が楽しく暮らせますように」

「願い事、狐、狐が、狐に、いいことがたくさんありますように」

「願い、事、狐……」



 神様は狐を抱きしめました。ふわふわの金色がごわごわの茶色になってしまった大切な友人を、神様は優しく優しく撫で続けます。


「神様、神様。僕は気が付いてしまったのです。神様は、神様の国にいないと元気がなくなってしまうのですね」


 起き上がった狐は神様に顔を擦り寄せます。大きな狐に押されて、神様は尻餅をつきました。


「ああ、そうだ。そうだとも。けれどわたしは大丈夫。おまえが元気になったから」

「嘘をつかないで」


 出会った時は夜空のようだった神様の髪の毛は、今はすっかり青空の雲のようでした。村をうろうろしていた足も、今は神社の中ですら動くことを拒むのです。


「神様、神様。僕の願いを聞いてください」


 それは神様にとって百個目の願い事でした。この願い事を叶えると、神様は神様の国に帰ることができるのです。


「わたしはもう、帰らなくてもいいと思っているのだよ。こんなに弱ってしまったら、戻ったところでね」


 狐は九本の尻尾で神様を包み込んで、神様に笑いかけました。



「僕の願い事。神様がこの人間の国で、僕と一緒に元気に過ごせますように」



 威張りん坊で怒りん坊の神様は、百個目の願い事を叶えて、ひとりぼっちじゃなくなりました。





 優しくて泣き虫の神様は、今も僕と一緒にこの神社で暮らしています。


 これが僕達の昔話。むかしむかし、ずうっとむかしのお話です。


 今はこうしてあなたのような人達が参拝してくれるようになったので、僕も神様も大忙しです。てくてく、くるくる、どたばったん。


 それでもそんな毎日が、僕らにとってはとても楽しいものなのです。







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[良い点] 神様と狐の心が互に通じあっているところに感動を覚えました [一言] 伝えたい事、自分の感情をしっかりととらえないといけないですね。私も短気な方なので...
[良い点] 「ぷんぷんぷりぷり…」などのリズムが良いですね! [一言] 素敵な童話でした。 神様と狐が仲直り出来て、神様が狐を思いやる事が出来て良かったです。 話のバランスがすごいですね!! もの悲…
[良い点] 読んでいて、温かい気分になりました。 文章の柔らかさと可愛らしいリズムが、ストーリーとぴったりだと思います。神様の髪の表現にもハッとしました。結末もとても良かったです! 楽しく読ませていた…
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